90話【思い出の中に潜む2】
◇思い出の中に潜む2◇
突如聞こえた産声に、白銀の髪の女性は今までしていた形相を一気に明るいものに変えた。
隣にいた灰色の髪の女性も、安堵したようにため息を吐く。
後ろで立っていた深緑色の髪の女性は、何か待望の者が生まれたような希望に満ちた顔をして、三人の女性はそれぞれ顔を見合わせて、子を産んだ母親に会いに行く。
しかし直前、バタンと乱暴に扉を開け放ち、出て来る男性。
『〇〇〇〇〇、どうしましたか?』
『どうしたもこうしたも……あれが俺の子だと……?』
男性は赤子の父親のようだ。
しかしその態度は、我が子が生まれた喜びに満ちたものとは、到底思えないものだった。
『――何を言うのです!貴方と○○○の、愛の証でしょう?』
『愛だと!?笑わせるなよ○○○、確かに俺は○○○を愛してる……だけど、○○○は違う!○○○が見てるのは、あいつだけ……俺なんて見ようともしてない!!』
『馬鹿を言わないでくださいませっ!○○○はそんなことを考えたりはしませんわ!』
白銀の髪の女性は、男の言葉に腹を立てる。
友人でもあるその母親を、馬鹿にされた気分だった。
『お前らはいいさ!異世界って所から呼ばれて、自由に暮らして……でもな、俺は違う!!』
そう言い捨てて、男性は外に出て行った。
『○○○○○……』
『○○○?どした?』
灰色の髪の女性が戻って来て、白銀の髪の女性に問う。
女性は『何でもありませんわ』と答えて、母親と子供に会いに向かった。
◇
『おぎゃぁー、おぎゃー!』
『うふふ、随分と赤ちゃんらしい泣き方をしますわね』
『そうね。耳が痛いわ』
灰色の髪の女性は、頭上にある耳を押さえて言う。
『ほら○○○、抱いてあげて?○○○○も……』
『で、ですが……』
『なら、私が』
白銀の髪の女性は怖がって遠慮し、代わりに深緑色の髪の女性が子を抱く。
『……これが、命……』
『そう、私たちみんなの子供よ。そして……私たちの全てでもある』
『そうねぇ』
『だね』
『勿論です』
栗色の髪の女性の言葉に、三人の女性は一様に頷きあい、赤子を愛でた。
◇
場面は変わり、少し時間が経ったようだ。
赤子の見た目的に、一年経ったかどうかという感じだろう。
『継承されていない?』
『ええ、その可能性があるわぁ』
『それじゃあ意味ないんじゃないのー?』
順に栗色の髪の女性、深緑色の髪の女性、そして灰色の髪の女性だが、何故か見た目が若返っていた。
『《魔法》は正常に発動したのでしょう?』
『そうだけれど、○○○○を見るに……』
『いやいや、まだ一歳だよ?まだ分かんないでしょ……』
栗色の髪の女性が抱く赤子を見ながら、灰色の髪の女性は言う。
『ですが……契約の《紋章》は出ていません……』
扉を開けて、入ってきた白銀の髪の女性が言った。
『そ、それは……あ、○○○○が失敗したんじゃないのー』
『正常だと言ったわよぉ、馬鹿猫ぉ』
『――にゃんだとぉぉ!』
『○○○○も○○○も落ち着いてください!』
『○○○○○○○が居ればなー』
『居なくなった犬の話をしても意味が無いわぁ』
『そうだけどさー』
ソファーに横になりながら、猫のように丸くなる灰色の髪の女性。
『もし失敗だったとしても……それでも、私たちの子供である事は変わらないわ』
『○○○……そう、ですね。この子は、この子ですからね』
優しく子を撫でる女性に、故人を見る感情はもはやないようだった。
その言葉に、白銀の髪の女性も同意するが。
⦅私が《魔法》を失敗した……?そんなバカな事、ある訳ないでしょ……私は……私はあの人の、最高の《契約者》なんだから……何があっても、ずっと⦆
深緑色の髪の女性は、何も言わずに部屋を出る。
他の女性たちの意見に、納得することは出来なかったのだろう。
そして何より、【魔女】と呼ばれた自分が、《魔法》を失敗したと言われた事が、許せなかった。
◇
場面はまた変わった。
『寂しいですわ……○○○』
『私もよ、○○○……』
『貴女はいいわよねぇ。新しい子も生まれて、この子の傍にも居られるのだから』
『○○○○!!』
『――ふんっ!』
深緑色の髪の女性は、真っ先に出て行った。別れの言葉もなしに。
『すみません、○○○……別れだというのに、こんなことになってしまって』
『ううん。いいの……○○○○が怒るのも無理ないわ』
ベビーベッドには男の子が眠っており、栗色の髪の女性の腕には女の子が抱かれている。
年子の兄妹だ。
『この子が生まれて、○○○○○も安定してくれたし……』
女の子が生まれてから、父親である男性は気を持ち直してくれたらしく、幸せそうに女性は笑う。
『そうですね。○○○○○も、【○○○】の呪縛に囚われた方ですから……』
『でも、その呪縛は……将来この子が……』
女性が見るのは、ベビーベッドで眠る男の子だ。
男の子の将来は、順風満帆ではないと確信できてしまう。
それを見て来ているから、実感してきているから思えるのだった。
『だいじょーぶ!この子が大きくなるそれまでには、アタシたちが見つけてくるよ。あの馬鹿犬をさ』
これから、三人の女性は旅に出る。
目的は、こちらの世界に来たばかりの頃に別れた、もう一人の仲間を探す旅だ。
『ありがとう、○○○』
『○○○○○も協力してくれるしね。○○○○○はここにちょくちょく戻ってくるだろうけど』
『目的は“魔道具”の回収ですから、仕方ありません。だから今は……』
そう言いながら、白銀の髪の女性はベビーベッドの男の子を抱き上げ、キスをする。
『しばしお別れです……○○○○様』
男の子、○○○○にキスをする白銀の髪の女性は寂しそうに、けれども少し強く男の子を抱いた。
強かったのか、目を覚ます男の子。けれども泣くことはなく、白銀の髪の女性の暖かさを感じているようだった。
◇
場面はまたも切り替わった。
男の子は成長し、妹の女の子と外で遊んでいた。
『おにいちゃーん!まってよー!』
『あはは!はやくはやくっ、おいてっちゃうよ!』
『うわーん!やだーー!!』
これから、最近知り合った貴族の兄妹と遊びに行くらしい。
その様子を、母親の女性は微笑ましそうに見守っていた。
『――元気で何よりだわ』
『!!』
栗色の髪の女性が振り向くと、そこには深緑色の髪の女性が立っていた。
『○、○○○○……久しぶりじゃない!急に来るなんて、どうしたの?』
『……犬が、死んでいたわ……』
『……え……?』
その報告は、一番聞きたくなかったものだった。
彼の呪縛を解く唯一の存在、犬神レティシアーノ。
過去の仲間であり、別世界の“神”。
離別し、既に数年。
その仲間を探す旅をしていた彼女らは、現在北国にいるらしい。
またしばらくしたら別の国に移動するらしいが、その北国で見つけたものが、その犬神の《石》だった。
『それ……レティシアーノの《石》』
『【賢者の金剛石】……あの犬っころしか使えない、《神の石》よ』
唯一、解呪が出来る可能性を秘めた《石》。
しかし、使用者はもう存在しないという事だ。
『そ……んな……』
希望を持って、【○○○】の呪いを解く術を考えた。
そしてそれを実行するため、仲間が離れ離れになる覚悟を持って行動をした。
しかし、その可能性はもう、潰えていた。
初めから、失っていたのだ。
『……無駄だったわね。あの子を産んだのも、あの男と寝たのも』
『――そんな言い方しないでっっ!!』
心無い言葉に、栗色の髪の女性は叫んだ。
『……私はもう去るわ、ここにも戻らないから』
『――ま、待って!待って○○○○!!』
パシュン――!と、深緑色の髪の女性は消えていなくなった。
そしてもう、彼女の前に姿を現すことは無かった。
◇
場面はまたも切り替わる。
テントの中には、猫耳の少女が不機嫌そうに寝転んでいた。
灰色の毛並みを繕うように、櫛で整える。
『悔しいな……アタシ』
『仕方がありません……彼女が選んだ決意です』
白銀の髪の女性は、身体を拭きながら答える。
二人は汚れていた。
仲間を弔うために、土に塗れていたからだ。
『あの馬鹿犬……自ら命を絶つとか、何考えてんだろ……なんちゃらっとか言う世界の“神”さまなんでしょ?』
『ええ、ですが……それだけ、この世界を受け入れられなかったのでしょう……わたくしだって、始めはそうでした。でも、○○○や○○○、不覚ですが○○○○も傍にいましたから……』
『あの馬鹿犬も、離れなかったらこうはなってないよね、きっと』
それは、考えたところで答えは出ない。
死を選んだ彼女に向けられるべきは、手向けだけだ。
『○○○○、遅いですね……○○○に報告に行ったのでしょうけれど……』
『あの色魔の事だし、何処かで遊んでるんじゃないのー?』
『こんな時に、ですか?』
彼女らしいと言えばらしいが。しかし。
『わたくしたちは、もう○○○○様には会えないのでしょうか……』
『……』
急激に、悲しくなる。
【○○○】の呪いが解けないという事は、彼がその運命を全て背負うという事だ。
その責務を、少しでも軽くするために行動して来た意味も、たった今無くなった。
『《魔法》が失敗してた時点で、彼を彼として見れればよかったんだけどね……もしかしたら、○○○の言う通りにした方が……いいのかもね』
『ええ……そう、ですね……』
そうして彼女たち三人の女性は、彼のもとに戻ることは無かった。




