27話【お風呂の遭遇】
◇お風呂の遭遇◇
~宿屋【福音のマリス】・夜~
「は!?だから……なんでっ?」
「だからさっきも言ったけど、しょうがないでしょ!決まっちゃったんだから!」
エドガーは、突然やって来たエミリアと口論をしていた。
「いや、しょうがないじゃなくて……決まった理由を聞かせてくれないと!」
「むぐぐっ」
先程から、何度目かの同じ問答。しかしエミリアは答えない。
リューネが仕組んだ事とは言えだ。
エドガーの妹であるリエレーネが関わり、その話にローザが関係し、更にはその話自体が何の意味もなさなくなった。
あの後、エミリアはリューネを問い詰めようとしたが。
結局、寄宿舎にリューネは居らず、夜になってロヴァルト邸にリューネが来るまで話が出来なかった。
しかも訪ねてきたと思ったら、意外なほどの荷物で。
『今日は彼の宿に泊まるから。外泊届は出したから大丈夫よ……』
と、さも決定事項のように言われ、更に言葉をなくしたエミリアは。
流されるままにここにいる訳だが。
勿論。それを聞いたエミリアも当然泊まるつもりだ。
一方そのリューネは、口論する二人を放って、ロビーで寛いでいた。
「フンフ~ン」と鼻歌交じりで上機嫌である。
「エミリアっ……!」
「い、いいでしょ!?私もリューネも、お客様よ!お・きゃ・く・さ・ま!!」
これは、エミリアが出した最善手でもあるのだ。
客として【福音のマリス】に宿泊すれば。エミリアも、別に男の子の家に泊まるわけではなく、エドガーにも宿泊代が入るという訳だ。
「いやいやっ……だからってさ」
そんな躊躇するエドガーに、リューネが声をかける。
「でも、久しぶりだよね。エドガー君!」
「え、えっと……リューグネルトさん……一年振り、ですかね……?」
グイっと来られて、つい委縮してしまう。
「いきなり名前呼び!?」と言い、エミリアが睨んでくる。
「で、ここの宿泊代は?」
「あ、はい……二階の部屋で一泊食事なし、銅貨3枚です……」
「「やっす!?」」
リューネはともかく、エミリアも驚いていた。
「はいどうぞ」
「あ、毎度どうも――えっ!?」
銅貨6枚を受け取り。エドガーが気付く。
「ちょっ!まだ泊めるなんてっ――」
スタスタと歩き、宿泊部屋である二階へ上がっていくリューネ。
「ご案内、お願いできますでしょうか?」
「……は、はい」
どうやら、何を言っても無駄なようだった。
エミリアも頭が痛そうにしている。エドガーがエミリアを見ると、ばつが悪そうに目を逸らした。
「……じゃ、じゃあ。私も行くね」
階段を上がっていくエミリアの姿は、とてもお疲れのご様子だった。
(はぁ……エミリアも大変なんだな)
「エドガーく~ん、案内~」
リューネ。もといお客様に催促されてしまった。
「た、只今っ!」
こうして、宿屋【福音のマリス】に。
なんとも久しぶりの客が来店した。
◇
「へぇ。結構いい部屋ね」
「でしょっ!」
何故か誇らしげなエミリア。
「なんでエミリアが言うのさ……」
自慢じゃないが、客は来なくても掃除だけは欠かさずにやって来た。
母が残したこの宿。母マリスが経営者だったころは、毎日客が入り大繫盛していたのだ。
おそらく、区画一だっただろう。
それが今では、経営者が息子のエドガーに代わっただけで、このざまだ。
理由は単純、エドガーが【召喚師】だからだ。
「ではお客様……何か御用がお有りの際は、このベルを鳴らしてください」
エドガーはハンドベルを入口付近の棚に置き、部屋を後にする。
「うん!ありがとうエドガー君……じゃあ、後で部屋に行くね~」
パタンとドアを閉めて。
「――ん……今、なんて?」
物凄く不吉な言葉が聞こえた気がする。
◇
エドガーが部屋を出て、ドアが閉められてから直ぐ。
「ちょちょっ!リュ、リューネ!何言ってんの!?」
ベッドに座ろうとしたエミリアは、思い切り足を滑らせ、床に尻餅をつく。
「何って……私は用があるから来たんだよ?」
笑いながらエミリアに答えるリューネ。
その考えは、本当に読めない。
「ねぇエミリア。このベル、鳴らしたらエドガー君来るのかしら……」
棚に置かれたベルを指差し、リューネは飄々としている。
気が気ではないエミリアとはまるで正反対だ。
「そりゃ来るわよ、だってそれは“魔道具”――ってそれはどうでもいいわよっ!」
一瞬鋭い目つきで「へぇ……」と言うリューネ。
それは置いといてっ!のポーズを取り。
エミリアはリューネに近付き言う。
「一体なんなのリューネっ!……エドに話?あんなことまでしてっ?」
あんなこと。とは管理室の時計の事だ。
「それはゴメンって。でも大丈夫だよ?あの子達にも、ちゃんと説明しておいたから」
「――は、はぁっ!?」
後輩達四人にも既に説明済みだと言うリューネに、エミリアは目くじらを立てて迫る。
「やだなぁ。ちゃんとあの後だよ?時計が狂ってただけだよ~って、貴女達は間に合ってました!セーフですって」
「何でそれを私に言わないわけ!?」
「だからゴメンってば」
両手を合わせて謝る。
そのどこか悪びれていない仕草に、エミリアは更にヒートアップする。
「だからっ!そういう事言ってるんじゃなくて!」
「じゃあなに?」
リューネは備え付けの椅子に座ってエミリアを見る。
「だから……その。エドは私の、幼馴染だし……」
「うん。だから……ただの、幼馴染でしょ?」
「――っ!!」
ズキリと、胸が痛むのが解った。
なんで、こんな事を言ったんだろう?
――嫌い。――嫌いだっ!私は、私が嫌いだ。
「あ、そう言えば、私お風呂まだなんだ。――おっきいお風呂、あるんでしょう?」
「……うん、ある。案内するよ……」
明らかにシュンとするエミリアに、リューネは悪びれない仕草で言う。
「おねが~い」
この話をしていたら、私はもっと私を嫌いになる。
早く、この場の空気を変えたかった。
だから、こんな事を言ったんだと思う。
◇
宿屋【福音のマリス】の目玉の一つ、それが大浴場だ。
エドガーの父エドワードが自作した特殊なお湯を出す“魔道具”を設置しているこの大浴場は、天然温泉になっており。
常にお湯が循環するという画期的な構造をしている為、滅多にお湯を張り替える事は無い。勿論掃除はするが。
残念なのは、“魔道具”が中途半端な完成度のせいで、この大浴場から「お湯を持ち出せない」と言う事だ。
毎日綺麗なお風呂に入れるのはいいのだが、水が不足がちな下町の住人からしてみれば、実に恨めかしい案件だろう。
最近はローザとメイリンの一家、そしてエドガーしか入っていない。客がいないから。
「うわ~。意外と広いわね~」
豪快に服を脱ぎ、産まれたままの姿ではしゃぐリューネ。
「……転ぶよ?」
エミリアも服を脱ぎ、籠に服を入れ、細身の裸体をタオルで身を隠す。
「ほら、エミリアも早く早くっ」
「……分かったから」
リューネに手を引かれて浴室に入る。
大量の湯気で、この温泉がかなりの高温なのが分かる。
「――あれ……こんなに湯気あったっけ……?」
エミリアが前回入った時はは、普通に周りが見えていた気がするが。
今は周りが見えない程の湯気で溢れて視界が塞がれている。
そしてその浴場から、二人以外の先客の声が耳に入った。
「――ん?誰か来たのかしら……メイリン?――は、もう帰ったわよね」
この高温の温泉に、凛と響く声。
低温が凛々しく木霊し、中にエミリア達以外にも人がいることを知らしめる。
二人は浴場内を進み、声の人物を見据えた。
まるで全く熱さを感じていないかのような涼しい声を出して、高温でぐつぐつと煮え切る温泉を堪能する、赤い髪の先客がいた。
「あ、他にもお客さんいたんだね~」
リューネは先客に挨拶しようと前に出ようとするが、顔色を青くさせたエミリアに止められる。
「エミリア?」
「……」
(あれ?これ、やばくない?)
リューネの手首をギューッと掴み、今の状況が夕刻の事態を再沸騰させる。
エミリアが、必死に隠そうとした張本人。――異世界人、ローザが目の前にいた。
「あ。ああぁぁっ!」
「え?なに?どうしたのエミリア!」
手を口元に持って来て、ガクガクと震えだすエミリア。
そんなエミリアの感情を知らない異世界人は。
「……なんだ、エミリアだったのね。三日振り……だったかしら」
湯船から上がり、子鹿のように震えるエミリアの元にやって来たローザ。
「どうしたのエミリア……?」
何も知らず、エミリアとリューネに話しかけたローザは、艶めかしく火照っている様子だった。
束ねられた髪から解れた分が肌に張り付いて、妙に艶っぽい。
「うわぁ。凄い美人ね、エミリア――んん?」
流石に、リューネは気付くだろうと思った。
今日の夕刻に聞いたばかりの話であり、その話に出てくるそのままの姿。
珍しい赤毛の女性。無駄に大きな胸がプルンと水を弾き、たわわに揺れ動く。
「ローザ……私の苦労……」
無駄に終わったエミリアの今日の苦労。
エドガーの家に来た時点で、ローザがいるのは仕方がないと高を括り、何とかしてリューネとの鉢合わせを回避しようとしていたはず、だったのだが。
「――どーしてくれるぅ!」
リューネの手を放し、その勢いのままペチンとローザの胸をはたく。
プルルンと揺れるローザの胸、その動きに何故か無性に腹が立ち、エミリアは何度も何度もタプタプとはたく。
「……エミリア、何なの?」
ペチン!たぷん!ペチン!ぽよん!
「――うなぁーーーっ!!」
重力に逆らうローザの胸に、逆らうものがないエミリアは色々な意味でペチペチする。
が、流石にローザも頭に来たのか、次にはたこうとするエミリアの手を取り。
「――ほっ!!」
綺麗なフォームからエミリアを背負い、そして。
――投げた。
「えっ!――ふあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
急撃な浮遊感に襲われ、エミリアは宙に浮き。
湯船に落ちた。ローザに腕を掴まれ、湯船に放り投げられたエミリア。
ザバァァァァン!!と波を立てて、高温の湯船にぶち込まれたエミリアは。
「――ぷはぁっ……あつっ!あっつい!あっっっついぃ!!」
エミリアが落ちた湯船は、先程までローザが入っていたのでかなりの高温になっていた。
必死に湯船から上がって、手作り感のあるタイルに身体を付けて全身を冷やす。
エミリアの体は真っ赤になり、茹蛸状態だ。
「な、何するのよぉ……」
半泣きでローザに文句を言う。
「こっちのセリフよ。それに、今のはエミリアの自業自得でしょう?」
「わ、私もそう思うよ。エミリア……」
初めて会ったばかりのリューネも、ローザに同意していた。
熱くなっていない反対側の湯船に浸かりながら、ローザとリューネは挨拶を交わす。
「あの……初めまして。リューグネルト・ジャルバンと申します」
「ああ。ロザリームよ、ローザで構わないわ……」
壁に背を預け、胸をプカプカ浮かせるローザにリューネは萎縮する。
(なっ、何この人っ。こんなにだらけてるのに、隙が無い……それに)
リューネの視線は、右手に光る赤い宝石に。
(どうして、《石》なんて身につけて……)
この国での宝石の価値は皆無だ。夏になれば【浮遊島】から毎日のように落ちてくる《石》。
例えどんな綺麗な宝石であろうとも、路傍の石ころと同じ価値を持つのだ。
つまりは、リューネから見えるローザの《石》も、路傍に落ちて蹴られる石ころと、同じなのだ。
「――気になる?」
「あっ……す、すみません」
余りにも見過ぎただろうか、慌てて視線を外して謝罪する。
「いいのよ別に。エドガーからも聞いているしね」
ローザはこの世界に“召喚”される前から、近しい人物にしか心を開かない性格だった。
と言う事は「妹だけだった」と言う事になるわけで。
現に、先程からローザに話しかけているリューネには、話しかけるなオーラを出している。
“契約者”のエドガーは当然なのだが、何故かエミリアは、ローザに好かれている。
実は、メイリンもあと少しでと言う所だが、不思議とローザがメイリンに苦手意識を持っているのだ。
このローザの小難しい性格を簡単に言えば。
そう、人見知りなのだ。
関係性の無い全くの赤の他人には簡単に話せても、今後関係を築く可能性がある人物には、物凄く緊張する。
「……ふぅ~。そろそろね」
ローザが入浴を開始してから、もう大分経つ。
かなりの高温を好むローザの入浴時間は、いつも最後だ。
昨日、ローザの後にメイリンが入った際には、先程のエミリアの様に真っ赤になったメイリンが悲鳴を上げていた。
それからは、ローザの入浴時間の番は最後。と決まった。
何せ、【消えない種火】で温度を増している。それは熱いはずだ。
ローザは《石》の効果で、基礎体温が物凄く高い。
更には汗を掻く事もない。
発汗する前に、【消えない種火】が汗を蒸発させてしまうからだ。
脱水症状にならないのか。と、思われるが、体内魔力の循環が、それを防いでくれている。
【消えない種火】の加護は、その他にも多くの効果を持っており、ローザの魔力と合わせて、最大の効果を発揮する。
「それじゃあ私は上がるから……エミリアも貴女も……ごゆっくりどうぞ」
ローザがざばっと立ち上がると、素肌に付いた水滴がじわりじわりと蒸発していく。
効果が分からない人から見れば、水滴を弾くハリのある肌。くらいのものだ。
「――うあっと。待ってローザ!ちょっと話が……」
まだ体を冷やしていたエミリアが、身体を寝ころばしたまま手を伸ばしてローザを引き止める。足を掴んで。
「なに?」
「あ、え~っと」
エミリアの見る先には、湯船に浸かるリューネが。
エミリアとリューネは目が合い。
「あ……何か大切な話?――大丈夫よ、私はもう上がるから」
すぐさま立ち上がり出ていこうとする。
「あ、違うよリューネ……」
「うん。分かってるよ~」
そう言いつつも。素早く出て行ってしまった。
「気を使わせたかしら……」
「ど、どうかな?そんなタイプじゃないと思うけど」
パタンとドアを閉めて、リューネは嘆息する。
(エミリアのおかげね。なんか怖い……あの人)
値踏みされているような、自分の力量まで知られているような心眼が、怖かった。
今すぐにでも彼女から離れたかった。
(でも……これはチャンスっ!)
「……今行くから……エドガー・レオマリスっ!」
リューグネルト・ジャルバンの最大の目標。
それは、エドガーへの接近。これが、彼との約束。
リューネに残された時間は、残り少ない。




