92話【緊急招集】
◇緊急招集◇
深夜の【リフベイン城】。
周囲の慌ただしい雰囲気に、第一王女セルエリスは寝所で目を覚ます。
自然とベッドから起き上がり、その時を待った。
すると、コンコンとノックがされ、返事も待たずに扉は開けられた。
「――失礼いたします。セルエリス殿下」
セルエリスの騎士、ヴェイン・カトラシアスだ。
この寝所に入る事を許可されたのは、このヴェインと数人の人間だけ。
たまに関係なしに妹が入ってくるが、それ以外は親王ですら入る事が出来ない部屋だ。
しかも、こんな深夜にやってくることなどまずない。つまり。
「――着替えを」
「はい。殿下」
緊急事態なのは確実だ。
だからセルエリスも何も言わずに、ヴェインに着替えを持ってこさせた。
着替えながら、事の成り行きを説明される。
事態は、【聖騎士】ギルオーダ・スコスバーの帰還が主立っていた。
先程、連絡もなしに城に帰還したギルオーダは、セルエリス殿下に会わせろと申し立てたらしい。
先日、【聖騎士】オルドリンが帰還した際は、帰還報告の書状がまず届いた。
その経緯を完全無視しての帰還。
余程の事か、それともくだらない事柄か。
会ってみない事には何もわからないが、前回の書状を記したのが、ギルオーダ・スコスバーだという事を知っている手前、不安しかなかった。
「スィーティアは?」
「第二王女殿下は、【聖騎士】アルベール・ロヴァルトと共に【貴族街第一区画】に視察に出ており、そのまま一泊のご予定でしたが……」
「……ああ、そうだった、そうだったわね……」
寝惚けていたと、セルエリスは頭を振るって時間の無駄を後悔する。
「なら、ローマリアを起こしなさい。それと、今集められる【聖騎士】は?」
「ローマリア殿下の騎士が二人。ノエルディア・ハルオエンデとエミリア・ロヴァルトが」
「――クルストルとオーデインは?」
「お二人ともご自分の屋敷に……お二方とも公爵閣下でありますので、貴族会議のご準備でしょう」
「そうか……仕方がないわね。ハルオエンデとロヴァルトを招集して」
「はっ」
そうしてセルエリスの準備は整い、謁見の間にて、【聖騎士】ギルオーダの報告がされる。
◇
ローマリアは、寝惚け眼をこすりながら、無理矢理起こされた事に対して不機嫌に対応していた。
ムスッと頬を膨らまし、半眼で鏡に映る自分を睨む。
「ローマリア様、お顔お顔!」
「動かないでください~」
「だらしのない……」
ローマリアの支度をしているのは、エミリアとレミーユ、そしてローザだった。
ノエルディアは自分の支度で手間取っていて、絶賛リエレーネに手伝って貰っている最中だ。
ならば何故、同じ【聖騎士】のエミリアがそうしているのかと言うと。
実はエミリア、意外と寝起きがよかった。
いきなり起きろと叩き起こされても、自然と対応出来るタイプだったらしい。
そして【従騎士】のレミーユとリエレーネは夜勤で起きていて、ローザもまだ寝ていなかった。
「うぅ……眠い。いったい何があったというの?」
寝惚け眼はまだ取れないものの、事態が急な事は理解しているらしい。
「【聖騎士】ギルオーダ様がご帰還したそうです。それでローマリア様と、ノエル先輩と私が招集されました」
「随分急な事ね……スィーティア王女は?」
ローザの口から第二王女の名前が出た事に少し驚いたエミリアだったが、ローザの表情は非常に優しく穏やかだった。
それに安堵して、理由を述べる。
「スィーティア様は視察に出てるよ」
「貴族街の視察ですから、多分一泊してくるんじゃないですか?」
エミリアの言葉にレミーユが続けて言う。
「なるほど……それでエミリアとメイド騎士が……」
ローザの中で、ノエルディアの印象はメイド服しかない。
「あやつ……まさかこの場面でメイド服を着て来たりはしないだろうな……」
ローマリアも、嫌な予感がして完全に目が覚めたようだ。
「リエちゃ……【従騎士】リエレーネがついていますから、大丈夫だと思いますけど。た、多分」
言葉の端々から、本当は不安だというのが見え見えのエミリアだった。
それは多分、本人が一番分かっているかもしれないが。
「髪はいいわね。ドレスも準備は出来ているわよ」
「ありがとローザ。レミーユ、お願い」
「は、はい!殿下、失礼いたします」
「うむ」
そう言ってローマリアは立ち上がり、腕を広げる。
三人がかりで寝間着を脱がし、一気に着せていく。
流石王女様のローザが手馴れているおかげで、すんなりと準備は終わる。
すると。
「――お待たせいたしました!ローマリア様!」
扉が開かれると、そこにはメイド服のノエルディアがいた。
「「「「……」」」」
「あ、あれ……?」
完全に白い目と言うものを理解した。
自分の場違い感を認識できないノエルディアに、ローマリアが。
「――騎士正装で来い!!」
「す、すみませぇぇぇぇぇん!!」
どたばたと、ノエルディアは戻っていく。
後ろで「ほらやっぱり!だから言ったじゃないですか~!」と、リエレーネの嘆きが聞こえた。
「まったく……本当に戦闘以外ポンコツだな」
ふんす!とローマリアは腰に手を当てて憤慨する。
予測はしたとはいえ、まさかそのまま来るとは思いもしなかったらしい。
「全権をリエレーネに渡した方がよさそうね」
「……ノ、ノエル先輩……」
「苦労しているんですね、リエレーネさん。同じ【従騎士】として尊敬します」
関係ない話だが、今後何か二人きりで作業などをする場合、ノエルディアの意見が採用されることは無くなったのだった。
◇
ローマリアとエミリア、そして着替えたノエルディアが謁見の間に訪れると、既に帰還したギルオーダ・スコスバーがいた。
「――おお!君がエミリア・ロヴァルトか!?」
「え、ええ……そうですけど。いや、私の前に殿下に……」
ローマリアを無視した形のギルオーダに、流石のエミリアもドン引きだった。
残念なことに、これがギルオーダと言う青年だった。
「うぉ、すみません!殿下!!小さくて見えませんでした!」
「おぃこら、私はエミリアとそう変わらないだろ!というかお主も五十歩百歩ではないか!!」
ギルオーダは背の低い男性だ。
すばしっこい動きと体捌きから、お猿と呼ばれる。
「うはは!そりゃそうでした、やっぱり可愛い子が目に入るんですよね!」
「お前……相変わらずだな……この馬鹿猿め」
(殿下に向かってそんなこと言うなんて……凄い、のかな?それとも……)
「さーせん!バカなもんで!」
(あ、そーなんだ)
一瞬大物なのではと思ったエミリアだったが、瞬時に答えが飛んできた。本人の口から。
「ノエルディアも久しぶりじゃね?」
「あ、そうね……」
あのノエルディアが、滅茶苦茶素っ気ない。
「つれねーこと言うなよぉ。同期だろぉ……ほれほれっ」
「へぇ……」
ノエルディアは苦虫を潰したような顔をして、エミリアとローマリアを見る。
コイツやっていいですか?そう聞かれているような気がした。
「おいギルオーダ、お前……なにか大事な話があるのだろうが。何故そんなに緊張感が無いのだ!」
そう。本来、緊急招集で呼び出した側なのだ、この男は。
現在の女王と言っても過言ではないセルエリス王女を起こしてまで行ったのだ。
それなのに、なぜそこまで馬鹿でいられるのか。
「もし大したこと無かったら……お前絶対にクビだぞ、大丈夫か?」
「大丈夫っす。それだけは大丈夫、だって一大事っすから」
そういう所だと何故理解しないのか。
ローマリアは頭を抱えたくなった。
補足だが、エミリアとノエルディアは頭を抱えていた。




