77話【自分の力量】
◇自分の力量◇
【リフベイン聖王国】の首都【王都リドチュア】。
その中央に位置する、リフベイン王家の住まう【リフベイン城】。
空は気持ちのいい晴天だ。
多少の優しい風も吹き、ピクニックなどに最適な日和だろう。
しかし、場所は王城の訓練場であり。
吹き抜けの屋外訓練場で、二人の女性が向き合っていた。
今にも一触即発を起こしそうな雰囲気に、周囲の人間はハラハラしていた。しかし対面する二人は冷静であり、笑みを浮かべる程だった。
一人は、燃えるような赤毛のロングヘアーをし、その瞳を赤く光らせた女性。
眼光鋭く、向かい合う女性を見据えて、「ふぅー」っと息を吐く。
名をロザリーム・シャル・ブラストリア。愛称ローザと呼ばれる、この世界とは異なる世界、つまり異世界の人間だ。
そして相対するのは、ピンクがかった朱色の髪に、その目は緑色。この国の一般的な人種の瞳の色を持つ、気品のある女性。
名はスィーティア・リィル・リフベイン。この【リフベイン聖王国】の第二王女だった。
スィーティアは、淀みのない笑顔で、ローザを見ている。
この二人、実は姉妹である。
血のつながりは無い。スィーティアは、ローザの元の世界、正確には数千年前、大昔の時代に存在していた【ブラストリア王国】の姫である。
詰まる所、ローザの末の妹、ライカーナの生まれ変わりなのだ。
彼女は、何度も何度も転生を繰り返し。
こうしてまた、自分の姉の前に立っていた。
目的は、ローザが所持していた《石》、【消えない種火】を奪う事だった。
だがその目的は、今転生で覆っている。
先日、模擬戦にて前世の記憶を取り戻し、姉に勝ってしまったからだ。
あれだけ執着した、《石》を持った姉に、ライカーナは勝った。
そして今は、自分にも《石》がある。【朱染めの種石】と呼ばれる、魔力を吸い取る力を持った《石》だ。
その力を持って、ローザの《石》の力を封じ、意識を失わせるまでに至った。
それだけの自信と、今まで勝てる見込みがなかった姉に勝てたという高揚感が、今の笑顔に全て集約されていた。
「――さぁ、お姉さま……遊びましょうよっ!」
スィーティアの煽りのような言葉にも、ローザは無視に近い形を取って、一人屈伸運動を行っていた。
その様子にスィーティアは「張り合いが無いわね」と両手を上げて、半ば呆れているような態度にも見えた。
切っ先を向けた剣を下ろし、嘆息する。
「……もう、やる気がないのかしら?お姉さま……」
今までのローザを知っている分、スィーティアは姉に合わせた攻め手で口撃していたつもりだった。
上からな威圧的な態度を取り、威厳ある高貴な振る舞いと言えよう。
しかし。あの日憧れ、あの日羨望した姉の姿は、もう無いのだと、この時スィーティアは確信していた。
◇
入念な準備運動とストレッチ、深呼吸。
エミリアに手伝って貰うまでして、本当に入念に行った。
そのおかげで、身体は随分と軽い。
様子を伺うようにしていたエミリアの視線も気にすることなく、自分の間で集中する事が出来た。
(今も、瞳が熱い)
ローザは右目を優しく押さえた。溢れそうなほどに回復した魔力は、今までにないくらい充実しており、その漏れ出た魔力が瞳を赤くしているのだ。
【消えない種火】を常時発動させていた時は、オーラを纏うような形で、自分自身の魔力を押さえ込んでいる時が多かったのだが、《魔法》によって消費された魔力は、《石》から供給されて回復をしていた。
それがこの世界に来てからは、魔力の回復自体が出来なくなっていた。
魔力を使う機会が減り、フィルヴィーネの魔力の譲渡によって回復された魔力は、向かうところがなくなり、溢れかけていた。
それでも今、ローザは魔力を使うつもりがなかった。
それは、スィーティアの煽り気味の言葉にも反応しない程、集中した状況と示し合わせていくように。
ローザは、ゾーンに入っていると言ってもいい程、自分の事だけに集中出来ていたのだ。
「……よし」
「――あら、やっと時間稼ぎが終わったのかしら?」
腕を伸ばしながら訓練場の中央に歩み出てくるローザに、スィーティアはほくそ笑みながら嫌味を言う。
「ええ、悪かったわね。準備は出来たわ。それに――普通の人間と同じルーティーンをしてみたかったのよ」
「――!!」
訓練場の中央で不敵に笑う姉の姿に、背筋をゾッとさせたスィーティア。
自らも準備はしていた。負ける不安は一切ない。
それでも、今のローザの顔は覚えがあった。
(まるで……昔の事のようね……)
自分がゾッとしてしまった事に対して、スィーティアは自嘲気味に笑った。
背筋を凍らせるほどの、不敵な笑顔。
それはまだ幼少の頃、誘拐され、その後戻って来たローザが見せた笑顔と、非常に酷似していた。
そう、初めて《石》の所持者になった時と、同じだった。
「お姉さま、ようやく準備が出来た様で何よりだわ」
持っていた剣をカツカツ鳴らして、スィーティアも中央へやって来た。
「そうね。これで貴女の鼻を、ペキリと折れる事でしょうね」
「……ふんっ!」
ローザの言葉を、スィーティアは言われた鼻で笑う。
誰がいい気になっているのかと言ってやりたがったが、ローザの笑顔が不気味過ぎた。
「では、訓練を開始しましょうか……」
「あら……遊びでは無かったの?」
「――っ!!……くっ」
スィーティアは顔を赤くした。言われた意味が、素直に分かってしまったからだ。
やけに余裕のあるローザの態度に、スィーティアは本能的に怯えていた。
過去を思い出し、先程までの余裕がひっくり返るほどに。
「――くだらない事を言っていないで、始めましょうよ……お姉さまぁぁっ!!」
言うが如く、スィーティアは合図もせずに剣を振りかぶり、ローザに斬りかかった。
「……な!!」
ガゴン――!!と、木剣が鳴る。
そして驚いたのは、スィーティアの方だった。
完全な不意打ち、しかも力を乗せた一撃だ。
「――私の準備は、出来たって言ったでしょう!」
ローザはその不意打ちを、完全に防いでいた。
防ぐ木剣の陰から、スィーティアを見る事までして。
「くっ!!」
「――はっ!」
カコッ――と弾かれ、スィーティアは一歩足を引く。
その瞬間を、ローザは左手で持った木剣を横に薙ぎ、脚を狙って一閃した。
スィーティアは木剣を地面に突き刺し、それを防ぐ。
しかし次の瞬間には、左方面からローザのブーツが見えた。
「ぐっ!!」
何とか左腕で防ぎ、スィーティアはそのまま吹き飛びながら距離を置く。
しかし、ローザは。
「――ふっ!」
「このっっ!」
ローザは追撃をしてきた。
まるで戦況を把握しているかのように、スィーティアの行動を読んでいるかのように。
「不気味に笑ってっ!!」
「笑わせてくれているのは、ライカーナでしょうにっ!」
「――その名で!!」
今はスィーティアだと、転生前の名を呼ばれて顔を赤くするスィーティア。
馬鹿にされたのだと、一瞬で分かった。
蹴りには蹴りで応酬してやると、スィーティアは足払いの要領で右足を振るう。
しかしローザは、その場で宙返りをして避け、その勢いで。
「なっ!――がっっ!」
空中で体勢を立て直して、木剣を振り下ろした。
木剣はスィーティアの肩口を捉え、痛みに首を曲げる。
そのままスィーティアは横ばいに倒れ、ローザは更に追撃しようと右足を振り切った。
「――!!」
何とか、スィーティアは両腕をクロスさせて防御し、少しだけ吹き飛んだ程度で済んだ。
そして直ぐに立ち上がり、ローザを睨む。
「……随分と足癖がお悪くなったようですね、お姉さま」
「誰かさんのお陰で、ね」
後ろで見守るエミリアをちらりと見やって、ローザは笑う。
(今、私の力量を計るのに……《石》は必要無い。自分の実力がどれほどのものか、剣の腕がどこまで通用するのか……それが分かれば、この戦いは私の勝ちよ)
本来、ローザは魔法使いであり、剣士ではない。
しかし、今は剣を握っている。
《魔法》で出来た剣ではなく、木で出来た訓練用の木剣だ。
しかしそれでも、示す事が出来る。
今の自分の――《石》に頼らない戦い方を。
ロザリーム・シャル・ブラストリアが今示すことが出来る、真の実力を。




