85話【レオマリス・ファーム1】
◇レオマリス・ファーム1◇
エドガーとドロシーが昼食を取っている頃。
【サザーシャーク農場】では、二人の少女が土と格闘していた。
「うわぁぁぁぁっ!!虫!虫ぃぃ!」
「えぇいうるさいぞサクラ!虫くらいなんだ!!手で除けろ!」
「――知ってる虫ならねっ!!何よこの虫!全然見たこと無いんですけど!!」
普段はツインテールにしているサクラだが、今日はお団子ヘアーをしていた。
頭の上部に二つのお団子を乗せている。
サクラは、虫が出て来た穴に土を被せながら、身震いしてサクヤに迫ってきた。
そのサクヤも頭に大きなお団子ヘアーを乗せていて、仲の良い姉妹のようだった。
「知らん!種を植えるのだろうがっ!あぁもう、折角掘った穴を戻してどうするっ!!」
「だぁってぇぇ!」
身体を両手で抱える様に、サクラは顔を青くする。
サクラが土を被せた場所から、にょきりと顔を出す虫。
「「……」」
丁度、二人と目が合う形で顔を出して「やあ」と言っているようだった。
その虫の見た目は毛虫のようだったが、無数の足が長く、触角と足が混ざったようなフォルムをしていた。
足の一本一本が蠢いており、被せた土など容易く除けたのだろう。
「――キモッ!!」
「なに、大したことな――」
ピトッ。
「あ」
虫は飛び跳ねることも出来た様で、全然平気と思われたサクヤの顔面に着地した。
「――ぁぎゃああああああああああああああっ!」
「ちょ!こっち来ないでよ!バカサクヤあああああぁぁぁぁっ!!」
二人は走る、走る走る走る。
その様子を、農場の所有者であるモンシア・サザーシャークは、豪快に笑いながら言う。
「ガハハハッ!相変わらず面白いな、あの子らは」
麦わら帽子を被る熊のような大きな体躯で、少女二人を見る。
「もう、お父さんが変な事言うからでしょ?」
メイリンの父モンシアが急に言い出した「野菜を育てて見ないか?」と言う言葉に、サクラは嬉しそうに二つ返事をした。
自分の世界の野菜を、魔力消費なしで作り出せればと思ったのだろうが、勿論土いじりなどしたことがなく、《戦国時代》から来たサクヤに手伝ってもらう形で、この【サザーシャーク農場】まで来た。そこまではいいが、虫が苦手な事を失念していた。
そしてメイリンの中では、サクラもサクヤもまだまだ子供だ。
エドガーと同じ目線で見る二人の少女は、メイリンにとって妹のようなもの。
「二人共、ふざけてないで作業に戻りなさい」
少し遠めの所にいるメイリンからの優しげな言葉を聞いても、サクヤは走って逃げ惑う。
一方サクヤは、ビタ止まりして。
「うむ、承知した。ほれサクラ、作業に戻るぞ」
「――あんたがその虫を何とかしたらね!」
実は言うほど怖くなかったらしいサクヤは、どうやらサクラをからかっていたようだ。
サクラは逃げた先にいたモンシアの背に隠れながら言うが、モンシアはモンシアで、うら若い少女にくっつかれて「ガハハ」とまんざらでもない顔をしていた。
「お父さん」
「お、おう。サクラちゃん、これを使えばいい」
「これは?」
娘の睨みにびくりと背筋を震わせて、モンシアはサクラにあるものを渡す。
作業箱の中から取り出した、小さな小箱だった。
「コイツはな、【虫がこな~い】っつう道具だ」
「――ぷふっ」
どこぞの大泥棒のような口調の道具名に、思わず吹き出すサクラ。
しかも、メイリンまでも父に追随するように。
「その【虫がこな~い】はね、その名の通り、虫が来なくなるのよ」
「ぷはっ!あは、あはは……ちょ、なんで、なんでそんな……ル○ン見たいな、あはははは、あはははははっ……あーおかし」
「「ル〇ン??」」
現地民の二人には分かるはずもない言葉に、きょとん顔をしながらも。
「それでね?」
メイリンの言葉に、モンシアが追い付けする。
「おう。この箱はな、虫を殺さず追い返す代物だ。作業時はこれを置きながらすればいい。終わったらこの【虫がこな~い】を撤去するんだ。そうすれば、無害な虫は戻って来て、土を綺麗にしてくれる」
「へ……へぇ……」
頬をピクピクさせて、笑いを堪えながら説明を聞くサクラ。
「――お、おおっ」
「?」
小箱を出した途端、サクヤの顔に張り付いていた虫は逃げ出していった。
その様子に驚くサクヤと「マジか」と効能に驚くサクラ。
(あれ?これって……もしかして“魔道具”なんじゃ……)
ありえないほどの防虫効果に、膨らむ疑惑。
(この“魔道具”、いったいどこから?)
そんなサクラの様子に気付いて、メイリンが近寄り言う。
「この道具ね、エドガー君のお父さんから頂いた物なのよ?」
「……エド君の、お父さん……?」
エドガーの父、エドワード・レオマリス。
先代の【召喚師】であり、壊れたものしか“召喚”出来ないという力を持つ。
宿の大浴場の素材は彼が幾つもの“魔道具”として“召喚”し、組み合わせたものだ。
修理し、組み合わせる。それはエドガーが得意とするものでもある。
(この箱が“魔道具”なら……意外と“魔道具”って知らないうちに広まってるんじゃないの?)
この広い王都で、もし誰もかれもが知らないうちに“魔道具”を使っているのだとしたら、非常に気分が悪い。
それでは、エドガーが苦労している意味がなくなってしまう。
何のために“不遇”職業と呼ばれ、蔑まれているのか。
“魔道具”を集めて変人と呼ばれるエドガー、しかしその“魔道具”が広まっていて、王都民の大半が使っていたとすれば、それこそ胸糞の悪い話だとサクラは思う。
「……ちっ……」
知らず内に舌打ちをし、横にいたメイリンが目を丸くする。
「サ、サクラ……?」
「あ、はい。なんです?」
「……」
(あれ、気のせい?)
瞬きするうちに、サクラは元通りの元気な少女に戻っていた。
「あ、ほら……作業を始めましょう、私も手伝うから、ね?」
「……あ。そうだった……すみません、メイリンさん」
「うふふ、いいのよ。さぁサクヤもしっかり働いてね?」
「うむ。ではわたしは土を耕すとしよう、サクラは種を蒔け」
「なんであんたが仕切ってんのよー!」
こうして、ようやく農作業が始まったのだった。
◇
作業を始めて一時(1時間)程が経った。
【虫がこな~い】のお陰で滞りなく作業が進み、サクラが鞄から取り出した種を蒔くことも終えた。
如雨露で水を撒き、植えたての野菜たちに栄養を与えるサクラとサクヤ。
「うん、こんな感じでしょ」
「ああ。綺麗に整えられてるな」
【サザーシャーク農場】の畑には遠く及ばないが、それでも立派な畑には違いない。
「畳……六畳ってとこかな……」
「うむ、そうだな」
個人で育てるには充分な広さだろう。
植えたのは、二十日大根にベビーキャロット、鞄が土で汚れる覚悟をし、ナスやトマトの苗を取り出して植えたりもした。
「この世界にも似たような野菜はあるけど、味はやっぱり違うからね」
「これは楽しみだな……」
夏野菜であるトマトやナスの苗は、この世界の時期に合わせて取り出して、お礼としてモンシアにも献上した。
【サザーシャーク農場】の育て方を見せて貰う為でもあるが、単純にお礼としての割合が高いだろう。
「それにしてもサクラ」
「ん?なに?」
作業を終えて汗を拭うサクラに、サクヤが不思議そうに問う。
「お前、そんなに鞄から物を取り出して……魔力は平気なのか?」
「……。……。……あ」
忘れていたようだ。
「そ、そう言えば……何も考えずにバカスカ鞄使ってた!」
サクラの鞄は、自分の世界の物質を取り出す事が出来る能力がある。
取り出せるものに制限はなく、【地球】に存在するものならばありとあらゆる物を取り出せる。
唯一、鞄の口より大きいものは取り出せないという点はあるが、バラバラな状態で取り出し組み立てれば、その点も解決だった。
しかし、取り出した物によってサクラの魔力が消費され、気を失いそうになる時もあったのだが。今は。
「へ、平気みたい。何ともないよ、疲れも倦怠感もない……」
「魔力は減ったのだろう?」
「多分……でも、全然動けるよ」
自分の身体のあちこちを見ながら、平気とアピールする。
サクヤも訝しみながら、じろじろと見ていた。




