エピローグ1【予知夢の姫】
◇予知夢の姫◇
帝国領内を走る、幼い影。
小さな身体は震え、恐怖に追われて凍えそうになる。
息は荒く、大きな瞳からは涙がこぼれる。
その手に持った首輪の様な、首飾りの様な曖昧な物を、大切そうに両手で抱え、走る。
足元は裸足だった。既に結構な距離を走ったのだろう、擦り切れて血は滲み、寒さと地面の冷たさであかぎれていた。
はぁはぁと息を荒くするその肩は小さく、背も低い。
一見、村娘のような風貌は、ドレスを切って短くし、走りやすくしたものだ。
何度も後ろを振り返り、追手の姿が見えないかを確認する。
「……ど、どこかで……」
その少女は、青色の髪をしていた。
皇族のみが持つ、伝承ある青。
この少女の名は、ミア。ミア・レイチェル・レダニエス第二皇女。
兄である、【魔導皇帝】ラインハルトによって捕らえられた、エリウスの妹だ。
ミアは、隙を見て城から抜け出した。
近衛の兵だった二人の女性騎士の助力で城を脱したが、遠くまで行けるかは、まさに運次第だった。
そもそも、ミアは身体が弱い。それも極端に、身体を動かす事が出来ないのだ。だが、今はこうして全力で走っている。
成さねばならない目的があるからだ。
「どこかっ!誰かっっ!――あっ!?」
ドシャァァァァッッ――!!
「――う、ううぅ……」
連日続いた雨に足を取られ、転んでしまう。
しかし、抱えていたアクセサリーだけは、絶対に離さなかった。
「これだけは……姉様に届けないと……姉様っ……!」
傷だらけでも、泥だらけでも、前だけを見る。
まるでそれが分かっているかのように。
「――ミア殿下っ!!」
「――っ!!……ほっ……良かった、夢の通り……」
草むらを搔き分けて出て来たのは。
エリウスの部下、カルスト・レヴァンシーク。帝国の前・騎士隊長だった。
「ミア殿下っ……なぜこんな危険な事を!」
転んだミアを抱えるカルストも、傷だらけだった。
カルストは、レディルと別れた後、単独で帝都へ戻った。
しかし、カルストを待っていたのは、白衣の騎士たちだった。
情けないくらいに迎撃されて、追い返されたカルストは、様子を伺う為にこうして森の中に身を潜めていたのだ。
そこで見かけた。走る幼い姿を。
「……カルスト、姉様は……」
「ミア殿下……まさか!」
「はい。見ました……予知夢を、わたしの未来を……」
彼女、ミア・レイチェル・レダニエスは、予知夢を見る事が出来る。
その能力が原因で極端に身体が弱く、自由に動く事が出来ないのだった。
「――カルスト、急いでここを離れてください……追手が来ます……白い、コートの騎士たち……【白銀牙騎士団】です」
「【白銀牙】!?……――分かりました、乱暴に扱うこと、ご容赦ください!!」
「ゆ、許します」
カルストは、ミアを荷物の様に抱えると、全速力で自分の馬を隠してあった場所に向かった。
逃げる為、姉にこのアクセサリーを届けるため、ミアは行動する。
それが、この帝国に何を齎すか、今はまだ知らないままに。




