66話【エドガーの進み方】
サブタイトル変更しました。
元【魔道具を求めて3】。
◇エドガーの進み方◇
【貴族街第二区画】の小さな屋敷を、怪しげにキョロキョロと何度も見ては、その少年は行ったり来たりしていた。
外壁から屋敷内を覗いたり、玄関口をチラ見したりと、完全に怪しい行動をしていた。
「な、何やっているのかしら、あの子は……」
「さ、さぁ……なんだろね」
擁護し難い形容に、ローザとエミリアの二人は戸惑うばかりだ。
あれでは不審者発見と、警備隊の兵士に連れられても文句は言えまい。
例え何もしていなくても、怪しいものは怪しいのだ。
疑われた時点で、今のエドガーでは敗北確定だということを、彼自身は理解しているのだろうかと、ローザもエミリアも思うが。
「それで、私たちは何故隠れているのかしら」
「さ、さぁ……なんでだろね」
二人は何故か、木陰に隠れていた。
エドガーに悟られない様にか、それとも別の理由か。
どちらにせよ、二人して同じ行動をしたと言う事だけは否めない。
「……動かないわね」
「ホントに何してんだろ、エド」
このままいれば、本当に衛兵を呼ばれそうな勢いだが。
「――あ!エドが動くよ」
「そうね」
エドガーは意を決したように頷くと、屋敷の玄関に向かった。
「ノックしたね!」
「この家に用があるのかしら?」
「う~ん、いや……知り合いじゃないよ、多分」
エミリアの言葉は、確信ではなく個人的な希望である。
しかし、貴族に知り合いがいるとも思えないのは本当だ。
希望的観測をするエミリアと、不思議そうに《契約者》の少年を見るローザ。
「あ、出てくるわよ」
「……貴族の奥様、だね」
出てきたのは、下級貴族の若奥様とその娘さんだった。
やはり、知り合いとは思えない。
「……なんで……」
「エ、エド……?」
二人は驚く。エドガーは、出て来た貴族の奥様に出会い頭、頭を下げたのだ。
「なんて言って……」
「き、聞こえないよっ」
二人は適度な距離に移動しようとも考えたが、エドガーは意外と鋭い所がある。
それを踏まえて、今の行動を予測しようと考えた。
「頭、下げてるね……」
「ええ。相手も、いきなりあんなことされて驚いているわね。当たり前だけれど」
小さな娘さんなんかは「なんだこいつ」みたいな感じでドン引きして怯えていた。
そりゃそうだ。
「なんか……謝ってるのかな?」
「――いえ、それよりは……頼み込んでいるように見えるわね」
「ねぇローザ……【心通話】で聞こえないの?」
「……《石》とリンクしてないから無理だわ……」
そっと、ポケットの中の【消えない種火】に触れる。
「あ……ごめん……」
「……いいわよ、別に」
ローザはクスリと、笑って許した。
エミリアも気まずい事を口走ったと反省する。
エミリアは、今の今までローザを最優先にして、不用意な事は言わない様にしていたのに、エドガーを見つけてしまって、途端にこれだ。
ローザはそれを笑ってくれたのだろうが。
「あ……奥様が戻っていくよ」
「すぐ戻ってき――」
「「――あっ!!」」
エドガーはその様子に嬉しそうにしていたが、戻って来た若奥様は、早々にエドガーに水をぶっかけた。
出ていこうとするのではないかと、エミリアを押さえようとしたローザ。
しかしエミリアは、その様子をじっとして見ていた。
「――もう、短気を起こしたりしないよ……一回、失敗してるからさ」
「……?」
エミリアは思い出していた。
ローザが“召喚”される前、エドガーが【不遇召喚師】と呼ばれている事を、知った時の事を。
エミリアは短気を起こして、エドガーの客に暴言を吐いた。
正論を言ったのはエミリアで、明らかに相手方が悪かった。
しかし、立場を悪くしたのはエドガーだった。
結果としてエミリアは、エドガーの客を一人減らしたのだ。
けれども、エドガーは何一つ文句を言わない。
今も、必死に何かを貴族の奥様に訴えかけている。
笑顔で、ずぶ濡れになりながら。
「……」
エドガーは、奥様に何かを言いながら外の方を指差す。
「なんだろ……植木鉢……かな?」
「そうね……でもあれって、ここの家の物ではないでしょう……」
「うん。どこの屋敷の前にも置いてあるから、区画の管理をしている貴族の……う~ん、誰かは分かんないけど」
つまりは、どこぞの貴族が街を綺麗に見せるために設置したオブジェだ。
「なんでエドガーはこの屋敷に?」
「いや……さっぱりだよ……あ!奥さんが外に出て来たよっ」
「植木鉢の方に行くわね……」
奥様は怒りの形相で出て来る。それでも、エドガーは嬉しそうだった。
思いが通じたんだと、そんな感じに見える。
「……ん?あれって……まさか、《石》!?」
奥様が持ち上げた植木鉢にチョコンと乗る、小さな赤い物体。
「え!?ま、まさか……エドはあの《石》が欲しくて?わざわざ植木鉢の置いてある屋敷の住人に、許可を取ろうとしたの!?」
「そ、そうかもしれないわね」
「……な、なんでそんな事、黙って持っていけばいいのに……《石》なんだから……」
花や鉢ではない、ただの《石》。
しかも、偶然落ちて乗ったような、本当に小さな《石》だった。
「……価値を知っているからでしょう。エドガーは、あの《石》の」
「あんな小さな《石》だよ!?窃盗でも何でもないでしょっ……!?」
「そうかもしれない、しれないけれど!エドガーはあの《石》がどれだけ……」
どれだけ価値があり、どれだけ今の自分たちに必要なものかを知っている。
だからこそ、律儀にも屋敷の住人に、許可を得ようとしたのだと、ローザは確信した。
しかしエミリアには分からない。
あの《石》がどれだけの価値を持っていようが、この国人間たちに取って、《石》はただの《石》なのだ。
その概念が揺るがない限り、エドガーの取っている行動は、ただの不信な行為とされるだろう。
「わからない……わからないよ私にはっ!」
「分かるようになれ何て、軽々しくは言えないけれど……」
ローザは、拳を強く握るエミリアの手に、自分の手を重ねて諭すように言う。
「せめて信じてあげて……貴女の大切な幼馴染を」
「……ローザ」
暖かい手のぬくもりは、ローザから伝わる想いだ。
炎の《石》の加護を失い、自信までも喪失しかけているローザの、精一杯の想い。
「わかってる……わかってはいるんだよ、でも……エドがあんな思いをしている事を……私は今まで知らなかった……それが一番っ」
途切れる言葉の意味は、その表情から読み取れた。
唇を強く噛み、痛いくらいに拳を握る。
涙を堪える瞳はエドガーに向けられて、感情を抑える事でいっぱいだった。
悔しさは溢れて、頬を伝う。
「……偉いわ」
ローザはエミリアの頭を撫でた。
ガシガシと、少し乱暴に。
目を瞑って、エミリアは袖口で涙を拭う。
そして目を開ける。その視線の先では。
「「……」」
エドガーが植木の土を被って、尻餅をついていた。
「エドガー……」
「エド……」
エミリアとローザが少し目を離している隙に、貴族の奥様は持った植木鉢をエドガーに投げたらしい。
エドガーはそれを、避けもせずに受け止めたのだろう。
先に水を被っていたせいもあり、エドガーの緑色のコートは泥まみれになっていた。
それでも、エドガーの言葉は。
「……お礼……言ったね」
「そうね」
憤慨して屋敷に戻る奥様の背に、エドガーは満面の笑みでお礼を言った。
そしてコートの土を落として立ち上がり、植木鉢からこぼれた土の山から、ソレを見つけた。
「めっちゃ嬉しそう……」
「なんて笑顔で……」
二人は呆れるしかなかった。
エドガーはその《石》をポケットにしまって、植木鉢の土を元に戻し始めた。
「これだもの、不審者扱いされる訳だわ……」
「擁護できないよ~、エドったら……」
ガックリとしながら、二人の観察劇は幕を閉じたのだった。
◇
「終わった?」
「ええ、帰ったわ……多分」
エドガーは植木を片付けると、屋敷を後にしていった。
ローザとエミリアは、バレないように後をつける事も考えたが、疲労感を考えて止めとした。
「エド、《石》の為なら、自分の不公平を顧みないんだね……」
「……」
そうと言うよりは、誰かの為ではないだろうかとローザは思った。
エドガーが持っていた《石》は、小さなルビーだった。
それは、ローザの【消えない種火】と同系統の《石》。
「そう……ね」
エドガーの行動も、全てが理解できる行動では無いが。
彼が自分の不利を顧みない場合、それは他人の為なのではないかと、思わずにはいられないローザだった。




