67話【気付かぬ再会】
◇気付かぬ再会◇
【貴族街第二区画】で《石》を譲ってもらったエドガーは、うきうき気分で帰っていた。スキップすらしそうな勢いだ。
鼻歌混じりで、気分爽快。しかしその姿は、泥遊びをした子供のような風貌だった。
「――さ、早く帰ってこの《石》がどんなものか調べないとな」
そんな事を言いながら、指で抓むように小さなルビーを見るエドガーであったが。
「……ん?」
ポツリと、鼻先に感じる水分。
ポツ、ポツ、ポツポツポツ。
「雨だ……折角晴れたと思ったのにっ……」
数日続いた雨がようやく晴れて、エドガーは久しぶりに外に出た。
散歩のつもりで歩いていた先で《石》を見つけて、気分もよかったのに。
また雨が降ってきてしまった。
小走りで雨宿り先を探すが、偶然にも何もなく、あったとしても既に数人が雨宿りをしていた。
視線を彷徨わせて、エドガーはコートを傘代わりに頭に被る。
「結構強くなって来たな……これは、大降りになるかもしれないぞ……」
しかし、雨宿り先は見つからない。
エドガーの家である【福音のマリス】は【下町第一区画】にある。
現在地と隣接しているとはいえ、歩くには遠い。
本来、王都の移動手段は馬車だ。
それでなくても広いこの王都を、雨に濡れて歩くのは辛い。
今は風邪をひいている場合ではないのだ。
「……開いてる場所、無いなぁ……ん?」
少し走って、【下町第一区画】へと区画移動する門に近付いたエドガーは、ふと視線を感じてそちらを向く。
「……女の人?」
一人の女性が雨宿りをしていたのだが、その女性はエドガーと目が合うと、ちょいちょいと手招きをした。
(え……来いって事?)
立ち止まりそうになるも、雨足がドンドン強くなって、エドガーは考える暇もない内に、その女性が雨宿りをしている建物に足を向けた。
女性に会釈をして、エドガーは雨宿りをする。
「……凄い雨ねぇ」
「え……そ、そうですね……」
(話しかけてきた?……僕のことを、知らないのかな……?)
【召喚師】であるエドガーに声がけしてくる時点で、“不遇”職業を知らないのか、それとも無知なのか、あるいはこの国の人間ではないか、だが。
兎にも角にも、エドガーは不用意に会話をしない様に距離を開けた。
そしてザーザーと、雨はドンドン強くなっていく一方で。
「……」
(……し、視線を感じる……)
少し間を開けて隣に立つ女性は、どこかのお嬢様なのか、避暑をする令嬢のような白いワンピースを着て、つば広の帽子を被っていた。
その服も帽子も濡れてはおらず、雨宿りをしていた訳ではなさそうだった。
手には無数の指輪が付けられていて、キラキラと輝いていた。
その女性の身に付ける指輪には、色とりどりの宝石があり、エドガーはついつい見てしまい。
(珍しい……)
エドガーの内心は、《石》が珍しい。ではなく。
装飾品を着けていること自体が珍しい、と言う意味合いだった。
(指輪だけじゃない……腕輪もだ、ってよく見たら足の……腕輪?いや足輪?も……凄い、宝の山じゃないか……!)
その女性の足首にも装飾品があり、アンクレットを知らないエドガーは足の腕輪、などと変な言葉を生み出す。
そして、自然と見てしまっていた事を、女性に気付かれてしまう。
「――そんなに気になるのかしら?」
「――え。あ!……す、すみませんっ!じろじろ見て……ごめんなさいっ!」
ドキリと心臓を一度鳴らして、エドガーは必死に謝った。
別に責められたわけでも、訴えられたわけでもないが、自然と謝罪の言葉が出て来てしまうのが、“不遇”職業である【召喚師】と一般市民の関係性だった。
じろじろ見てしまったのは事実なので、謝るのも間違いではないが。
「ウフフ……」
しかし女性は、そんなエドガーを見て笑う。普通は嫌な顔をするか、無視をするかだ。
そんな態度をされたものだから、エドガーは下げた頭の首だけを動かして、その女性の表情を伺った。
不思議でならなかったのだ、その女性の対応が。
「え……っと……」
「ああ、ごめんなさいね。別に笑う気も無いのだけれど……懐かしくて、ね」
「……は、はあ」
(怒っては無いの、かな?)
確かにじろじろ見たのは失礼だし、女性が持つ視線に対する感は凄いものだと聞く。
『女の子は、何処を見られているかわかるんだからねっ!ねっ!!』。
エドガーは、過去に幼馴染に言われた言葉を痛感していた。
「そ……それにしても、止みませんね、雨……」
(――な、何を言ってるんだ僕は……!あの雲を見れば、通り雨じゃない事くらい分かるのに!っていうか、話を広げてどうするんだ!極力関わらない様にしようって決めたばかりなのに!)
「そうね。どれくらい降るのかしら」
エドガーの突然の言葉にも、女性は嫌な顔一つせずに頷き、エドガーを肯定した。
それが何故か無性に心地よくて、エドガーは自分の心の中の葛藤も一瞬で溶かしてしまい、話を続けてしまう。
「えっと……あの……もしかして、ですけど……旅のお方、ですか?」
「あら、どうして?」
頭を上げたエドガーを、優しい目で見下ろす。
その時にエドガーは、女性が案外背が高かったんだと気付く。
ローザと同じくらいの身長に、ウェーブのかかった深緑の髪とつば広の帽子が風に揺れて、その顔が見えた。
「……」
「どうしたの?」
「……あ……す、すみませんっ……」
(な……なんだ……この感じ、それこそこの人がさっき言ったような……懐かしい感覚……)
照れているように見えるエドガーを、女性はクスクスと笑い。
「――変な子ね。でも、満足したわ……」
「え?」
「じゃあね。また、会いましょう……エド」
「え、あ、ちょっと……」
女性はエドガーの頭をポンと触って、雨の中を歩いて行く。
初対面のはずのエドガーは、名残惜しいと言う感覚に胸を締め付けられるも、引き留める事はせずに、その女性の後ろ姿を見ていた。
女性が街の角を曲がり、完全に消えてしまった瞬間に。
「……あれ……僕は……?」
まるで、初めから一人だったかのように。
エドガーの記憶から――女性の事など、すっぽりと抜け落ちていた。
「あ。雨止んだ……」
先程まであった大きな曇天模様は無くなり、晴れて太陽が顔を出す。
「……あれ?……な、何だったんだ?――ゆ、夢?」
現実感のない出来事の様に、エドガーは白昼夢でも見ていたのではと頬を抓った。
「……痛い」
当然夢ではなく、既に朧気になった記憶を抱えながら、エドガーは家路を急ぐのだった。
◇
雨が上がり、女性はどこぞの屋敷の屋根の上から少年を見る。
走る姿は少年然とした振る舞いであり、無邪気な子供のように見える瞬間もあった。
「フフフ……」
指にはめた、雨の力を持つ《石》を頬に当てて、艶っぽく口端を歪める。
見つめるその視線は、まるで愛しい男を見つめる目だった。
「あぁ……エド……私のエド……私たちの愛しい子……」
この世界に“召喚”され、二十年。
仲間と共に成長を見守ると誓った、愛しい子。
しかし、その願いは叶うことなく。
無情にもこの聖王国を離れた。
「他国に渡っても、あの子の事を考えない日は無かった……でも、駄目……会ってしまったら、もう歯止めが利かないわぁ……」
深緑色の髪を搔き上げて、【魔女】ポラリス・ノクドバルンは、快感に身震いする。
「皇子もいい男だったけれど……やはりあの子は別格だわぁ。私に無いものを……あの子は持っている」
それは、人を思いやる心であり。
飽きぬことのない探究心であり。
人を愛することの出来る、情愛だ。
その全てが、【魔女】にはないものだった。
だが、ポラリスが唯一情を持つことができるもの。
それが――【召喚師】。
「暫くは我慢して、様子を見るしかないわねぇ。“天使”もいる事だし……でも、時が来れば……うふふ……ふふふ……うふふふふふふ」
欲しいものは、必ず手に入れる。
それが、異世界人、強欲の【魔女】――ポラリス・ノクドバルンなのだから。




