47話【逃亡者「その1」】
◇逃亡者「その1」◇
西国、【魔導帝国レダニエス】の首都【帝都ガリュガンツォ】から離れた森。
まるで何かに隠れながら、こっそりと走る小さめの馬車。
馬車を引くのは一頭の栗毛の馬。
しかしその馬の外見は、なんだか違和感を覚えるものだった。
御者は小柄な人物であり、深緑色のフードを目深に被っていた。
小さな馬車の中には二人の人物が居り、その二人も同じ深緑色のフードを被っている。
「どうですか?」
馬車内の一人が、御車に声を掛ける。
「今は平気だね。速度上げるよ」
「ええ、お願いします」
周りに誰もいない事を確認して、御車は馬に鞭を入れた。
スピードを上げた馬車は、街道に出る形で均された道を走り始める。
小窓から目線だけを出し、辺りを警戒しながら、再確認して戻る。
「人の気配がようやくなくなりましたね、エリウス様」
女性はもう一人の人物に、声を掛ける。
フードで覆われていながら、不思議と気品を感じる姿だが。
その人物は虚ろがちに俯きながら、か細い返事をする程度だった。
「……案外と警戒が強いですわね……これでは全速力で走る事は難しいですわ。確か、リューネさんと別れたのは、【コルドー】の近くでいいんでしょうか?」
【コルドー】は村の名前だ。こんな事になる前、最後に部下と別れた場所の最も近い近辺だと言っていたのだが、それすらも自信がない様子だ。
「あらあら……困りましたね~」
女性はフードを脱ぎ、頬に手を当てる。
湿気で、その頬には銀色の髪が張り付いていた。
それだけで、馬車内の暑さが分かる。ましてやフードを被っていたのだ、そうとう暑いはずだ。
張り付いた銀の髪をサッと払い。
“天使”スノードロップは、俯く少女、帝国の皇女エリウスに話を続ける。
「ふぅ……エリウス様。お姉さんもう疲れちゃったので~……堅苦しい話し方やめますけど、いいですよね~?」
「……え」
スノードロップ・ガブリエルは、本来こう言うおっとり系の女性だ。
肝心な時や形式にはこだわるタイプなので、エリウスに対しては硬い口調で話していたのだが。
急に口調の変わった“天使”に、エリウスもようやく顔を上げる。
ほんわか笑顔を向ける“天使”に、非常に驚いた顔を向けたのだった。
「あら~、やっとお顔を見せてくれましたね~。では、【コルドー】に向かいますけど、よろしいですか~?」
「え、あ……ええ。よろしく頼むわ……」
スノードロップの気が抜けるような口調で、エリウスも張り詰めていたものが緩んだ。
これは好機と、スノードロップは続ける。
「リューネさんとはどの辺で別れたのですか?」
「確か、【コルドー】を少し過ぎた辺りだったわ……もしリューネが残っているのなら、きっとレイスの……」
分かっている。恐らく愛馬レイスはもう、亡くなっているだろう。
あの時、エリウスを先行させる為にリューネが残ったのも、脚を折ったレイスを葬る為でもあったと。
その意向を汲み取る様に、馬車馬の栗毛馬が鳴く。
ブルルゥゥン――と。
「ヘルゲン……」
ヘルゲンは本来白馬だ。しかし今は、偽装の為に泥を塗って栗毛のようになっていたのだ。
「――良かったね、お姫様……この子、本当にあなたが好きなんだ」
御車をしている“獣人”ノインが、代弁するように答える。
逃亡するために拝借したこの小さな馬車も、帝都の外に停めてあった荷馬車だ。
「ありがとう……ノイン、さん」
「呼び捨てでいーよ。今はこんな形だし、アタシ等はお姫様の従者ってことで、ね?」
「そうですね~、それでいいと思いますよ~」
緊張していた事が噓のように、二人の優しい気に当てられる。
エリウスはそっと微笑み。
「ありがとう、二人とも……それでは、リューネと合流するわ。なるべく急いで頂戴」
「りょーかい!」
「み、見つからない様にですよ~」
パシンと鞭を入れるノインの行動に奮起し、勢いを増すヘルゲン。
スノードロップは笑顔のままだが、リンクしてしまったエリウスとノインの呼応に嫌な予感を滲ませるも、別段止めるような真似はしなかった。
何よりも、エリウスが少しでも早く立ち直ってくれるに越したことはないからだ。
(――さてと、これからが大変ですね……聖王国を目指すとしても、ラインハルト皇子……いえ、新皇帝は絶対にエリウスに追手を付けるはず……【魔導車】がある以上、追いつかれるのは明白……相手が行動を移す前に、どれだけ逃げられるか……それがカギです)
隠れて進んでいる以上、馬車の速度はそれ程速くは出来ない。
それに比べて【魔導車】は、馬の倍以上の速さで走る事が出来る“大型魔道具”だ。
(まだ生産数はそこまで及ばないはずです……追手に使わせるとしても、人数は限られる……可能性としては、新皇帝が裏で“新型”を開発している可能性ね……)
【魔導皇帝】ラインハルトは、裏で様々な事を画策していた。
それは、軍の掌握もそうだが、“魔道具”開発もしていたのではないかとスノードロップは予測する。
“魔道具”開発と言えば【魔道具設計の家系】レディル・グレバーンだが、彼は現状帝都近辺にはいない。
前皇帝の勅命で、事実上エリウスと引き離されていたのだが、結果としてそれは好機だと思える。
(まずは、エリウスの部下であるリューネ・J・ヴァンガードと合流して……それからレディル・グレバーン、カルスト・レヴァンシークと合流することが最善……ですが、どこまでスムーズに事が進むかしら……?)
スノードロップは、一抹の不安を抱えながらも、馬車の小窓から外を見る。天気は良くない。
今にも雨が降り出しそうな、泣き出してしまいそうな、そんな天気だった。




