65話【再燃《Re:Burn》】
◇再燃◇
振り向いたローザの目に映ったのは、元の世界で自分を陥れた、最愛にして最悪の妹。
先日敗北し、蔑みの目を向けられた少女だ。
現在ではスィーティアと名乗るこの少女の、転生前の名をローザは口にする。
「――ラ、ライカーナ……?」
驚きを隠せないローザ。
目を見開き、声を上擦らせて、明らかに動揺していた。
それもそのはず。ローザは王城にいるスィーティアを避けるために、城外で動ける場所を探していたのだ。
それなのに、そのスィーティアが目の前に現れれば、驚きはするだろう。
後退り、声を震えさせるそローザを庇うように、エミリアが割って入る。
「ス、スィーティア王女殿下……いったい、どうしてここに……?」
ローザの前に出たエミリアに対して、スィーティアは一瞬だけ機嫌が悪そうな顔をするも、「何も知らないのね?」と、スィーティアは嘆息する。
「はぁ……エミリア・ロヴァルト……【聖騎士】に成ったのなら、ご主人様以外の王女の事も勉強しなさいな……」
なんとも耳の痛い話に、エミリアは肩を落として。
「……す、すみません……」
正論に対して、ガチ謝罪をするしかなかった。
「……まぁいいけれど。この【貴族街第二区画】は私の管轄よ。つまり、自分の管轄下の祭りを視察に来ることに、何の理由もいらないという事よ。そうでしょ?」
「そ、その通りです……はい」
ローザを庇うように入り込んだ自分が恥ずかしい。
一触即発になってしまうのではないかと、勘繰って行動してしまった事に顔を真っ赤にして、エミリアは穴があったら入りたい状態だった。
しかしスィーティアは説明をしている間も、常にローザを見ていた。
まるでその説明をローザにするように、してあげているように。
「まさか、職務をほっぽって遊びに来ていたのかしら……?」
「い、いや……その~。あは、あはは……」
エミリアは自分の持つ串をサッと後ろに隠す。
笑って誤魔化した。
「……」
「……」
「……う」
気まずい空気感に、二人は無言になる。
間に入ったエミリアも言葉を出せなくなっていた。
しかし、そんな空気に水を差し込んでくれる人物がいた。
「――殿下……お時間が」
スィーティアの背後から、静かに声を発し。
一人の少年騎士が、少したどたどしくも自分の使命を全うした。
「あらなに?ケイン、主に文句があるの?」
「――い、いえ……滅相もありません!しかし、これから向かうレビアウス家の晩餐が……」
「はいはい、分かっているわよ。まったく、配属されたばかりでご主人様に楯突くなんて、可愛い顔をしてなかったら――直ぐにクビよ?」
「そ、そんなつもりは!」
慌てて顔を青くするケインと言う少年。
スィーティアは機嫌よさそうに「ふふんっ」と笑い、エミリアとローザの二人の間を過ぎ去っていく。
呆然気味になっていた、ローザの横を通り過ぎる瞬間スィーティアは。
「――また戦いましょうね……お姉さま」
「!!」
ゾクリと背筋を震わせ、ローザは心臓を鷲掴みにされた気分になった。
「ほら!行くわよケイン、いつまでわたわたしているのっ!」
「す、す、すみませぇん!!」
スィーティア、そしてケインという少年は用事があるようで、特に絡んでくること無く居なくなった。
しかし、たった一度顔を合わせただけで、ローザの心を揺さぶって行った。
「……行っちゃったね」
「……」
「ローザ?……ロー……ザ。だ、大丈夫?」
「え、ええ……」
どう見ても大丈夫では無かった。
顔は青く、脂汗の様に浮かび上がる汗は尋常ではない。
手は震え、目の焦点が定まっていなかった。
(ぜ、全然大丈夫じゃないよ、ないよぉぉぉっ!)
《石》の加護がないローザは、こんなにも心を乱し、身体にまで異常をきたす程に、か弱く見えてしまうものなのかと、エミリアは心の底から思った。
そしてそれを何とかできないものかと、今後も思考を巡らせる事になるのだった。
◇
「ローザ……これ、飲んで?」
「……ありがとう、エミリア」
休憩用の長椅子に座り、エミリアは買って来た飲み物を渡す。
不格好な瓶に入れられた、爽やかな飲料だ。
「……口の中が、シュワシュワするわね……」
(……水……よね?)
「お酒なんだ、ソレ。ごめんね……これしか買えなくて」
本当は果物のジュースを買おうと思ったのだが、祭りの子供たちでごった返していて、これしか買えなかった。
「へ、平気よ、丁度いいかもしれないし……」
(お酒?これが?)
そう言いながら、一気に酒を呷った。
「ちょっと、一気に!……ま、まぁいいか……」
そんな気分なのだとも理解できるので、止めないでおいた。
いや、止める間もなかった。
「……」
声も掛けにくい中。隣に座ってエミリアもその飲料を飲む。
すると。
「……にっっっがぁ……!!」
【葡萄酒】や【林檎酒】と比べても、かなり飲みにくい。
まるで薬ではないかと思いながら、エミリアは「よく一気にいったね……」と感心した様子でローザを見た。
しかし、そんな苦い酒を一気飲みしたローザは、目を見開いて空になった瓶を見ていた。
「……ローザ?どうしたの?」
「……――い、いえ。何でもないわよ……なんでも」
誤魔化したローザだったが、エミリアが苦いと発言して気付いてしまった。
自分がまた――|味覚を無くしてしまった《・・・・・・・・・・・》事に。
◇
二人で歩く【貴族街第二区画】の街並み。
以前、収監所に向かう際に急いで通った場所を、今度はゆっくりと歩く。
まだそれ程時が経った訳でもないのに、大分懐かしく感じる。
歩きながら、ローザは。
(……味覚を感じなかった……エミリアはあのお酒を苦いと言った、シュワシュワ感は感じたけれど、あんなに苦いなんて顔は出来なかった……それどころか、ただの水だと思ったのに)
自覚はある。スィーティアと会ったことだ。
それと、やはり《石》だろう。
この世界に“召喚”されたローザは、身体ごと作り変えられている。
その際に、元の世界で失った味覚を取り戻していたのだが。
今まさに、それを再度失ったのだ。
(果物を食べた時は、確かに甘みを感じた……それなのに、酒の味はまったくなかった)
その二つを口にするのに開いた時間は、本当に少しだけ。
間に起きた事と言えば、スィーティアと会ったこと以外は考えられない。
自覚と共に、後悔が押し寄せる。
(いや……嫌っ!!)
冷静に街並みを見ているようで、そうではない。
心は、荒波の様に揺れていた。
この世界に“召喚”され、エドガーに必要とされた。それが嬉しくて、ローザは協力を惜しまなかった。
しかし、それが失われようとしている。
自分にしかできない事が薄まりつつある状況。
せっかく取り戻す事が出来た味覚を、再度失い。
ローザの心中は穏やかではいられない状態であった。
暗い闇に落ちていくように、赤き誇りの炎は、速度を加速させて行く。
やがて朽ちていく、何もない荒野で独り、炎は虚しく消え去っていく。
そうなるしか道はないのかと、ローザが結論を出そうとした、その時。
「……ザ、ロー……ローザ!ローザってば!!」
「――え……あ……エミリア?」
明るい声音で、スッと入り込んでくるエミリアの声。
太陽の様に明るい笑顔は、ローザの鬱屈した気分を徐々に晴らしていく。
「……なに?」
「見てっ!ほらあそこ!」
エミリアが指差すのは、一軒の小さな屋敷だった。
そこには何かを伺うように、キョロキョロと屋敷の敷地を見渡す人物がいた。
普通に考えれば、どう見ても不審人物だ。
しかし、ローザにもエミリアにも、その人物には見覚えがある。
と言うか――見覚えしかない。
「……エドガー」
そこに居たのは、ローザの《契約者》でありエミリアの幼馴染。
【召喚師】エドガー・レオマリスだった。




