104話【深夜の女子会】
◇深夜の女子会◇
大事な“契約者”が倒れている事を知らない異世界の少女たち四人(一人は眠っている)は、深夜にも拘わらず、久しぶりの会話に花を咲かせていた。
と言うのも、本来ならばエドガーが倒れた事を知る事が出来るのが、契約の証だ。
それを上回る誰かの《紋章》による副作用が、この四人には感知されない現象を起こしていた。
今頃は、“魔王”が“天使”にその理由を問い質している筈だ。
そして、【福音のマリス】の一室では、テーブルに広げられたスナック菓子の袋に手を伸ばすローザと、紙コップに入れられたジュースを飲む黒髪の少女二人が、談笑をしていた。
「相変わらず、サクラの世界の食べ物は美味しいわね」
パリパリ、サクサク。と、お芋のお菓子を気にいったらしいローザ。サクラが鞄から取り出したポテトチップスを、嬉しそうに頬張っている。
「どんどん出しましょうか?」
「本当?是非……――じゃなくて、貴女魔力は平気なの?」
ローザは嬉しがりながらも、サクラの魔力を気にする。
一方でサクラは、そんな事など一切気にしない様に、鞄に手を突っ込んでいた。
「あ~、なんか平気なんですよね。以前よりも魔力が上がったのかな?」
レベルアップ的な。
「そんな簡単に……」
本来ならば、魔力などは相当鍛えなければ上昇することはないというのが、ローザやフィルヴィーネの時代(4000年程前)の一般的な考えだった。
筋力や俊敏さとは違って、生まれ持っての魔力は鍛えるのが非常に難しいからだ。
しかも聖王国は魔力が圧倒的に少ない。
自分の魔力を使うのはともかく、その回復手段がない事の方が重要だ。
「ホントは、メルに調べてもらうのがいいだろうけど……」
メルティナ・アヴルスベイブは、異世界能力【解析】を使える。
想定していた通りに事が進んでいれば、異世界人全員で能力を公開しあうはずだったのだが。
「お前が居なくなったからであろうに……」
「――今あたしも思ってたわよ!!……おっと!」
サクヤにジト目で見られ、つい叫んでしまい。メルティナが眠っているベッドに視線を送る。口元に手を当てて。
「セーフ。起こしちゃ悪いもんね……」
「なにが、せぃふだ。あとその動きはなんだ?」
サクヤが指摘するサクラの行動。
サクラは両手を水平に広げて、何かを切るような仕草だった。
「野球だけど。ベースボール」
「……余計に分からぬ」
「知らないわね」
「ん~、ま、そうだよね。あたしの世界のスポーツ、運動競技だよ……って言っても、セーフはあんまり関係ないかな、他でも使うし」
どうやら一般的に使われる動きらしい。
「エドガーは、そういう事まで勉強しているの?」
「……うん。要るのかなって聞いたけど、全部要るってさ……ドロシーさんにも東の国の事とか聞いてたし」
「――ドロシー?」
聞きなれない人名に、耳聡くピクリと反応するローザ。
「あぁそう言えば言ってなかったっけ……ドロシーさんって言って、宿の新しい従業員だよ。優しいお姉さんって感じの人で、旅人さんらしいよ。お金が無くなって、少しの間【福音のマリス】で働く事にするんだってさ」
「……そう」
「……ぇ」
ローザの反応に、意外そうな顔をするサクラ。
サクヤも少しだけ目を見開き驚いている。
「なによ?」
「いや……驚かない事が予想外で。ねぇ?」
「うむ。わたしは説明された時、心底驚いたぞ、また主様が女子を増やしたのかと勘ぐったくらいだ。しかし、メル殿は無関心そうだったし、フィルヴィーネ殿はすんなり受け入れておったし……問題は無いのではないか?」
「だね。あたしも戸惑ったけどさ……それ以上に、ローザさんはもっとテンパるかと思ってたからさ」
「何気に失礼ね二人共……従業員なのでしょう?なら、メイリンが許可すれば問題ない話だし、私たちが掃除をしなくて済むじゃない」
まさかの自分が楽できるという発想だった。
しかし、メイリンの事で一悶着あったという事は言わないらしいサクラ。
面倒臭そうだと思ったのなら、ナイス判断だろう。
「そんな理由……ん?……あ!そう言えばエド君は!?ローザさんが帰って来てるのに、ここに居ないのおかしくない!?一番喜びそうなのに」
「はっ……!た、確かに!!」
「は、今?」
この二人、やっとエドガーが居ない事に気付いたようだ。
そしてローザも説明をする。エミリアの身に起ころうとしている事と、自分が帰って来た理由を。
◇
「……」
「……ふむ」
「――と、言う訳よ。私は、ローマリアの許しを得て依頼を切り上げ、《石》を使って帰って来た……エミリアの為にね。あの子に一番適した言葉を掛けられるのは、きっとエドガーでしょう?」
「うん。そうだね……」
「その通りだな」
ローザの説明に、二人も納得するが。
「それにしても、《石》が身体に入っちゃうのって変な感じですね」
サクラはローザの右手を持ち、さわさわして確かめる。
ローザはくすぐったそうにしながらも。
「貴女の《石》も、額に刺さっているでしょうに」
「――おおお、おそがいこと言わんでぇぇ!」
サクラ、恐ろしい言葉に思わずテンパって訛る。
自分のおでこを触って、【朝日の雫】を確かめた。
「ねぇこれ刺さってんの!?ねぇこれ刺さってんのぉぉ!?」
「五月蠅いわね……」
「五月蠅いぞ、サクラ」
「だっておそがいもんね!おみゃーは目にあるんだがや!!おそがいないの!?」
サクラはサクヤに迫って言う。
どうやらサクヤに、《石》が眼にある事に怖さはないのかと言いたいらしい。
「今更であろう。あと、訛っているぞ」
「……通りで聞き取れない訳ね」
異世界人の特典でも、日本語特有の訛りは翻訳されないらしい。
少しして、何とか落ち着いたサクラは、ローザから聞いた事を【スマホ】のメモ帳に残していた。それを確認するようにしながら呟く。
「戦争かぁ……この世界的に、白兵戦なんだろうけど……なんだろ、この感じ」
「戦争とは、本来そういうものであろう?人間対人間なのだから……」
「そうね。パリッ……私たちの世界の場合、《魔法》があるから戦局は激しく動いていたけれど。パリッ……今の時代はどうも衰退しているようだし……白兵戦って言うのは間違いないと思うわよ?」
ポテトチップスをパリパリ食べながら、ローザはサクラの言葉を肯定する。
しかし、同意されたサクラは。
「う~ん。《魔法》が飛び交う戦場とか、想像したくないんだけど……ファンタジーの世界じゃ……いや、なんでもないや。あはは……」
漫画やアニメじゃあるまいし。と言いかけて、ここが絶賛ファンタジーの世界な事に気付く。別に忘れていた訳ではないが。
「《魔法》なんて発動してしまえば一瞬よ。私は何日も戦っていた記憶は無いわね」
と、したり顔で言うローザだが、しかしそれはローザの間違った認識だった。
ローザの本格的な《炎魔法》は広域殲滅型であり、単体攻撃ではないからだ。
過去、戦争を一瞬の炎で焼き尽くしてきたローザには、長時間に長引く戦争を体験したことが無かったのだ。
「……そんな訳なかろう。元来、戦とは長引くものだ、ローザ殿が別格に決まっているであろうが」
二人のやり取りに、呆れたようにサクヤが言う。
「そ、そうね……」
少しだけグサッ――と、ダメージを受けたローザ。
「なるほどねぇ……」
確かにそういう意味では、《戦国時代》の長期戦の戦争を知るサクヤの方が、詳しい可能性はある。
しかし、感心した二人の時間を無にする一言が。
「――まぁ、わたしは戦など出たこと無いがなぁ」
「わははは」と笑いながら言う。
それに憧れていた事もあった少女の、ほんの少しの悔いだ。
「笑ってんじゃないわよ!ようはそれにエミリアちゃんが行くって事でしょ!?」
「実際に戦いが起こるかは分からないわ。でも、こういう時は大体戦いに発展するのよね……それに、聞いた話だけど、南の国は戦力的にも大したことはないらしいし」
「それじゃあ、もし戦争になってもエミリアちゃんは大丈夫って事?」
弱い国との戦いと言う事で、サクラの中では少しの安心材料なのだろう。
「……」
「……」
「……え?」
しかしローザもサクヤも、真剣な顔で何かを考えているようだった。
虚しく、パリッと音を鳴らすポテトチップス。
「ちょ、ちょっと……なんで無言な訳?だって弱い国でしょ!?それなら【聖騎士団】がある【リフベイン聖王国】が有利なんじゃ……」
「事前情報なんて言うものは、これっぽっちも関係ないわ。戦況は刻一刻として動くもの……確かにサクヤの言う通り、私の話は役に立つことは無いわね」
「うむ。その通りだな、些細なきっかけで近況は容易に転がる……それに聞く所、南の国は何年も何年も戦況を膠着させて耐え忍んできた国なのだろう?何を企んでいるか、分かったものではあるまい」
確かに言い方を変えればそうなのだろう。
弱く侮られた国、【ルウタール王国】の王は、愚か者だと言われている。
しかしそれは、実際戦いが起こらなければ分からない。
「……そう、なの?」
「起きて見なければ……なんとも。だからその前に、どうにかしたいんだけれどね……」
死を恐れていては戦いどころではない。
国を守る為、家族や友人を守る為に騎士は戦う。
恐怖を持ってしまったエミリアでは、幾ら弱いと言われている国でも、エミリアが生き残らなければ、ローザやサクラたちには何の意味もない。
今、この少女たちに思えるのは、エミリアと二人きりのはずのエドガーが、少しでもエミリアの心に掛かった暗雲を晴らしてくれればと、思うばかりだった。




