46話【魔道具を求めて2】
◇魔道具を求めて2◇
「――うぎゃああ!何をするのよ!サクラっ!!」
気持ち良く寝ていた所を握りつぶされそうになって、ポケットから這い出て来たリザは、涙目でサクラに訴え出る。
「あごめん。何かイラっとして」
「理不尽っ!!」
眠りを妨げられて怒っているのか、それとも握りつぶされそうになって怒っているのか、まぁ後者だろうが。
しかしサクラも悪びれもせずに、しれっと本音をポロリとこぼした。
エドガーは理由も分からずキョトンとしていたが、ようやく気付く。
目の前にサクラの綺麗な顔がある事に。
「――ぉわっ!」
ぴょいん――と跳ねて、エドガーは丁度ソファーに着地し、埃を立たせる。
「は、ははは……」
サクラのシャツの襟口から見えた水色の下着に驚いて、赤面するエドガー。
やっと気づいたかと思われるだろうが、それだけ夢中だったのだ。下着にではないよ?
「エド君!ちょっといいかな?」
「え。あ、はい!ごめんなさい」
「え、なにが?」
サクラはゆっくりとエドガーに近付き、右手に掴むリザをエドガーの顔の前に突き付けた。
「「……え?」」
両者、意味が分からずに固まる。
「え?」
「は?」
更に、目を合わせて戸惑う。
するとサクラが。
「聞きたいことがあるんだ。エド君……あたしの《石》の中に入って来たコイツがさぁ」
「――コ、コイツ!?ぎゃっうぅぅぅぅぅ!!」
両腕だけ何とか出して、サクラに嚙みつく。
ふざけるなとサクラの人差し指に食らいついたが、ぎゅっ!!と込められた力に負けた。
「おいぃぃ!内臓が飛び出るわよっっ!!」
「でね?コ・イ・ツが、指輪をしていた訳。分かる?」
「!?」
リザの顔色が変わった。
「え、指輪?……えっと、こんな小さなって事?」
エドガーは爪先で確認する。今のリザの指にハマるサイズだろうか?という事だ。
それに対してサクラは。
「違う違う。普通のだよ、普通の指輪……で、心当たりは?」
エドガーは本当に訳が分らなそうだった。
しかし、握りつぶす寸前だったリザの体温が上がったのを、サクラは逃さなかった。
「――それじゃあ、あんたが知っている訳ね。リザ……」
自分の正面にリザを持っていき、まるで巨人のようにジト目で睨む。
「い、いや……それは、その……私にもよく分からなくて……サクラの《石》に入ったら、元の身体に戻っていたのよ。それで気付いたら、普段は首に下げている《石》の指輪が……いつの間にか、指にハマってて……」
「へぇ」
「ああ~、だからあの時、元の身体がどうのとか言ってたんだね!」
自分でも驚いていたリザだが、まさかあの状況でサクラが覚えて、しかも目敏く見ていたとは。
サクラは少しずつ力を抜き、理由を説明したリザをテーブルの上に乗せる。
そして言う。
「……もう一度なってよ、元の姿に」
何を考える事も無く、サクラは率直に口にした。
「――なれたらなっているわよ!」
その無理難題に、当然憤るリザは、傍に置かれた網籠から大き目の木の実を掴みとってサクラに投げた。
しかし、片手でぺしんと弾くサクラ。
「あいたっ!」
弾かれた木の実は、そのままリザに直撃して転がる。
その木の実を、エドガーが拾って網籠に戻した。
「い、一応これも“魔道具”なんだけどね……」
「そーなんだ。でも、なんでリザは元の姿に戻ったのかな?」
サクラはエドガーの言葉を「へぇ」とスルーして、《石》の世界の出来事を思い出す。
それは、エドガーの母親であるマリスの事もそうだった。言い出せないと分かっていても、あの状況が夢な訳はないだろうと、考えは尽きない。
「――いたた……私の姿が元に戻ったのは、《石》の世界に……魔力の制限が無かったからだと思うわよ?」
「そうなの?」
リザはエドガーの戻した木の実をもう一度取って、それを椅子代わりにする。
それに座りながら、指を顎に当てて軽く考えながら話す。
「ええ。そもそも、魔力が無いからこんなちんちくりんになっている訳で、魔力が回復すればおさらばよ、こんな姿」
(じ、自分でちんちくりんって言った)
器用に木の実の上で胡坐をかき始め、グラグラしながらも話を止めないリザ。
丸い球体に近い木の実は、リザが座ると丁度いい大きさだった。
人間からすれば、クルミのようなサイズだ。
「魔力の制限ってのは?」
「そのままよ。空想世界っていうか、夢世界っていうかは人それぞれだけど、現実でないのは確かだったでしょ?」
「……うん」
「サクラも色々と無茶苦茶してたから分るんじゃないの?」
「ん~、まぁ確かに」
心当たりはある。あの世界では、イメージで武器を表せていた。
サクラの場合は鞄や【スマホ】だが、鞄は見事に成功して、その中から現代兵器である【アサルトライフル】や【グレネードランチャー】を取り出した。
そして、本来必要とされる魔力消費は、完全になかったのだ。
「魔力の概念が無かったのよ、あの場所は……翌々思えば、ロザリームが行かなくて良かったと心から思うわ。あの女だったら、あの世界ごと消し飛ばしていたわよ?」
前提として、ローザが行ける確率は無いに等しかったが、もし行っていたら、悲惨な事になっていた可能性はある。
魔力の制限がない状態のローザが《魔法》を連発していたら、崩壊間近だった《石》の世界はもたなかっただろう。
「……うひゃぁ……」
容易に想像が出来て、サクラは青ざめた。
「それじゃあ、リザが行って正解だったんだね」
エドガーは、“魔道具”の整理を再開しながらも、リザがサクラを連れ戻しに行った事が正解だったと喜ぶ。
その無垢な笑顔に、サクラもリザもがほっこりとしてしまう。
「ま、そーね。ありがと」
「ま、まぁね!私はイイ“悪魔”だし!」
何故か照れてしまった二人。
特にサクラは指輪の怒りも忘れて、エドガーの手伝いを始めるのだった。
◇
片付けを再開して少し経ち。
「――エドガー、そう言えばさっきの木の実だけど……」
「ん?【ラケルの実】?」
エドガーはテーブルに座り続けていたリザに近付き、しゃがんで距離を縮める。
リザは、網籠に戻されていた木の実をもう一度手に取り、エドガーの顔の正面に据えた。
「この実の中身、魔力が込められているわね」
リザの言葉に、エドガーは笑みを浮かべて。
「うん、流石“悪魔”だね……そう、【ラケルの実】は硬い殻に覆われてはいるけど、その中身は小さな粒上の実が沢山入っているんだ。色とりどりのその実は、一粒一粒に魔力が宿っていて……」
「色とりどりって……気持ち悪くない?」
ぼろ布を持ったサクラも会話に参戦し、その身を抓む。
「割ってみようか?まだ時期が早いから、かなり硬いし臭いし苦いと思うけど……」
「そんなに!?三拍子揃ってんの!?」
硬い、臭い、苦い。
そんな実用性のない実を集めているのは、エドガーくらいなものだ。
エドガーはハンマーらしきものを手に取り、木製の台の上で叩く。
ゴン――!と一撃で、【ラケルの実】は砕けた。
そして、室内には異常な程の異臭が。
「――くっさ!!」
「――うげぇ~」
鼻が曲がりそうな、生乾きの洗濯物のような臭いと、ドブを混ぜたような臭いが、一気に部屋に充満する。
特に、身体の小さなリザには大ダメージだった。真っ青な顔でぴくぴくと頬を引く付かせて、今にも昏倒しそうだった。
「え、そんなに?僕は昔から食べていたから、もう慣れちゃったのかな?」
「――いや食べんのっ!?」
「……し、信じられなぃぃぃ……」
サクラもリザも異常に驚くが。
エドガー、というか【召喚師】の魔力補充は、この実が主だった。
昔から、魔力を高める修行の為にこの実を食べていたのだ。
大きくなってからは魔力が安定したため、食べる事は減ったが。
「まだ時期が早いからね。もう少ししたら乾燥させて、煎るんだよ」
真夏になれば、臭いも無くなって来て、外で乾す事が出来る。
その後は火で煎る事で、効能が増すのだとか。
「で、でもさ、この実を食べれば、魔力が回復するんじゃないの?」
「回復は本当にごく少量だよ。基本的には、魔力量を底上げする……って感じだと思う」
「それでも!」と、リザはその実を手に取り、息を止めながら。
「ちょ、リザ!今のエド君の話聞いてたでしょ!?」
臭いを無くし、乾燥させて煎る。
その工程をすっ飛ばせば、ただただ不味い実だ。
「それでもよ!ぐぅ!!くさっ!……それでも、魔力が戻る可能性があるのならっ!くっさっっ!」
エドガーもサクラも制止するが、リザは止まらなかった。
リザのサイズでも、手で掴むことの出来る一粒を小さな手で握って、一息に口へ運ぶ。
「んぁむっ!!」
モグモグと、目を瞑りながら咀嚼し。
「ど、どう?」
「大丈夫?」
エドガーとサクラが見守る中、リザは。
「!?……~~~~~!――んがぁっ!!」
全身をピーンと硬直させて、真後ろに倒れていく。
「わっ……と」
エドガーが両手でキャッチしたリザは、白目を剥いて昏倒していた。
「……だ、だから言ったのに」
「これ、大丈夫なの?」
「うん、害はないから。ただ、物凄く不味いのと……前後の記憶をなくすくらいだよ」
「いや、ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃん!!」
あははと笑うエドガーにツッコむサクラも、引き気味に言った。
そしてリザは、今後もこの実を食していくのだ。
毎日毎日食べ、昏倒して、食べ、昏倒してを繰り返していくのだが、その工程は割愛させていただくこととしよう。




