63話【修行】
◇修行◇
【リフベイン聖王国】の首都である、【王都リドチュア】。
王族が住まうこの国の中枢、【リフベイン城】。
数日間続いた雨は、【水の月10日】(7月10日に当たる)の今日、ようやく晴れた。
王城で、退屈そうに外を眺めていた聖王国の第三王女、ローマリア・ファズ・リフベインは。
外に出る事もなく、ましてやお稽古事も休みになっていて、非常に暇を持て余していた。
考え事は尽きないが、毎日毎日それをしていては気が滅入る。
そう思って、指南役であるローザの所に遊びに行っても、ここ数日はいない事が多くなっていた。
どこに行ったのかを専属の【聖騎士】である、エミリアに聞こうと思っても、何故かエミリアまでもが居ないという事がここ続き、仕方がなく本を読んだりしていたのだった。
と、言うのも。現在エミリアはローザと二人きりだ。
場所は訓練場、それも城外のだ。
ローマリアが探しても見当たらない訳であり、それをローザが口止めしていたりもする。
何故なら、「格好悪いでしょう?」と言うローザなりの意地だった。
ローザは、エミリアに修行の相手を頼んだのだ。
《石》を使わない戦い方を身に付けるために。
◇
「今日も悪いわね、エミリア」
「ん~ん。別にいいよ……ローザの為になるなら幾らでも力になるし。私、嬉しいんだ!ローザの力になれる事がっ。それに私も……せめてローザから一本取りたいしねっ!」
屈伸運動をしながら、二人は何気ない会話をする。
屋根付きの訓練場は、雨が降っていた数日間でも有難く修練が重ねられた。
そして今日はようやくの晴天、絶好の運動日和だ。
ここは、【貴族街第三区画】にあるミッシェイラ公爵邸。
その私有訓練場だ。
誰にも見られることなく、ローザが集中できる環境下を探していたエミリアだが。
偶然ここを通り、偶然公爵と鉢合わせした事で、思い付きの様に「数日貸して欲しい」と無理を言った所、公爵は「いつでも使ってくれて構わない」と申し出てくれたのだった。
「それにしても、本当にいい所ね。雨も防げるし……そんなに人もいないしで一石二鳥だわ」
「だね~。ミッシェイラ公爵様様だよ、ありがたいね」
ローザは内心思っていた。(あの息子の父親とは思えない)と。
ミッシェイラの息子コランディルは、ローザがこの世界に“召喚”された際に起きた事件の当事者だ。
騎士学校を卒業し、その時の【聖騎士】昇格の式典で、エミリアの兄であるアルベールに逆転され【聖騎士】に成る事が出来なかった。
逆恨みとも言える行為は、エドガーやエミリア、一般人のメイリンをも巻き込んだ。
その結果として、エドガーに【異世界召喚】という力を顕現させた事だけは、ローザは感謝してもいいと思っている。それがなければ、今頃ローザは元の世界で幽閉生活だろう。
きっとその考えは、同じ異世界人である他の女の子達も同じかもしれない。
「……よしっ。私は準備完了だよ!」
「ええ、私もいいわよ」
ローザは壁に立てかけてある木剣を手に取る。
エミリアも、用意しておいた練習用の木槍を握った。
「いくよローザ!今日は一本取ってやるからっ!!」
「来なさいエミリア……精々、私の訓練相手になってもらうわっ!」
◇
カンカン――!ガッ!ガコッ!
木と木がぶつかる音が、何度も何度も響く。
「やぁぁぁぁぁっ!」
エミリアが繰り出した刺突は、ローザが身体を回転させて回避する。
それを見越していたエミリアは、わざと木槍を地面に叩きつけて急ブレーキ、そのまま木槍を軸に足を振り回して、ローザの顔面目掛けて蹴りぬく。
「――っ」
仰け反り、ローザはそれを回避した。
反動で一回転し、すぐさま着地。無防備なエミリアの脇腹を、木剣で小突いた。
「――あだっ!」
軸にしていた木槍もズレて、エミリアは転がった。
しかし、勢いのまま起き上がり、再びローザに突撃する。
今度は横薙ぎで木槍を一閃し、同時に跳躍し空中で回転、横薙ぎの反動で踵落としを繰り出した。
「おっ!……と!!」
ローザは避ける事はせず、両手で木剣を構え、踵を防いだ。
「げっ!」
片足状態のエミリアは、やばいと感じたが一足遅かった。
エミリアの足技を防ぎ切ったローザは、木剣を上に押し上げて、エミリアの足を更に高く上げさせる。
変な格好で仰け反るエミリア。
地に着いているもう片方の足を、ローザに引っ掛けられて。
「う、あ……ちょっ!!」
ブンブンと両手を回してバランスを取ろうとしたが。
バンッッ!と、横這いで落下した。
――カラカラカラーン。
「「……」」
虚しく、木槍が音を鳴らして転がっていく。
「……だ、大丈夫?」
「……」
完全に全身を打っている。嘸かし痛い事だろう。
「……さ、さぁ……そろそろ休憩にしましょうか」
「……うん」
鼻先を押さえて、エミリアも起き上がる。
血は出ていないようで良かったが、鼻は赤かった。
◇
二人で長椅子に座り、昼食のサンドイッチを食べる。
これはエミリアが用意したものだが、城のメイドさん作らしい。
「……宿の食事が恋しいわね」
「――いやいや、城でも美味しいもの食べてるでしょぉ!?このサンドイッチの材料だってさ、残り物だけど城に卸された高級品だよっ!?文句あんのぉぉっ!?」
サンドイッチを入れてきたバスケットをパンパン叩きながら、「バレないように作ってもらうの苦労したんだからね!ねぇ!!」と憤りを見せるエミリア。
「わ、分かっているわよ……そこまで言わなくてもいいじゃない……」
「も、文句も無いし美味しいから……」と、ローザはエミリアに言う。
若干焦ったように聞こえるのは、エミリアの異常な気迫に押されたからだろうか。
小さな事から、若干の気まずさが空気を漂い、少しの時間が流れた。
すると、静寂に耐えられなかったのは、意外にもローザの方だった。
「……最近、エドガーはどう?」
「――え?エ、エド……?」
予想外の質問だった。
ローザは、城勤めになってから一度もエドガーに会っていない。
メルティナやフィルヴィーネから近況は聞いているが、自分から進んで話題にする事は一切無かったのだ。
そんなローザが、エドガーの事を聞いて来た。驚くエミリアだが、言えることはメルティナ達と同じだった。
「頑張ってる……と、思うよ。詳しいことは、私じゃ分かんなくて……でも、宿に行く度に勉強しててさ、“魔道具”の事とか《魔法》の事とか、異世界の事とか……すっごく忙しそうにしてるよ」
「そう」
ローザが少し寂しそうな表情をした事を、エミリアは見逃さなかった。
でも、言えない。それを聞いてしまったら、ローザが決めた決意を水に流してしまう。
覚悟を持って、ローザはエドガーから離れた。
それは仲間の為であり、自分の為であり、そしてエドガーの為だとエミリアは充分に察している。
ローザが城に来てから、敢えてエドガーの話をしない事にも気付いている。
特に、ローザが《石》の力を失くしてしまった時から、それは如実に表れていた。
エドガーにその事を告げようとした事を、エミリアは少し後悔していた。
結果的に、エドガーは《契約者》として、それに気付いていた。
しかしそれをエドガーがローザに言う事も無ければ、ローザがエドガーに助けを求める事も無い。
痛いくらいにそれが分かるから。エミリアは今、こうしてローザと共にいるのだろう。
風が流れる。ふわりと流れる風は、ローザの長い髪を揺らした。
それは、決意強く燃ゆる炎のようであり、ローザの揺れる心を表した、苦悩のようでもあった。




