55話【黒銀の翼2】
◇黒銀の翼2◇
ノインの放った轟音を合図にして、エリウスとリューネの二人は、村長の娘であるオルディアを連れて家の裏手に飛び降りた。
火事の影響で消火に当たったのだろうか、家を取り囲んでいた騎士たちも、裏手にはいなかった。
周りを見渡し、騎士たちは挙って消火に向かってくれたようだ、と安堵するエリウス。
「……ノインはっ!?」
「――来ていません!」
「なっ!?」
合図を出したノイン当人は、そのまま一階に落ちていったからだ。
一瞬何故と口に出しそうになるも、ノインの行動の意味を理解して、エリウスは駆けだす。
「リューネ、オルディアさん……森に行くわよっ!」
村長の家は村の一番奥、更にその奥は森林になっていた。
そこに身を隠せば、ノインの様子を見ながら騎士たちの事も見られる筈だ。
そうしてノインを待つ。エリウスはそう考えた。
「で、ですが……いいのですかっ?」
リューネが見るのは、村長の娘オルディア。
彼女は不安そうな顔で、焼け崩れていく我が家を見ていた。
「……そう、ね」
元はと言えば、自分たちが招いたこの一幕。
当然エリウスも、責任は感じている。
けれども、ここでうだうだしていれば、オルディアまで巻き添えになってしまう。
現状、ノインがこちらに来ないという事は、騎士たちの前に立ち塞がったという事だろう。
異世界人である彼女が、崩落などでくたばるとも思えない。
そして、崩れる家の状況を見ても、村長が無事とは考えられなかった。
ノインがどうにかしてくれている可能性もあるが、確率は相当低い。
それは、崩落する我が家を見つめるオルディアも、把握している筈だ。
「――まずは身を隠しましょう。リューネはオルディアさんを連れて。いいわね」
「は、はい……!オルディアさん、こっちに行きましょうっ」
「ええ……分かりました」
エリウスは単独で、リューネはオルディアの手を引いて森に入っていく。
少し進んで、村の状況を見られる場所まで来ると、三人は身を潜めて様子を伺い始めるのだった。
◇
崩落は続き、騎士たちも消火作業をしていたが、やがて一陣の風が巻き起こると炎上は治まり、崩落も一段落した。
「炎が、治まりましたね」
(今の風って……)
「そうね――!……ノインがいたわっ」
エリウスたちは森の木々に隠れるようにしている。
そこから指をさして、崩落の止まった家を見る。
ノインがゆっくりと歩いて、騎士たちの前に現れたのだ。
「な、なんでこっちに来ないんでしょうか……」
「逃げろって事なんでしょうけれど……」
ノインを置いていくわけにもいかない。自分を助けてくれたのはスノードロップとノインだ、あのまま帝都で一人でいれば、あっけなく兄に捕まっていたはずだ。
恩を返さないうちに逃げる訳にはいかない。しかし捕まる訳にもいかず、せめて近くで待とうと考えたのだが。
(――ノインの様子がおかしい……?)
騎士たちの前に立っているノインの顔には影が差し、暗がりと合わさって表情はよく見えない。だが、纏う雰囲気が、明るく笑うノインのものとは思えなかった。
関係性はまだ浅いが、ノインは人懐っこい小動物のような印象だった。
しかし今はどう見ても、目の前の騎士たちを獰猛に睨む、凶暴な獣のような雰囲気を醸し出していた。
「ノインさん……?」
「……!」
ノインの雰囲気に、リューネも気付いていた。
固唾を飲んで見守る事しかできない二人は、静かに結末を待つ。
◇
誰も、誰も言葉を発さない。
それがアタシを、無性にイラつかせるんだ。
怯えているのか、警戒しているのか。
目の前にいるのは背丈の小さな子供だと思っているのか、それとも理性の無い獣か何かだと思っているのか。
どちらにしても、コイツ等を引き裂いて殺してやらないと気が済まない。
エリウス達を逃がすだなんて、きっと口実だ、アタシは獣の血に
――抗えないんだ。
◇
ノインの周りには騎士たちが集まり、警戒しながらもノインを囲み始めていた。
言葉を発しなくても、それぞれが考え行動に移す。
とても結成間もない騎士団とは思えない連携だ。
しかし、ノインには関係無い。
「――村長を斬ったのは、誰……?」
静かに、ノインは言葉を発した。
村長の死の原因の一つは、致命傷だった背中の傷だ。
そいつを真っ先に探し、八つ裂きにする。
それが、目下のノインの目的だった。
ノインの言葉に、一人の騎士が返答する。
「言うとでも思っているのか……異世界人」
「……」
(アタシを知ってる……?――ああ、そうか……シュルツが喋ったんだ。あの人の中で……アタシたちはもう、違うんだね)
こうなってしまえば、《石》の能力も筒抜けだと考えた方がいい。
現に、ノインと騎士たちの間に一定の距離が保たれているのが証拠だ。
ノインの《石》、【天珠の薔薇石】は、近距離戦闘に適した権限を持つ《石》だ。
単純な能力は三つ。
1つ、形状変化(斧と爪)。
2つ、筋力の大幅上昇。
3つ、自信と気力を上昇、もしくは与える事ができる。
の3つだ。
黒いコートの騎士たちは、じりじりとノインの周りを動いている。
一定の距離はキチンと守り、ノインの最大射程である戦斧の範囲に入らない様にしていた。
「――ちっ!!」
(やりにくいなぁっ!)
ノインが一歩足を動かすたびに、騎士は一歩後退する。
それがノインの苛立ちを、更に加速させていた。
しかし、このままでは埒が明かないという事もあって、ノインは思い切って踏み出した。
「――はぁっ!!」
自分の能力が知られているかもと言う不安はあるにせよ、この世界の人間に負ける訳がないと言う自信と、今まで戦ってきた“獣人”の部族としての誇りがある。
たった一歩の踏み出しで、ノインは三人の騎士の前に詰め寄った。
「「「!!」」」
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
両手に持った戦斧を振り回して、三人を一気に吹き飛ばした。
「ぐわああっ!」
「おわっっ」
「ぐえっ……」
「――なっ!?」
吹き飛び、転げ回る騎士。
しかし、一番疑問を抱いたのはノインだった。
月が出ておらず、能力も中途半端なままとは言え、“獣人”のパワーで切り裂いたはずだった。
圧倒的な筋力の差、それを以って真っ二つに切り裂いたはず。
それなのに、騎士三人は吹き飛んだだけ。
そう、たったのそれだけで済んでいたのだ。
「……どういう事」
思わず口に出た。しかし、瞬時に観察してそれを把握する。
切り裂いたと思った騎士の服、その黒いコートには、傷が一つも付いていない。
精々斬った形跡である跡が残っている程度だった。
「す、すげぇ!」
「あの人の言った通りだっ」
「これなら張り合えるぞ!」
騎士たちは意気揚々と喜びを口にする。
自分たちが装備しているコートの性能が半信半疑だったのだろうか、体験して初めて理解したと言った口ぶりに取れる。
「――ちぃっ!」
帝国の技術を舐めていた訳ではない。
シュルツがその力を後押ししているのも知っていた。
しかし、ここまでの防御力を誇る繊維の衣服を作る事が、こんな短期間で可能だろうか。
ノインは、跳躍で自ら縮めた距離を再び広げる。
「……」
(シュルツの技術だけじゃない……誰かがいる!この技術力を持った誰かが……帝国に!)
シュルツ・アトラクシアの“魔道具”の知識、【魔道具設計の家系】レディルの作製技術、それを兼ね備えた誰かが。
その誰かが、この黒いコートを作ったのではないかと、ノインは直感した。
そしてその事実を、恐らくシュルツは知っていたのだろう。そうでなければ、敵になりうる可能性を持たせたまま、ラインハルトに従う訳がない。
(――あの男は……昔からぁっ!!)
何年も何年も。騙し騙された間柄。
それでも、信用していた事もある。
帝国に渡ってからは、彼は別人のように知識を求めた。
最終的に辿り着く場所は同じだと信じて、スノードロップと共に仲間として活動してきた。
しかし、目の前にある“脅威”は、確かにノインを脅かしている。
そしてそれは黒いコートだけではないと、この直後に知る事となるのだった。




