74話【奔走3】
◇奔走3◇
「「「……」」」
誰も言葉をなくし、時間は過ぎてしまう。
エドガー、サクラ、そしてメイリン。三者の考えは、擦れ違いに近かった。
エドガーは、メイリンに対する配慮の欠落。
サクラは、初動の失敗を後悔して。
メイリンは、【福音のマリス】に自分は不要なのではないかと、不安を抱えて。
そんな厨房の様子を伺う様に、入り口に立つ女性。
女性は、それでも話しかけなければいけないと言い聞かせるように気合を入れて、三人に声を掛けた。
「――あ、あのー。すみません……」
「っ!あ……ド、ドロシーさん」
エドガーは驚きながらも、入り口に向かう。
「すみません……わたくしのせいで……」
「い、いや……その、僕が」
ドロシーは開口直ぐに謝罪をする。
自分のミスで招いたこの状況に、エドガーは両者を気にしながら言葉を探していたが。
メイリンは、この険悪なムードに入ってきた女性、入り口で隠れるようなドロシーを見ようと動く。
「……あなたが?」
しかし、メイリンは一歩足を動かして、その風貌が見えた瞬間。
「――!!」
ピタリと動きを止めて、まるで時が止まったようにドロシーを瞳に映した。
「メ、メイリンさん?」
サクラはメイリンの様子がおかしいと分かり、直ぐに隣に駆けた。
ちらりと横顔を覗いたサクラは、メイリンの驚いたような表情を察する。
(そっか……メイリンさんも、ドロシーさんがエド君のお母さんに似てるって気付いたんだね)
「あの、わたくしやはり……お世話になる訳には」
「あ、いや……そういう事じゃ、なくてですね……」
更にしどろもどろになるエドガー。
そんなエドガーに、メイリンは。
「……エドガー君。この人……」
「は、はい。この方がお客様の、ドロシーさんです」
困ったような、信じられないような表情をエドガーに向けるメイリン。
当然のことながら、エドガーの母マリスが生きていない事は知っている。
それでも、その雰囲気が似ている事だけは瞬時に分かった。
仕草も、どことなくだが似ている気がしてくる。
「ドロシーさん、ここは厨房なので。その……」
スタッフ以外立ち入り禁止だと言いたいのだろうが、エドガーも戸惑っていた。
「あ、申し訳ございません……声が聞こえたものでして」
「いや、お食事持っていくって言ったの僕なのもに、遅くなってしまって……」
「――あ、じゃあコレ」
サクラが既に完成していた麦粥を指差す。
持っていけるよ。と言う意味合いに、エドガーは頷いてそれを持つ。
メイリンの事は当然気になるが、ドロシーがここに居てもややこしいことになると思い、部屋に戻ろうという事だろう。
「行きましょう。ドロシーさん」
「――え、でも」
「いいですから」
エドガーは銀のトレーを持って、サササッと厨房からドロシーを押し出して一緒に行く。
去り際にちらりとサクラを見たエドガーの真意は【心通話】で伝えられた。
「――オッケー任せて、エド君」
「?」
なんのこっちゃ分からないメイリンの困り顔を見て、サクラは苦笑いを浮かべながら言う。
「それじゃ、お話でもしましょっか。メイリンさん、あたしも謝りたいことあるし」
「え?」
「ほらほらっ、休憩所に行きましょうよっ」
「えぇ?でも、あの方……」
複雑な心境を抱えていても、お客がいると言う自覚はあるらしく、ドロシーを気にかけているメイリン。
しかし、気にかける理由はそれだけではないだろう。
それはきっと、エドガーとサクラが気にする理由と同じだ。
◇
パタンと閉じられた扉は、101号室の扉だ。
少々気まずさをも持ち込んだ室内のテーブルに、エドガーがトレーを置く。
「ではコレ……食べて下さいね。まだ温かいので」
「……」
「ドロシーさん?」
ドロシーは眉を八の字にしていた。
そして唐突に、無言のまま頭を下げた。
「え、ドロシーさん!?」
「申し訳ありません……わたくしは、面倒事を招いたようですね」
「……そんな、事は」
ないとは言えない。しかしそれはドロシーのせいではなく、エドガーが勝手に決めてしまった事から始まっている。
そして今更それを、ドロシーのせいだなんて誰が言えるだろうか。
「大丈夫ですから心配しないでください、ドロシーさんはお客様なんですから……まあ、仕事はしてもらいますけど」
「……はい」
返事は小さかった。元気もなく、そうとう心配しているのがエドガーにも伝わった。
「ドロシーさんには、掃除婦をして頂こうかと思ってるんです。さっき厨房にいた人、メイリンさんって言うんですけど、一人で全部やってくれてるんです……客入りはな――少ないけど、無駄に広いですから、この宿。手伝ってくれる人が居ればなって、前から思ってたんですけど……」
導入の仕方を間違えたと、エドガーは言う。
「大切なんですね、あの方を」
「はい。家族のようなものですから」
だから、言わなくても分かるとか、以心伝心だとか、勝手な解釈をしてしまったのだろうか。
それが大きな間違いだったと、今更理解した。
「なら、わたくしなんかよりも、メイリンさんを優先してください。わたくしはお食事をして、適当に待たせていただきますから」
ドロシーは椅子に座り、テーブルに置かれた麦粥の器に手を伸ばす。
「美味しそう」と匂いを嗅ぎながら、ふふふと笑みをエドガーに向ける。
「……ありがとうございます。じゃあ、食べ終わったら適当に宿内でも見て回っててください、一階には娯楽室や休憩所がありますから」
「分かりました。それではそうさせて頂きますね」
エドガーはドロシーにそう言うと、メイリンにキチンと理由を説明しようと戻っていく。
ドロシーは、スプーンで麦粥を食べ始め、一人。
「お腹が膨れたら、お風呂にでも入りましょうか」
そう、笑顔で言ったのだった。
◇
エドガーは、急いで厨房に戻り、声を上げる。
しかし、メイリンもサクラもそこにはおらず、誰もいない厨房に「メイリンさん!」と虚しく響いた。
「……どこだ?」
「主様?」
「――あ、サクヤ!サクラとメイリンさん知らないかい?」
エドガーの後ろから来たサクヤが、不思議そうに声を掛けて来た。
「い、いえ……存じませんが、何かあったのですか?サクラを探しておられるのなら、【心通話】をお使いになればよろしいのではありませんか?」
「あぁそうか。何で忘れてるんだよ僕は……さっきも使ったのに」
サクヤはどうやら小腹を空かしているらしい。
おもむろに果物籠から一つ掴み、宙に投げる。
「ほっ」
腰に下げた短刀を引き抜き、一閃。
スパパパっとカットされた果物は、反対の手に持った小皿にトトトっと並んだ。
満足そうに笑みを浮かべるサクヤを尻目に、エドガーは【心通話】をサクラに送る。
<サクラ……今どこだい?>
<あ、エド君……今は……メイリンさんの家に向かってるところだよ?>
「<えっ!?>」
どうやらメイリンは帰ってしまったらしい。
サクラが付いて行っているようだが、それでもどことなく【心通話】がぎこちなかった。
<その……メイリンさん、大丈夫かな?>
<うん。少し動揺……してるかな>
<動揺……>
やはり怒っているのかと、エドガーはそう思いそうになったが。
<違うよエド君。メイリンさん、もう怒ってないよ。むしろ逆かな、お客様……ドロシーさんだっけ、その人の事、もうお客様として見てると思うけど>
<そう、なの?>
<うん。多分だけど、エド君があの人を連れて来た理由を、自分なりに考えたんじゃないかな。でも、小さな怒りはあるみたいだから……今日はあたしも帰らないね?>
<え……それって>
サクラが宿に帰らないと言い出して、逆にエドガーは少し動揺する。
それでも、続きの言葉を待つと。
<あたし、お泊りのお誘い受けたんだよ。メイリンさんから>
「そっか……よかった」
【心通話】には乗せず、口を動かして言う。
心から安心した。
「よかったですね。主様」
「え。う、うん」
どうやら【心通話】を聞いていたらしいサクヤも、果物をシャクシャク食べながら、エドガーに笑顔を向けた。
<そんな感じなんだけど、大丈夫かな?>
<うん、勿論だよ。お願いしちゃってごめん、でも……ありがとう>
<あはは、いいっていいって。あたしもさ、友達の家にお泊りとか初めてだから、嬉しいよ>
サクラがメイリンを友達と言ってくれたことが、何故かうれしかった。
サクヤは、そんなエドガーを見ながらサクラに【心通話】を送った。
<サクラ。主様が自然に笑みを浮かべているぞ……どうやら、お前がメイリン殿を友達と言ったことが嬉しいらしいぞ、わたしも嬉しい!>
<解説しなくていいから!>
「解説しなくていいって!」
エドガーにも聞こえていて、二人にツッコまれるサクヤ。
シュンとしながらも、「あむ」っと果物を口に運ぶ。
「モグモグ……そんなぁ……」
良かれと思って言った結果、残念なことに。
サクヤは涙目になるのだった。




