107話【《石》は神々の産物】
◇《石》は神々の産物◇
ローザは小箱の中から、宝石別に《石》を机に並べていく。
ルビーなどのコランダム種、ガーネット種、ルベライトやスピネルなども多くあった。
全て形状は欠けている物や極小な物であり、単体では《石》として機能しない物ばかりだ。
それでもローザは、全ての欠片を愛おしそうに選別して、並び終える。
「この小石全てを、一つに出来ればいいのだけれど」
個々では使い物にならなくても、それを一つに出来る方法があればと考える。
しかし、それは至難の業なはずだ。
「フィルヴィーネさんなら、何か知っているかも……」
「……確かに。可能性はあるわね」
ローザは腕組みしながら、背凭れに凭れ掛かる。
エドガーはローザの背後から、並べられた小石たちを見る。
綺麗に並べられた欠片は、種類・色味・大きさで並べられており、意外な事にローザの几帳面さが出ていた。
普段は自堕落で汚部屋の主だが、こういう所はしっかりしているようだ。
「少し嫌だけれど、聞いてみましょう」
「嫌って……」
正直者なローザに、エドガーは苦笑いだ。
「だって癪でしょう?折角エドガーが集めてくれたこの欠片、自分の手で昇華させたいのよ」
「……“昇華”?」
エドガーの頭上に浮かぶ疑問符に、ローザは宝石の欠片を並べ直しながら答える。
「《魔法》によって、《石》は強くなるわ……それは私の《石》やフィルヴィーネの《石》、メルティナのもそうね。これらの《石》は長年の蓄積された魔力と、“神”の《魔法》によって昇華された“魔道具”、【災厄の宝石】と呼ばれるものなのは、エドガーも分かるでしょう?」
「うん」
「それ以外に、サクラの【朝日の雫】なんかは、その一つ下のランク。【天啓の宝石】と呼ばれるものね。サクヤのは……私はよく知らないのよね」
「サクヤの《石》は、僕も詳しく知らないなぁ……“召喚”の時に媒介にした“魔道具”の中に、サクヤの《石》は無かったからさ……」
「――そう!それね……!!私もサクラもフィルヴィーネも、《石》を媒介に“召喚”されてる。でもサクヤは違うのよっ!!」
興奮気味に、感情を露わにするローザ。
目を見開いてエドガーに肉薄する。
そしてエドガーは思い出す。ローザが、自分と同じ“魔道具”マニアだと言う事を。
「そ、そうだね……」
(あれ……?ローザがなんか……凄く、き、き……綺麗……)
心の中でも動揺して、噛み噛みなエドガーは、ローザの変わった雰囲気に、思わず話した内容が飛びそうになる。
だが一方で、ローザは興奮冷めやらぬままに。
「――サクヤの眼は特別だと思うのよ!アレは、“召喚”には関係無いのではないかってね」
「メ、メルティナの《石》も、僕が用意した訳じゃないけど……【召喚の間】には僕もまだ知らない“魔道具”があるから、そこから共鳴した可能性も……あるんじゃないかな?」
「メルティナはそうかもしれないけれど、サクヤの場合は違うわ。私もその場にいたから分かるもの、あの眼は特別……絶対!」
エドガーの意見を完全否定するローザ。
ローザは分かっている。サクラとサクヤが“召喚”された際に媒介にした“魔道具”の全てが、エドガーが用意したものに間違いはないと。
だからこそ、サクヤの眼の《石》が特別なものだと確信が持てるのだ。
「あの眼自体が“魔道具”……しかも生まれ持っての物だと言うのだから。これは私の知識になるけれど――《石》は、“神”の贈り物よ」
「“神”の……?」
「ええ。全ての《石》は神々が作り、“天使”がそれをばら撒く……秘められた力は“悪魔”の力……“神”と“悪魔”の戦いの果てに生まれた、産物ね……」
それはローザがいた時代から数えても、数千年前の逸話だ。
今の時代から数えれば、おおよそ一万年以上前の話だとか。
ローザは自分の右手の甲を見ながら、そこにあったはずの《石》の名残を惜しむ。
「――私も、初めは馬鹿な話だと思っていたわ……でも、実際に会ってしまえば、すんなり受け入れられた」
「会う?」
エドガーの疑問に、ローザは笑う。
「ええ。そのうち教えるわ……今の私の力も……存在もね」
ローザはエドガーに、全てを語った訳ではない。
自分が強くなった事や魔力が戻った事などを伝えたが、存在自体が変わった事は伝えてはいない。
“精霊”フェニックス。
“悪魔”の名を冠す“精霊”に、ローザは成った。
今言わないのは、エドガーを驚かせたいという気持ちも多少はある。
だが、エドガーやエミリアが信頼してくれて、心配してくれて至った力だと、ローザは感じている。
だからこそ、エドガーやエミリアを助ける為に使うと決めた。
そして、その時は今ではない。
そう簡単にエドガーの心を揺さぶるのは、今の状況を考えても得策ではないと思ったのもある。
それ以上に、やはりエミリアだ。エミリアがどうなるかも分からない状況は、ローザにとっても歯痒い事なのだと、実感していた。
「き、気になるけど……うん、ローザの気持ちも分かるよ」
エドガーも、ローザがエミリアを気にしてくれているのは分かる。
更には、自分よりも幼馴染を心配してくれている事が、エドガーにとっては何よりも嬉しかったのだ。
「――楽しみにしてなさい。きっと驚くから」
自信満々に言うローザの表情に、エドガーはドキリとさせられる。
やはり、ローザは変わった。と、安易に見て取れるほどに。
◇
「ふぅ……そろそろかしらね」
「あ、もう結構経っているみたいだね……」
部屋の外から聞こえてくるのは、メイリンとドロシーの話し声だ。
昨夜のエミリアとの話と、ローザの近況は分かった。
ローザが戻ってきた。それだけでも気持ちに余裕が持てると、エドガーは思う。
それならば、エドガーはやるべき事に集中できる。
「ローザ。帰って来てくれたばかりで悪いんだけどさ、お願いがあるんだ」
「……?」
首を傾げ、ローザはエドガーの言葉を待つ。
「フィルヴィーネさんにも相談しようと思ってるけど……僕、槍を“召喚”しようと思うんだ」
それは、【召喚師】エドガーの挑戦の一つだ。
ローザの《魔法》の複製技によって、武器を造ることは出来る。
だがもし、武器を“召喚”する事が出来れば?と、思ったのだ。
“魔道具”を用いて槍を“召喚”する事が出来れば、エミリアの力になれる。
そうすればきっと、きっと。
見えてしまった最悪の映像も、変えられるような気がした。




