69話【帰還者2】
◇帰還者2◇
翌日の午前。
王都の最南、【下町第四区画】では騎士たちが集まり、帰還する【聖騎士】を今か今かと待ちわびていた。
下町の住人たちは、頭に疑問符を浮かべて騎士たちを見ていた。
それは何故かと言うと。
【聖騎士】が帰ってくると言う事自体、知らされていないからだ。
全く興味が無いように、住民は騎士を邪魔そうに見やるばかりで、何が起ころうとしているのかすら、聞こうともしていなかった。
そんな中、エッグゴールドの金髪を肩にかけ、正装に身を包んだ少女が、緊張した面持ちで待機している。
その隣にも同じく緊張した、少女と同じ髪色の青年が居り、正装をしている事から考えても、この二人がこの騎士たちの中で偉い立場なのだと分かった。
「おい、お前緊張しすぎだろ……」
「兄さんこそ……顔青いんだけど?」
新人【聖騎士】の二人。
アルベールとエミリアのロヴァルト兄妹は、【聖騎士】を代表して、迎えの大役を任されていた。
理由としては、新人としての挨拶をするのと同時に、戻って来た【聖騎士】をセルエリス王女殿下に面会させるという事が、仕事として与えられたからだった。
「誰なんだろうね、先輩の騎士様……」
「誰だろな。南方に出ている諸先輩方は多いし……」
アルベールは顎に手を当てて考える。
現在【聖騎士】の数は、新人の二人を含めても総勢十名と多くはない。
隊長のクルストル・サザンベールをはじめ、副隊長のオーデイン・ルクストバーとノエルディア・ハルオエンデ以外の【聖騎士】が派兵されており、帰還する【聖騎士】も、まさか不在時に後輩が増えているとは思うまい。
今王都にいるのは、ロヴァルト兄妹を含めても五人だ。
半数の【聖騎士】を南に派兵すると言う事は、それだけ南国を脅威と感じているのだろうかと、アルベールは思うが。
残りの【聖騎士】五人の内、三人は騎士学校の先輩である。
それ自体は知っているし、勉強もした。
アルベールは、誰が来ても対応が出来るように、常日頃から心がけてはいる。
しかしそんな様子は、隣で緊張するエミリアからは全くと言って良いほど感じられないのが、なんとも残念な事だが。
「……誰が戻って来ても、俺等が下っ端なのは変わりないからな……気を付けろよエミリア」
「わ、分かってるよ……」
「そんなこと言われたら余計に緊張するじゃん!」と言いたそうに、兄を睨む。
そんなエミリアの頭をポンポンと叩き、アルベールは笑ったのだった。
◇
少しして、南門が騒がしくなる。
確認の為、外壁上で待機していた騎士が旗を振り、エミリアとアルベールに合図を送ってきた。
「来たっぽいね……」
「だな。出迎えるぞ」
書状の内容的に、急いでいる事は間違いない。
それでも、国の中枢戦力である【聖騎士】の帰還だ、盛大に出迎えなければならない。
二人は大通りに出る。一頭の馬が歩いてくるのを確認すると、それに合わせて膝を着き、胸に手を当てた。
頭を下げる二人の前で、パカラパカラと蹄の音が繰り返された。
止まってくれたようで一安心だ。
「――頭をあげてください。その恰好……もしかして、新しい【聖騎士】の方ですね?」
優しそうな声音と誠実そうな口調で二人に声を掛け、タッ――と馬から降りる。
エミリアとアルベールも、その声に合わせて顔を上げた。
「……無事の御帰還、両陛下や三王女殿下もお喜びになります……【聖騎士】――オルドリン・スファイリーズ様」
「……で、です!」
少し間が開いたのは、顔を確認したからだ。
「ええ。ありがとうございます……お二人は、新人の【聖騎士】ということで間違いなさそうですね。出迎え、感謝いたします」
灰色に近い白髪の女性騎士オルドリンは、優し気に二人を見やり、その形式を丁寧に返した。
胸に手を当て、礼をする。
その胸には剣を咥えた獅子の勲章が付けられ、エミリアとアルベールの胸にもそれが輝いている。
「早速で申し訳ありませんが、セルエリス殿下にご報告をしなければ参りません……案内、頼めますか?」
「「は、はいっ」」
当たり前だが、オルドリンは王城への道は知っている。
それでも案内を頼むのは、新人【聖騎士】である二人の仕事を奪わない為の配慮だろう。
三人は用意された豪奢な馬車に乗り込み、【リフベイン城】に向けて出発した。
オルドリンが乗ってきた馬は、他の騎士が牽いて行ってくれる手筈になった。
馬車に乗り込むと、オルドリンが結っていた髪を解く。
後頭部でまとめられていた髪は、ふぁさりと宙に舞う。
重力に逆らうようなウェーブがかかっていた。
何とも気品のある女性だと、兄妹は同時に思った。
そしてオルドリンは。
「お二人も大変ですね。新人と言う事は、騎士学校の卒業生ですか?」
「は、はい。あ……!すみません、挨拶が遅れました。俺……いえ私は、アルベール・ロヴァルトと申します。昨年度の卒業生です」
アルベールは頭を下げ、肘でエミリアを小突く。
お前の番だ、と。
「エ、エミリアです!エミリア・ロヴァルト……よ、よろしくお願い致します!!」
「ロヴァルト?」
二人の家名が同じだという事に、首を傾げる。
その視線は、「双子ですか?」という意味合いだった。
それにしては身長差凄いですね、って感じで二人を見るオルドリン。
「あ……えっと、一個下です……」
「へぇ……」
値踏む様な視線は、特にエミリアに向けられた。
卒業生は否定していないし、一個下の妹と紹介したのだ。
エミリアが偉業を成し遂げて【聖騎士】に成ったことを、瞬時に理解したのだろう。
「……ぅ」
「あ、ごめんなさい……仕事上つい、ね」
オルドリンの主な任務は、偵察や監視だ。
エミリアがどんな子なのかを、癖で気になってしまったのだ。
「いえ。俺たちも、不慣れで申し訳ありません」
「……ありません」
「ふふふ……面白いご兄妹ですね。これからよろしくお願いしますね」
オルドリンはアルベールに手を差し出す。
アルベールはそれを取り。
「若輩ですが、ご助力できるように精進します」
オルドリンは次にエミリアに。
エミリアは手をゴシゴシしてから。
「ご、ご指導のほど、よろしくお願いしますっ」
「勿論です、私でよければ」
オルドリンは笑顔で快諾し、馬車は城へ向かうのだった。




