87話【女帝の爪切り遊び】
※多少過激な表現が含まれております。
◇女帝の爪切り遊び◇
聖王国と帝国の国境付近に、数台の【魔導車】が停車している。その数十台だ。
その【魔導車】、特に一回りサイズの大きい車両に、重苦しい雰囲気がのしかかっている。
それは目には見えないが、見張りで立っている黒コートの騎士はそう感じていた。何故ならば。
「――それで?」
「……」
「答えなさいよ。マシアス・ドントーレス」
土下座をする男に、冷たく視線をぶつける少女。
彼女の名は、ノーマ・グレストと言う。
この少女は、【魔導帝国レダニエス】の新設騎士団、【黒銀翼騎士団】の副団長である。
そして平伏する男が、マシアス・ドントーレス。
この男は副団長ノーマ、そして団長である少年、バルク・チューニの部下であり、団長候補とまで言われた人物だったのだが。
「……」
「私たちが【魔導車】の不調で行動できない中、殿下を見つけたと……しかし勝手な独断行動をとり、殿下には逃亡された、しかも貴重な“槍”を数本無駄にしたと……」
ノーマは既に分かっている。
この男が私利私欲で行動し、団長の座を奪おうと画策していた事を。
「……す、すみません……でした。副団長」
地面に謝るマシアス。
「謝罪は受けましょう。しかし、言葉は私に向けたらどうですか?それでは私の顔が床にあるみたいではないですか」
ノーマの言葉に、数人の騎士がクスっ――と声を漏らした。
「「「……!」」」
睨まれた。普段は明るく飄々としているノーマだが、ここ最近のストレスでキレそうになっているらしい。
敢えて言うが、ノーマ・グレストは騎士団最年少である。
そして土下座のマシアスは最年長、30を超えた年だ。一回り以上はある。
今の帝国に年功序列はない。
しかも新皇帝ラインハルトによって体制が大幅に組み替えられて、騎士団の平均年齢はかなり下がっている。
そのいい例が、この副団長ノーマと団長バルクだろう。
帝国のもう一つの騎士団、【白銀牙騎士団】の団長と副団長も若いのだが、【黒銀翼騎士団】が出撃してから決まった事なので、現段階では知る事はない。
「それでマシアスさん、ケジメのつけ方はご存知?」
「ケ、ケジメ……?」
「ええ。エリウス殿下をお連れする任務を台無しにした責任ですよ。それはそうでしょう?折角殿下をお見掛けしたのに、逃げられたのですよ?しかも試験段階である【電磁衝撃機槍】を数本も無駄使いして……しかも、あそこの村の村長が死んだらしいではないですか。【コルドー村】は、貴重な聖王国との国境近い村……監視の兵も多数いたはずですけど……そいつらはいったい何をしていたのでしょうねぇ?」
ギクリと、マシアスの心音が鳴った。
実はマシアスには、【コルドー村】に滞在し門番をしている騎士仲間がいた。
その仲間に情報を貰い、いち早く駆け付けたのだ。
「そ、それは……な、何故でしょうか……」
ちらりとノーマを見上げる。
「――ひっ!!」
「どうしました?マシアスさん、怖いものでも見ましたか?」
椅子からすくっと立ち上がるノーマの手には、何か器具が持たれていた。
それはノーマの武器でもあり、拷問器具としても知られるものだった。
「さあ、貴方たちは出ていなさい?マシアス隊の責任は……リーダーが取らないと……――ねぇ?マシアスさん」
「あ、ああ……ぁあああっ……」
カチン。カチン。カチン。カチン。カチン。
その器具は、爪を剝がしとるものだ。
ただ、爪を剝がされるだけでは、身体も心も鍛えて来た騎士なら、そうは怯えないだろう。
ノーマの言葉に、騎士たちはそそくさと出ていく。
「お、お前らぁぁぁ!ひぃ!」
マシアスの怯え方は、その意味を知っているからだ。
ノーマの持つ器具は、“魔道具”である。
それはつまり、ただでは済まないという事。
「た、たのむ!!チャンスを!チャンスをくれっ!グレスト、この通りだ!!」
「んふふふ……」
「な、何故笑う……?俺は……!」
「あは、あはは……あはははははっ。何がチャンスだってーの、私や団長が、どうしてあんたを見逃したと思ってんの?気づけよバーカ!」
「――な、な!?」
あほらしいマシアスの言動に、ノーマは副団長の仮面を脱ぎ捨てた。
口端を歪めるその笑顔は、正真正銘サディストのものだ。
紅潮した頬は、痛がるマシアスを想像したもので、浮かべる涙目は、笑いを堪えた証。
「私らに見逃された時点で、チャンスだったって気づけよオッサン!もう終わったのよ、あんたの騎士生活はさぁ!!」
一瞬だった。
シュッ――!!と素早く動かされたノーマの右腕は、音もなくマシアスの手元を通った。
音の方が遅れて来るように感じられるほど、その痛みは急激だった。
「――な、あ!がぁっ!!ああああああっ!ゆ、ゆびぃぃぃぃっ!!」
マシアスの指は、爪の根元から切断されていた。
「んふふ……爪の次は第一関節って、分かってんよねぇぇぇぇ!」
バチン!
「ま、待っ……――んぎゃっっ、ああああああっ!!」
「あはははははははははははっ!!あはははははははははははっ!次は第二関節ぅぅ!でも、その前に!!」
暴れるマシアスに跨り、ノーマは腰元から物を取る。それは杭だ。
そして。
ドスン――!!
「――んがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「もっと!もっと!もっと、もっともっと!もっともっと!もっとぉぉぉ!泣け!泣け泣け!泣け泣け泣け泣け!泣け泣け泣け泣け泣けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
マシアスの両腕を杭で固定したノーマは、バチン!バチン!と器具を振るう。
その度に返り血が頬を濡らすが、ノーマは笑いながら指を切断していく。
その悲鳴は、車外まで響き渡っていた。
◇
【魔導車】外では、数人の黒コートの騎士が、ゴクリと喉を鳴らしていた。
マシアスの部下として、言う事を聞いていた騎士たちだ。
「あーあ。始まっちまったか……」
頬杖をついて【魔導車】を見つめる糸目の少年。
団長バルク・チューニだ。
「始まったって……よく言うぜ団長、知ってたくせに」
「ホントだぜ、知ってて降りて来たんだろ?」
「ノーマちゃんは、怒るとこえーからな……」
部下たちも、それを想像してブルブル震える。
バチン!「あははは!」バチン「きゃはは」バチン、バチン、バチーン。
「うーわ。今良い音したなー」
「こっわ!」
「絶対に逆らわんとこ」
「俺は逆に……ごくり」
「「「おいっ!」」」
そして徐々に、音もなくなり。
「終わったか……」
「ああ、終わったな」
「騎士人生が?」
「男としてもな」
「つーか、生きてんのマジで凄くね?」
騎士たちの会話に、バルクは解説する。
「あいつの“魔道具”、【女帝の爪切り遊び】は、痛みを数倍にする効果がある。それに加えて、あいつは指ごと切断するからな。しかも数えたか?音の回数を」
「い、いや……」
「それがなんだよ?」
「30回だ……爪の部分、第一関節、第二関節を一本ずつだ。しかも第三関節を残して、醜悪にするっつうオマケ付きだ。機嫌が悪ければそれで終わりだろ……良ければ――」
バチン!!
「「「よ、良ければ?」」」
追加された音に、騎士たちは顔を合わせてバルクをみる。
バルクは、含み笑いを見せながら答える。
「――足の指を、やられるのさ」
「「「うわぁ……」」」
ドン引きでは済まされないくらい引いた。
自分も想像してしまい、バルクも冷や汗を掻く。
「ま、時間も限られてるから誰か止めろよ。マシアスのオッサンも、死なれちゃ困るだろ。あいつも一応、陛下が選んだ騎士の一人だしな」
「「「お前が行けよ!!」」」
「なんでだよ!嫌だよ!」
バルクだって怖いのだ。
「お前が団長!」
「そうだそうだ!」
「速くいってやらんとオッサン死ぬぞ!」
しかし、団長だからと言われれば仕方がなく。
「ちっ……お前らぁ……」
頭を搔きながら、糸目で車両を見ると。
入口付近に、血だまりが出来ていた。
「……あ、駄目そうだわ」
こうして、一人の騎士はその人生を終えた。
死因は出血死、もしくはショック死だろう。
しかし尚も、バチン!バチン!と、音は鳴り響いたのだった。




