108話【王都到着】
◇王都到着◇
【王都リドチュア】の東。
【下町第五区画】と【下町第六区画】の連結門の入口近くに停まる一台の馬車。
様子を伺うように大木の陰に隠れ、門を観察している。
「誰も居ねぇな――ちっ!相変わらず舐めた警備だ……」
御車をしていた男、レディルは警備の薄さに毒づきながら、馬車の中にいる少女に声を掛ける。
「おいリューネ、エリウスは?」
「まだ眠ってます……ノインさんも」
声を掛けられた少女リューネは、眠る青髪の少女と、獣耳の幼女を見やって言う。小声で。
視線を向けるレディルには、うるさいですよと睨みを利かせていた。
「んで?どうすんだ?王都に着いたぞ。お前の家は使えねーのかよ?」
「あそこは多分、もう解体されてますよ。あの家、正確には弟が借りた家ですし、壊す予定の小屋だったんですから」
リューネは元・聖王国民だ。レディルに酷い事をされたあの場所は、弟の名義で借りた借家であり、騎士学生であった自分は寄宿舎生活だった。
大家はとても厳しい人で、解体予定の小屋を格安で借りていたのに、二人して聖王国から夜逃げ同然でいなくなったのだ。
もう無くなっていると考えた方がいいだろう。
「……“天使”のねーさんはどうしたんだよ、合流する手筈なんじゃなかったのか?」
自分のした事を思い出したのか、レディルは気まずそうに言う。
利用するだけして消すつもりだったこの少女が、まさかエリウスに気に入られるとは思わなかった。
今では言い合いが出来るほどには打ち解けた(?)が、自分がしたことを、レディルは少し後悔していた。
それが伝わったのか、リューネは何も分からない振りをして答えた。
「そのはずですよ。ノインさんもそう言ってましたし……」
帝国を脱して数日。
追手に遭遇しない様に慎重に、的確に森を抜けたエリウスたちは、とうとう聖王国首都、【王都リドチュア】に到着していた。
しかしリーダーであるエリウスは、《石》の影響で眠る事が多く、異世界人ノインもまた、怪我と魔力の消費を癒すために眠っていた。
御車をしていたレディル・グレバーンと、リューネ・J・ヴァンガード。
そして途中、【コルドー村】の村長の娘であり、世話係としてついて来たオルディア・コルドーが、交代でエリウスの看病をしながら。
「リューネさん、ノインさんがっ」
パチリと目を開け、その特徴のある獣耳をヒクつかせて、ノイン・ニル・アドミラリが起きた。
まだ辛そうにするが、オルディアが背を支える。
「どうした獣耳」
「ノインさんっ!?」
「――スノーがいるっ」
「分かんのか?」
「分かるんですか?」
ノインは獣耳をピーンと立たせて、ある方向に向けていた。
その方向は、【下町第一区画】。宿屋【福音のマリス】の方角だ。
「うっし。なら、【薄幸の法衣】着ろ。カルストの奴がいない分を着れるだろ。リューネはエリウスに着せてやれ」
「わ、分かりました」
【薄幸の法衣】は、認識を逸らす“魔道具”だ。以前からも聖王国に潜入する際は使用している。
異世界人であるローザたちにも通用している代物だ。
流石は【魔道具設計の家系】レディルが作りしものと言った所だろう。
「オルディアはそのままでいいな。お前の顔は割れてねぇから、お前が中心になって下町を回るぞ」
「わ、私ですか……?」
「それがいいよ」
「でも……」
ノインは賛成のようで、レディルに同意する。
オルディアは不安気に、ノインとリューネを見る。
「アタシもこのままでいい。耳さえ隠せばバレないと思うし……今は《石》も外してるから……」
ノインは普段へそに《石》を装着しているが、今は自然治癒の為に外している。
「これでいいよ」
立ち上がったノインは、元から馬車内にあった麦わら帽子を被り、その獣耳を隠す。
「へっ、ガキにはお似合いだぜ?」
レディルの嫌味にもノインは笑顔で返す。「でしょ?」と。
これにはレディルも、ノインの中の年上の余裕を垣間見た。
「エリウス様にも着せ終えました……馬車はどうしますか?」
「ヘルゲンを馬車から離して、エリウスを乗せていけばいいだろ。休ませてもやりてぇしな」
「そうですね……ここまで頑張ってくれましたから」
レディルはエリウスを担ぎ、リューネはノインを支えて馬車から降りる。
マントを被っていないオルディアは一人降り、馬車から白馬ヘルゲンを繋ぐハーネスを外した。
「うん、いい子だねヘルゲン。早く乗せろってさ」
ノインは動物と会話が出来る。
ここまで無事に着けたのも、ノインが野鳥に追手の有無を聞いて来たからだ。
「おし。リューネ、お前がヘルゲンを引け……それと、“天使”のねーさんは【召喚師】のとこって事でいいんだよな、確か宿屋だろ?」
「うん、そうだよ。だから安心して寝泊りできる」
「そうかよ」
レディルは内心「敵だろ。どう安心しろってんだよ」と思っていた。
帝国組は知らない。ノインとスノードロップ、そして【魔女】ポラリス・ノクドバルンが、エドガーによって“召喚”された事を。
今のエドガーではないが、ノインもまたスノードロップと同じく、再会を心待ちにしているのだ。
しかしレディルの気持ちは、リューネが分かっている。
エリウスは任務として、【召喚師】にちょっかいを出していた。
【魔石】を様々な聖王国の人間に売り、その身を堕とさせた。
それは、帝国軍事顧問シュルツ・アトラクシアの策略であった。
そしてそのシュルツは、エドガーの父親であるエドワード・レオマリスだという事も、帝国組のレディルやリューネは一切知らないのだ。
そんなレディルやリューネにも、エリウスに仕える矜持がある。
事情を一切知らなくても、もし知ったとしても、主を守る気持ちはかけらも失わない。
そう覚悟を決めて、今、この場にいるのだから。
「うっし。行くか」
「はい!」
「は、はい!」
「りょーかい」
エリウスを白馬ヘルゲンに寝かせ、くの字に曲がった皇女。
リューネはヘルゲンの手綱を引き、オルディアとノインはそれについて行く。
警備の無い大門を抜け。
目的地である宿屋【福音のマリス】がある【下町第一区画】に最も近い、【下町第六区画】に入ったのだった。
◇
「……!!――来ましたか」
「ん?どうしました?ドロシーさん」
「――あ、いえ……何でもありませんよ」
【福音のマリス】の厨房で、ドロシーは覚えのある感覚に反応した。
長年を共にした猫の気配を間違う訳はなく、ついにその時が来たと。
ドロシー、いやスノードロップも覚悟を決めた。
(ニイフ様に言われた事を、実行しなければいけませんが……)
それは、“魔王”との約束。
協力の条件として。
ローザたち他の異世界人に、ある程度の事を話すというものだ。
正直、昨日の今日でその時が来るとは予想外だったが、それでもやるべきことは変わらない。
(エドガー様の事をどこまで話すか……わたくしに任せてもらえたとは言え、ニイフ様がどう出るかも気になりますし)
話す内容は自分に任せて欲しいと“魔王”に懇願し、それを許された。
しかし、どう話すかが問題だ。
(どこまでの話を受け入れて頂けるか……転生やエドワードの事は伏せるべきでしょう。わたくしやノインの事も、どう説明するか……考え物ですね。それに、話はエドガー様がいない時でないといけません……本人には、聞かせたくはありませんからね。ですが……)
残された時間は、もう少ない。
【福音のマリス】を目指すエリウスたち。
戦争の為に準備する【聖騎士】エミリア。
スノードロップやノイン、そして【魔女】の異世界人たち。
そして、エリウスを追ってきている【魔導帝国レダニエス】の黒い騎士たち。
もう直ぐ、一つ目の幕は開けてしまうのだから。




