93話【派兵】
◇派兵◇
ローマリアは、セルエリスを待つために玉座の横に立った。
エミリアとノエルディアは横で待機している。
そしてギルオーダはニコニコしながら、エミリアとノエルディアに手を振っていた。
「ノエル先輩……あの人駄目です」
「知ってる」
「多分、クビです」
「そう思う」
こそこそと話す二人に、ギルオーダは投げキッスまでして来た。
「ちっ……この万年発情猿が」
「……流石に引きます」
ローマリアが激睨みしているのに、気付かないギルオーダ。
そんな中、セルエリスが到着した。
騎士ヴェインに連れられて、ゆっくりと歩いてくる。
流石に第一王女、落ち着いている。
セルエリス王女が玉座に座ると、直ぐに。
ローマリアが仕切りを行う。
「【聖騎士】ギルオーダ、顔を……もうあげているな」
ため息を吐きたくなった。
「――構わないわローマリア、その猿が馬鹿なのは、世界共通だから」
「エ、エリス姉さま」
(エリス姉さまが冗談言った!?)
どうやらギルオーダに関しては、セルエリスですら諦めているらしい。
なんとも残念なことだ。
「ありがとうございまっす!」
「「褒めていない」」
姉妹で揃った。
「そっすか……んじゃ報告です!」
「く、この馬鹿猿!お前が仕切るなっ!」
「ローマリア」
「ですがエリス姉さま!」
セルエリスは首を振るう。
ローマリアも、それ以上は何も言わないでギルオーダに言う。
「続けなさい」
「あざす。では……まず先に、【ルウタール王国】国境付近の砦に関してっす。以前【聖騎士】オルドリンが報告していると思いますが……その砦が、完成しました」
「速過ぎではない?」
「そっす。マジで速い。俺らもビビりましたから」
ギルオーダは臆することなく、セルエリスに対してもフラットな態度で接する。
セルエリスは完全に諦めているし、ローマリアも眉をピクピクさせてはいるが、横槍を入れるつもりはないようだ。
唯一、セルエリスの騎士であるヴェインが後方で鬼のような顔をしていたが、幸い誰も気付かなかった。
「――それで?」
「はい。戦いの準備……それが整ったのではないかと思われるっす」
「……牽制は?」
「再三に渡って続けてたっす。でも、何度も何度も、不可思議な事が起こって……邪魔されたっす」
「不可思議?」
「うっす。言葉は届いてるんですが、一向に聞き入れません。まぁこれは、敵国認定していればそりゃそうかってなるっすが、牽制で放った弓も投石も、軌道がズレるんすよね……」
そのせいで、一切砦の建築を邪魔できなかった。
しかも物凄い勢いで建築が進み、尋常ではない状況なのだとギルオーダは言う。
「オルドリンが戻って来てから更に状況が悪くなったようね……」
「そうっす。だから戻ってきました。俺の馬が一番早いっすから!」
「そう」
流した。
「……」
セルエリスは考える。この【ルウタール王国】の異常なスピードは何か。
建築物を建てる事自体は、そこまで注意する事ではない。
その建築物が堅牢な砦、城砦に近いという点が、腑に落ちない。
【ルウタール王国】は武力の低い国だった。それは変わっていない筈。
しかし、砦を築く速さに牽制を意にしない不思議な力、それは脅威だ。
「この前増員した騎士たちは?」
「少し前に到着して、訓練は毎日行ってるっす」
それを【ルウタール王国】側に見せつける様にして。
しかし、それでも止まらなかったという所だろう。
「ギルオーダ、其方の……いや、ヴィクトーの狙いは何だ?」
ヴィクトーとは、派兵されている【聖騎士】の名だ。
彼は【聖騎士】最年長であり、【聖騎士団長】を決める際、彼が辞退したことで、クルストル・サザンベールが長となったのだ。
「うっす……ヴィクトーのオッサ――じゃなかった……分隊長によると、【聖騎士】の派兵を求めるとの事です」
流石に真面目になったギルオーダは、頭を下げてセルエリスに嘆願する。
「どうか、【聖騎士】全軍の派兵を!」
「「「!?」」」
「……」
驚いたのは、ローマリアとエミリア、ノエルディアだ。
セルエリスは冷たい目で、ギルオーダを見おろす。
「……」
ギルオーダはぽたりと汗を落とす。緊張しているようだ。
その様子に、つられて緊張するエミリアとノエルディア。
なにせ二人だって【聖騎士】だ、全軍と言われれば、自ずと自分たちも含まれる。
「駄目よ」
「……で、ですよね」
セルエリスは許可をしなかった。
ギルオーダも、半分以上は分かっていたのだろう。
少し安心したように顔を上げるが。セルエリスが続けて。
「――全軍は容認できぬ……精々、半分よ……」
「えっ!エリス姉さまっ!?」
驚いて声を上げるローマリアを、セルエリスは手で制し。
「ヴィクトーは戦争を始めるつもりね……まぁ、あちらもそのつもりなのでしょうし、都合はいいと思っているのでしょう。それは私も考えてはいた……」
【ルウタール王国】の目的が侵攻ならば、防衛という理由をつけて叩く事が出来る。
それは、セルエリスにとっても好都合だった。
しかし、全軍となると話は違ってくる。
最大限に注意するべきは、南ではないとセルエリスは確信している。
「……姉さま!!」
「黙りなさいローマリア。決定権は私にあるわ」
「――ぐっ」
威圧にローマリアは押し黙る。そしてセルエリスは。
「いいでしょう。そこにいるロヴァルトとハルオエンデ、そしてオルドリン・スファイリーズを戻す形で、派兵する」
「マジっすか!?」
「……」
「……マジ?」
「横暴です姉上!この二人は私の――」
「――それ以前に国の騎士よ。黙りなさい」
「しかし、姉上!」
「話は以上ね。派兵は決定……出立は三日後、それまでに準備なさい」
そう言い残し、セルエリスは玉座を立ち、謁見の間を出ていく。
ローマリアは「姉上!お待ちください!!」と叫びながら追いかけていくが。
残されたエミリアとノエルディアは。
「……」
「参ったわね……戦争か」
「……っ」
ノエルディアの言葉に、エミリアは肩を震わせた。
ポンと背を叩かれて、ノエルディアを見るエミリア。
「これが、【聖騎士】に成るって事よ。エミリア」
「は……はい……」
いつにないノエルディアのトーンに、エミリアは萎縮して何も言えなくなった。
「三日……後。私……戦争……」
手は震えている。覚悟はしていたつもりだった。
騎士を目指した以上、戦いは行われる。
しかし、もう何年も均衡状態だった近隣諸国との情勢。
本音を言ってしまえば、自分の代では戦争など起きないと思っていたのだ。
「……ど、どうしよう……エド……私」
エミリアは自分の双肩に、急激に“死”と言うものがのしかかって来た気がして。
その身体も、その心も、絶対零度の寒気で覆われてしまっていたのだった。




