79話【数千年越しの姉妹喧嘩2】
◇数千年越しの姉妹喧嘩2◇
「――はあぁぁぁ!」
無情にも空を切る、スィーティアの剣。
大振りで単調な一撃は、気を張るまでもないローザに簡単に避けられた。
膂力をそのまま地面に叩き付け、剣は鈍い音を鳴らした。
そしてその地面に足を取られて、スィーティアは躓き転ぶ。
「……うっ……く!」
しかしスィーティアは直ぐに立ち上がり、ローザを睨み付ける。
肩でする息はドンドン荒くなり、脱水症状を起こしそうになった身体は朦朧としていた。
「しんどそうね?もう止める?」
ローザも汗を搔いてはいるが、その無駄のない動きから、体力の消耗はスィーティアとは大違いだ。
冗談を飛ばす程度の余裕を見せつけながら、木剣をスィーティアに向ける。
その木剣を、スィーティアは剣で弾こうとするも、ローザは剣を引いて空を切った。
「……誰が!」
舐められたと気付いて、スィーティアは意地でも立ち、構える。
《石》の力を最大限に発動させて、身体能力の底上げを図る。
輝く《石》は朱色に光を放ち、オーラはスィーティアを包む。
「……お姉さま……絶対に苦汁を味合わせてあげるわっ」
ローザは「もう充分味わったわよ」と笑いながらも、木剣を構えた。
◇
ローザの今回の目的は、《石》を含めない自分の実力を確かめる事だった。
【災厄の宝石】である【消えない種火】は、非常に強力な“魔道具”であると同時に、その消費魔力は尋常であり、その《魔法》の影響を幼少の頃から受けてきたローザにとっては、何よりも共にあった存在だ。
それを自ら切り離して進むことを決めたのは、魔力の回復を出来ないという環境と、同じ異世界人の仲間たちの成長が、ローザに影響を与えたという点もあるだろう。
しかし何よりも、あの少年の期待を裏切らない為に。
あの少年の傍にいる為に。ローザは進むことを決めた。
(エドガーは、あの扱いを受けて笑顔でいられた……辛い事も逃げ出したい事も、全部受け入れて……自分の為ではなく、誰かの為に犠牲を払う勇気が……あの子にはある)
だからこそ、傍にいたいと思った。
彼の隣で笑っていたいと、心から思えた。
(こんなことで、逃げられる訳がない……たかが《魔法》を使えないというだけで、私が逃げ出したら……エドガーの隣にいる資格はない!)
彼の隣にいるべきは自分だと、自信を持つ為に。
《魔法》を使わない魔法使いの戦い方を、学ぶべきだと。
つまりローザは、剣士になる覚悟を決めたのだった。
「はあああああっ!!」
「……!」
スィーティアから目を逸らさず、一挙手一投足をその赤い瞳に映す。
筋肉の動き、込められた魔力の流れを正確に把握するだけで、こんなにも相手の動きを予測する事が出来るとは思わなかった。
相も変わらず、スィーティアの剣は空を切る。
一撃も、連撃による攻撃も、全て回避して。
「……っ!」
しかし遂に、ローザの動きも鈍り始める。
ローザは確かに強い。しかし、その強さは【消えない種火】があってこそだ。
疲労による誤差は微々たるものだった。
しかしその誤差が、足を躓かせる。
「……!――そこっ!!」
スィーティアも見逃さずに、間髪入れずに剣を振るってくる。
ローザが躓いたのは踵だ。体重は後ろに掛かり、仰け反るような体勢で一歩ずれる。
スィーティアの目線で、彼女が狙った部位がローザにも分かった。
首。なんとも殺意のある個所だ。
「――ちっ!」
ガコッ――!と、スィーティアが振るった剣は木剣にめり込んだ。
一刀にて切断できなかったのは、スィーティアの疲労と、この国の鍛冶技術の低さが原因だろう。
「んあぁぁぁぁぁっ!」
スィーティアは全力で力を込めて、ローザが持つ木剣ごと振り切った。
握力も、《石》の加護を受けたスィーティアの方が断然上だ。
当然ローザが持つ木剣は、めり込み罅割れた所から、バキッと折れた。
「……くっ」
痺れを持つ手を、ローザは見る。
「次は……首を斬ってあげるわっ……お姉さま!!」
「――ちぃっ!このっ!」
スィーティアは好機と見て、武器のないローザを攻め立てる。
ローザはもう、完全に回避するしかなくなっている。
動きを見切り、予測して行動をするローザだが、逆を言えばスィーティアもそれを可能としている。
「何度も何度も!同じ手を食うかぁぁぁぁ!」
ローザの回避ステップにも慣れ、スィーティアは力任せに剣を振るった。
「!」
チッッ――!!と、肩を掠っただけ。
掠っただけだが、ローザは初めて感じた。斬撃の痛みと言うものを。
たったそれだけなのに、物凄い痛みと熱さが、身体を駆け巡った。
「――いっ……つっ!」
咄嗟に手で押さえるが、スィーティアの攻撃は止まらない。
(……マズい!!)
片目を閉じ、慣れない痛みに歪めてしまった視線を戻す。
もう、スィーティアは攻撃モーションに入っていた。
(駄目……間に合わないっ!)
致命傷を避けても、腕を切り裂かれるコースだ。
下手をすれば切断、もしくは肉塊のように拉げるだろう。
覚悟をして、腕一本をくれてやろうとした直後だった。
「ローーーーザァァァァァァ!!」
本当に一瞬だが、友と呼べる少女の声が耳を抜け、視線を向けようとした瞬間。
赤い軌跡が、ローザとスィーティアの間に割って入って来た。
「「――!?」」
ガギィィィィィィン!!
スィーティアの剣を弾き、後退りさせた。
それは、目の前の地面に突き刺さる、一本の赤槍だった。
「……これは……エミリア!?」
ローザはエミリアを見る。
すると、何かを投げたような恰好で、涙目でローザを見るエミリアがそこには居た。
隣ではローマリア王女が口を開けて驚いていた。
【勇炎の槍】。
エドガーがエミリアの為に想像し、ローザが魔力を籠めた逸品だ。
聖王国の国花【エミリアの花】を模した装飾がされた、オンリーワンの槍だ。
「――使って!ローザ!」
エミリアの言葉にローザは黙って頷き、槍を抜く。
その瞬間に、地面からは炎が溢れ出し、同じ魔力のローザと共鳴する。
「……あ、熱い……これが、私の炎……?」
槍を持つ手が熱い。
溢れ出る炎で焼け焦げてしまいそうだ。だが。
「不思議ね。手に馴染む」
「は、あはは……あはははは!!」
「――そんなに可笑しいかしら?」
邪魔をされた形になったスィーティアだったが、怒る事はせずに狂ったほどに笑っていた。
槍を持つ姉の姿が、馬鹿らしいほどに想像できなかったからだ。
「可笑しいも何も……剣ならともかく、槍?槍ですか?……――馬鹿に、するなっ!!」
「……」
いつだって、憧憬を抱いた姉の姿は、剣を持つ英雄だ。
炎を纏い、外敵を滅するその勇姿に自分は憧れ、その力が欲しくなった。
抱いていた憧れは劣情に変わり、貶める事だけを考えるようになって、ついにそれは叶った。
しかし、《石》を奪い取る直前に、姉は炎と共に消えてなくなった。
数千年の時を超えて再会した姉は、憧憬の君では無かった。
だからこそ、コテンパンにしてやって、自分を認めさせようとしたのに。
それなのに。
「槍を握ったこともないお姉さまが、素人同然の技術で戦うというの!?馬鹿にしないで欲しいわ!私はこれでも、転生した記憶を引き継いでいる……剣と槍の扱いが全然違う事くらい知っているわ。もう、お終いよ!やっていられないわ!!」
スィーティアは言い終えると、剣を仕舞おうとする。
こんなお遊びは終わりだと、やっていられないと叫んだ。
しかし、そんなスィーティアの視界に、槍の切っ先が入ってきた。
「……何のおつもりですか?」
ローザが、槍をスィーティアに向けて差し向けていた。
「ここまでやったのだし……ケリをつけましょうよ」
軽快に笑って、最後には挑発するように口端を吊り上げた。
「……そこまで言うのなら」
挑発に乗ってやると、スィーティアは戻る。
やっていられないとは言うが、これはスィーティアにとってもチャンスだった。
あの槍からは魔力を感じる。
それはつまり、【朱染めの種石】で吸い取れるという事だ。
元の位置に戻りながら、スィーティアも口を歪める。
(単純なお姉さま……私があんな状況で、止めるなんて言い出す訳ないでしょうに……!)
そう、これは策だ。
スィーティアだって、ローザの性格は熟知している。
途中で投げ出すような事を、あのロザリームが認めるはずがない。
いつ何時でも、姉は全力だ。それを逆手にとって、戦いから逃げ出されない様に仕組んだ。
(これで、《石》の力を全力で出せる……!お姉さまを叩き潰せるっ!!)
心内で、地面にひれ伏す姉の姿を想像して、笑いを堪えるスィーティア。
そして、決着の時は着々と近付いてきていた。




