56話【黒銀の翼3】
◇黒銀の翼3◇
森に隠れていたエリウス達もまた、黒コートの驚異的な防御力に驚いていた。
「い、今……斬られましたよね……?」
身の丈以上の戦斧で切り裂かれ、真っ二つになる。
そう想像して、目を逸らしそうになったリューネも、その瞬間を目の当たりにした。
吹き飛んだだけの騎士はすぐさま起き上がり、ノインに向けて各々武器を構えた。
その様子を見た他の騎士も、自信に満ちた様にノインに迫る。
先程までの、一定の距離を保っていたのが噓のようだ。
「……どういう事」
「エリウス様……?」
リューネの問いに、エリウスは答えなかった。
いや、答えられなかったが正しい。
帝国騎士は、基本的に鎧兜を装備している。
それがコートを着用していた時点で、多少の違和感は感じていた。
しかし、戦闘は重きに置いていない偵察の騎士たちだと、勝手に解釈していた。
それが大きな間違いだと気付けていれば、ノインを一人で行動などさせはしない。
「……その必要が、ない?」
エリウスは想像と現実を合わせていく。
直ぐに答えを導けたのは、仲間であるレディルに教えてもらった言葉があったからだった。
それは数年前、まだエリウスが帝国の情勢を勉強していた時の事。
◇
『いいか?エリウス。帝国の装備、特に防具は……鎧が中心なのは分かるだろ?だが、性質はハッキリ言って良くねぇ、それは何故か――』
『それくらい知っているわよ。鉱石が取れないからでしょ?』
『ああ、正確には【魔鉱石】な。まぁ【魔鉱石】にしても、他の鉱物にしても、この国じゃ採掘出来ねぇからだが』
『それが何?』
『性質の悪い防具を着けなきゃならんのは、新しいものが作れないからだ。現状、俺でも無理なんだからな』
『専門家なのに?』
『おいおい、俺は“魔道具”の技師であって鍛冶師じゃねぇっての。もし、鎧でもない防具が出回るとしたら、もう何十年も先だろ。特に、前線で戦う奴らが着込むようなものはな……』
◇
そう聞いた数年後に、目の当たりにしているのだ。
あの巨大な戦斧で斬られて、傷の一つも出来ない衣服を。
「……くっ!」
エリウスは衝動のままに駆け出そうとした。
「――エリウス様!」
「殿下……!」
しかし、リューネとオルディアに押さえられて止まる。
今戻れば、捕まるだけでは済まないかもしれない。
それに、逃がしてくれたノインにも、村長にも悪いと理解はしている。
エリウスは奥歯を噛みしめて、戦闘に入ったノインを見るのだった。
◇
騎士の剣技は、お世辞にも精練されたものではなかった。
それはノインから見た感想だが、確実にノインの相手ではない事だけは分かる。
しかし。
「――ちっ!」
数人がかりでノインの周囲を囲い、吹き飛ばされては入れ替わる。
タイミングを見計らってそれらを行い、背後、側面から攻撃を繰り返す。
「うおお!」
「くらえぇ!!」
「ああうるっさい!」
ノインは剣撃を戦斧で受け止める。
ガギン――!!と、二本の剣は小柄な少女に簡単に防がれた。
ノインは弾き返し、反転して前にいる騎士を斬る。
後ろにいる騎士には、戦斧の柄で殴りつけた。
「「がはっ!!」」
「うぐっっ!」
斬られた騎士も殴られた騎士もくぐもった悲鳴を出すが、直ぐに立ち上がる。
ノインを捕まえようと、騎士たちも急所は狙ってきていない事が分かるが、それでも相当しぶとい。
現在、ノインが倒した騎士は二人だった。
いずれも、吹き飛ばした際に頭を打って昏倒した騎士だった。
頭だけは防具で覆われていない。それは分かる。
見た目を気にして兜も廃止にしたからだろう。
その弱点は騎士たちも把握していて、倒れる際は頭を抱えるようにしていたし、ノインの攻撃も頭部を狙った攻撃だけは確実に防いでいた。
「囲め!距離を詰めさせるなよ!詰められても頭だけは防ぐんだぞぉ!!」
「……鬱陶しいなぁ……!」
隊長格の男がなんだかそれらしい台詞を吐いているが、そんなことはこの場に存在する誰もが知っている事だ。
というか、ノインにも丸聞こえで戦術もクソも無かった。
吹き飛んだ騎士の一人が、起き上がりざまに腰から短剣を抜く。
「……!」
その短剣はノインにも見覚えがあった。
“魔道具”だ。
「マズっ――!!」
パシュン!と言う音と同時に、ノインは半歩だけ後退する。
たったそれだけだが、その位置に《魔法》の弾丸が吸い込まれるように着弾した。
知っているから対処できる。足元に来ると分かっていたから、行動に移せる。
「外すなぁ!」
「すみませんっ!!」
隊長格の男が頭を抱えて叫んだ。
(あぁもう、あいつを先に潰したい!)
しかし、動こうにも騎士たちが進路を塞ぐ。
小賢しい事に、隊長格の男も器用に動き回っていた。
その動きがまた無性に腹立たしい。
一見すると吞気で無能、大声で叫んでいるだけに見えるが、敵を逆なでする才能があるようだった。
◇
ノインの戦闘を見守るエリウスは、掌に爪を食い込ませて、自分の不甲斐なさを噛みしめていた。
リューネはそんなエリウスの手を包むように握り、自分も何もできない事を悔しく思っていた。
「――!!」
ガサリと、背後で草木が揺れた。
不自然な物音に、リューネはエリウスを庇うように振り向き、エリウスはオルディアの前に立った。
「エリウス様!」
「聞こえているわ……誰かそこにいるのっ!?出てきな――」
言い切る前に、後方の草むらからズルズルと足を引きずる、一つの影が現れた。
その影の正体は暗がりで中々見えなかったが、エリウスとリューネが目を凝らすと、タイミング良く雲の一部が晴れ、隠れていた月がその影の正体を照らした。
「――スノードロップ!?」
「ス、スノードロップさん!?」
月が照らす白銀の“天使”は全身をボロボロにし、腕を押さえ、足を引きずってへたり込む。
「スノードロップ!」
「スノーさん!!」
リューネは倒れ込むスノードロップに、すぐさま駆け寄った。
エリウスも動くが、オルディアに「大丈夫、仲間よ」と声を掛けていた。
「……見つけられて安心しました……はは……参りましたね……まさか、“天使”であるわたくしが……まさか、撃ち落とされるとは……」
撃ち落とされた。スノードロップはそう言った。
それは、空から落ちたという事だ。
この雨と暗闇で、環境が最悪な状況の状態にも関わらずに、だ。
「一体何があったの……?」
エリウスもスノードロップに肩を貸す。説明を聞かなければならない。
リューネに目配せをして、ノインの戦況を見てもらう。
「今、ノインが戦っているのは……恐らくわたくしを撃ち落とした部隊ですわ。先程、わたくしは偵察の為に、空を飛びながらあの部隊を発見しました。あちらも、同じくわたくしを捉えたのでしょう、【魔導車】の屋根が開き、そこから姿を現した騎士に……」
「やられたのね?」
「……ええ」
不甲斐ないと、スノードロップは悔しそうに言う。
異世界の“天使”であるスノードロップが、抵抗も何も出来ないままに攻撃されて、挙句撃ち落とされた。
その事実は、ノインの攻撃を防いだあの黒いコートと同じく、脅威だった。
「……もしかして、ここまでずっと歩いて?」
ボロボロのスノードロップは、ブーツが泥だらけだった。
ロングスカートも泥で茶色く染まっており、落下の際に負った無数の傷が痛々しかった。
「森に落ちたのですわ……木々のお陰で頭などは防げましたが。何とか起き上がって、停車している馬車を見つけたので、ここまで歩いてきました……ですが、空中で受けたあの謎の攻撃が、未だに分かりません……」
元々【コルドー村】を目指していた事を知っていたお陰で、真っ直ぐにここへ来れたのだと言う。スノードロップが言うには、馬車とヘルゲンは無事らしい。
そしてここへ向かう際に、炎上する家屋を見て、何かあったと判断して村には入らなかったのだと述べた。
「ごめんなさい……スノードロップ、私は……」
「――エリウス様……ノインは今、力を出せません」
その理由は単純で、月が隠れてしまっているからだ。
先程ほんの少しだけ顔を出した月も、今はまた雲に隠れてしまった。
ノインは、月の満ち欠けによって力が変化するらしい。
現在は三日月であり、最大の力を発揮できる満月ではない上に、雲で隠れてしまっている。
それは、ノインにとっては苦痛にも近いのだとか。
「そんな状況で、どうして彼女は……!」
「“誓約”したのでしょう……ノインの能力の一つです」
「“誓約”?」
ノインは、自らに約束事を課すことで、能力を向上させる事が出来る。その内容によりけりだが、もし村長と何かを“誓約”としていれば、あの行動の辻褄は合う。
そんな中、そのノインを見守っていたリューネが。
「――エ、エリウス様!騎士たちがっ!!」
その言葉に、一番の反応を示したのはスノードロップだった。
「……くっ……ノインっ!」
傷だらけの“天使”は必死に立ち上がり、リューネの傍まで歩み寄る。
エリウスもスノードロップを支えて並び立ち。
「――あれは……?」
「あれが、わたくしを落とした――」
そしてスノードロップが危惧するあれが、“獣人”ノインにも牙を剥いてしまう。




