86話【レオマリス・ファーム2】
◇レオマリス・ファーム2◇
遅めの昼食を取りながら、サクラは考えていた。
(あたしの魔力が上がったのかな……それとも、鞄の消費魔力が減った?結構な量の物を取り出したけど、何ともないのはおかしいよね……)
パンを齧りながら、考える。
自分の身に最近起こった事と言えば。
(……《石》の世界……に居た事、くらいでしょ)
自分の存在に絶望して、逃げ出した先にいたのは。エドガーの母マリスだった。
彼女もまた、何かから逃げたと言っていたが、《石》の前所持者である彼女に会ったことが、何かしら魔力に影響を与えたのだろうかとも考える。
人物の詳細データを見る事が出来るのは、メルティナだけだ。
サクラは、そのメルティナに確認してもらうのが手っ取り早いと考えて、パンを一気に頬張り、ゴクリと飲み込んで。
「……よし。とにかくこの件は持って帰ってから考えよう」
取り敢えず投げた。
「お主は……そう言うところだぞ……」
何故だかサクヤに呆れられた。
「いーじゃん。考えないって言ってんじゃないんだから!」
元々、異世界人同士で話し合いはしなければとは言ってはいたのだ。
だが、サクラが現実逃避をし、ローザも今は居ない。
だから話はなあなあになっていたのだが。
今は早期に調べたい。そう思う。
「ローザさんが帰ってくるのも、もう直ぐなんでしょ?なら、あたしたち異世界人同士で共有しておかないとダメじゃん。自分の能力をさ」
「それはそうだが」
あ、サクヤの視線が言っている。「お前が言うか?」と。
だがそれは大いにサクラ自身が理解している。
「――それはごめん」
「顔が謝っていないぞ。まぁ……別に謝ってほしいなどとも思っていないがな」
サクヤも自分の考えを持っているが、それを押し付ける気はない。
譲れぬ信念とも言えるそれは、誰かと共有すべきものではないと、サクヤは考えるからだ。
「まぁでも、能力の開示は妥当だな。わたしも、皆の強さを知りたい……特にフィルヴィーネ殿は、底知れない強さを感じるしな」
「リザもすっごく強いよ……ああ見えてさ」
“魔王”であるフィルヴィーネは兎も角、“悪魔”であるリザも充分な強さがある。
今はその強さを表に出せはしないが、《石》の世界で見たリザの強さは本物だろう。
「なんにせよ、ローザさんが帰って来てからだね。あたしたちの話し合いは」
「だな。ではそれまでは……」
「うん」
「「野菜を育てよう!」」
一つは自分の為に。
一つは仲間の為に。
一つは世界の為に。
この野菜たちがこの世界でも育つ事が出来れば、食文化も変わってくるはずだ。
それを変えるのが自分だと想像したら、嫌でも武者震いしてしまう。
サクラにも、もう自分の世界の知識は持ち込まない。などという考えは、皆無だった。
◇
サクラは、仕上げに作った囲いを組み上げ「ふぅ~」と息を吐く。
「これで害獣対策もいいんじゃない?」
「害獣?」
「うん、野菜を食べちゃう動物ね。畑に入ってこれないようにしたんだ」
メイリンは、サクラの言葉に不思議そうに首を傾げていた。
それはモンシアも同じで、何故そんな事を?と言っているよう感じだ。
「……え?」
農場を営んでおいてその反応はないだろう。
「あたしの言ってること、分かりますよね?」
苦笑いしながらも、聞いてみる。
サクヤですら、腕を組んでうんうんと頷いているが。
「――野菜を食う動物なんて、ここにはいないぞ?」
「そうね、精々、鳥がいるくらいかしら」
「いやいや、狸とか、猪とかいるでしょ?」
畑荒らしと言えば、な害獣だ。
日本では年々被害が増え続けている。
そんな被害を受けないようにと考えて、サクラは柵を立てたのに。
「「……」」
父娘は顔を合わせて、不思議そうにしている。
「えぇ……」
(ん?あれ……でも、そう言えば)
サクラは思い返す。この王都も少しは慣れてきた。
そこで思い返すと、ある事に気付く。
(馬や豚、牛に羊……基本的に家畜と呼ばれる動物は見たけど……)
農場の周りを見渡しながら。
その動物を探して、気付く。
「ね、ねぇメイリンさん……犬とか猫とか、いないの?」
「いぬ?……ねこ?」
メイリンは再度首を傾げた。
「……うそぉ……」
「わたしが犬犬言っていた時、エミリア殿は知っている素振りだったぞ?」
サクヤは、よく自分を犬に例える。
エドガーに忠誠を誓う忠犬だと。
そんなサクヤの言葉には、サクラも聞き覚えがある。
「エミリアちゃん、自分を猪娘って言ってたか……ん?言ってたっけ?」
正確には、ローザが言った言葉だ。
「でも、疑問を持たないってことは知ってるって事か、普通は……うん、普通は」
相手はエミリアだった。
「だれが猪娘よ!」とは言っても、猪を知っているかは別の話の気もする。
「「不安だ……」」
二人は口を揃えて言う。
それ以外にも、エドガーが疑問を持たなかったという点もある。
「エド君だったら、知らない物は知りたいって思うはずだから……犬と猫は知っているんじゃないかな、んで、最終的にローザさんが知っていて……メイリンさんたちが知らないって事は……」
この世界では、犬や猫は絶滅している可能性だ。
「うわぁ……へこむ……」
「しかし、言葉は残っているではないか、猫舌とかな」
「確かにねぇ」
サクヤの猫舌というワードに、メイリンが。
「ああ、ローザの猫舌……の、ねこね!」
もしかして、実物を知らないで言葉を使っているのだろうか、この世界の人間は。
サクラもサクヤも疲れた顔で頷いた。
「「そう、それ」」
「う~む。やはりわたしたちの世界とは大幅に違うのだな……しかし馬や豚はいる、不思議な虫もいるが……」
「まあ、《魔法》がある時点で異世界よね……諦めて覚悟決めても、慣れない事も沢山だわ」
「確かに。ところでサクラ」
「ん?なによ?」
地味に作業をしながら会話をしていたのだが、サクヤが気になったようで手を止める。
サクラが作業をする物を見つめて言った。
「それは、立て札であるな。何のだ?」
「立て札……まあそうだね、看板ね」
サクラが作業していたのは、木の板を組み合わせた立て札看板だった。
丁寧に削り釘で固定した、手作り感満載の。
「……れおまりす・ふぁむ?」
「【レオマリス・ファーム】ね。わざわざ平仮名で書いたのよ。この世界の人間には読めないでしょ、これで」
「おお、成程!」
看板には【れおまりす・ふぁ~む】と書かれている。
サクラの世界の文字で、この世界の人間が読めない様に。
その意図をサクヤも気付いたようで、サクラを感心していた。
「これならば、主様の名がついていても読めないから、咎められることもないな」
「そ。あとはコレを……よっと!!」
手作り感のある立て札を地面に突き立てる。
これで完成だ。
「毎日水やりに来ようね」
「毎日はやらないだろう、普通は」
「そうなの?」
「そうね、あげない日もあるわよ?水を少なくすれば甘みが増すものもあるから」
サクラは【スマホ】にメモしながら「なるほど」と納得していたが、急に少し遠目に移動し始めて、サクラは言う。
「うん。サクヤ、メイリンさん、そのままこっち見て!この板見てて、笑顔でね!」
言われるまま、サクヤとメイリンはサクラが構えるスマホを見て。
「はいっ!チーズ!」
「は?」
「え?」
カシャ!!
「ぬわっ!」
「きゃ!」
一瞬の閃光に、二人は戸惑うが。
サクラは「オッケー」とご機嫌に言っていた。
「おいサクラ!何をしたのだ!?めめ、目がチカチカするではないか!」
「一瞬真っ白になったよ~」
「あはは、いいからいいから。ほらこれ、見てみて」
「ん?おお!」
「う~、目が……って、え!?」
サクラが見せる【スマホ】には、こちらをみるサクヤとメイリンが写っていた。
サクヤは半目だが、メイリンは言われた通りに笑顔だった。
「これは見事な写実だ……」
「すご~い……これ、絵なの?」
「いやいや……写真だよ、そのまま写したの。あ~っと……」
面倒臭いので、その場を魔力で切り取る“魔道具”と説明することにした。
もう一度、今度はモンシアも入れて写真を撮る。
サクラは操作側であり、サクラしか操作が出来ないので自分は写り込めないのだ。
「これを、エド君に見せたいんだ」
写真には、畑と立て札も写っている。
エドガーなら気付くかもしれない。
「なるほど……喜んでくれるといいな、主様」
「うん。だね」
二人は笑い合って、今日の仕事を終えたのだった。




