45話【魔道具を求めて1】
◇魔道具を求めて1◇
ローザが、自分の現状に打ちのめされそうになっている頃。
エドガー達のいる宿屋【福音のマリス】では。
「ごめん!それはそっちに置いてくれるかな?」
「はーい!ここでいいかな?エド君!」
「うん、ありがとう!悪いねサクラ、まだ完全じゃないのに手伝ってもらっちゃって……」
エドガーとサクラは、今日は朝から倉庫整理をしていた。
サクヤはルーリアの所に行き、メルティナはメイリンの手伝いで外出、フィルヴィーネはローザの所だ。
リザはサクラのポケットにいるが、大人しいので今は寝ているのだろう。
「――ううん、平気だよ。運動不足だったし丁度いいから。で、エド君。このゴミはどうするの?」
サクラは束になった木の根のような物を持ち上げて、エドガーに聞く。
エドガーは、乾いた笑いをしながら。
「ははは……サクラ。それ、一応“魔道具”なんだよ……正確には《魔法》の素材、だけどね」
「――え!?ご、ごめんね。まだ分かんなくて……」
エドガーの大切なものをゴミ呼ばわりしてしまった。
恥ずかしさで赤くなりながらも、サクラはその木の根の束を除けて部屋の脇に置く。
「いや、いいんだよ。無理もないさ」
客観的に見ても見なくても、木の根はゴミに分類される事が多いだろう。
この“魔道具”【ソールドウッドの根】は、薬草に使われる【ソールドウッド】と言う木の根だ。その葉は傷薬に使われ、樹皮は多量の致死性を持つ毒薬になる。それの、木の根だ。
「あはは……確かに、分からなければゴミかもね」
「――ごめんってばぁ!」
「わっ……ごめんサクラ、違うんだよ」
若干の嫌味に聞こえたサクラは、少しムキになってエドガーの背をぽかりと叩く。
くすぐったそうに、エドガーはサクラに謝りながら、その言葉の意味を語り出す。
「僕達【召喚師】は、この国で唯一の魔力を持つ人間だ……それは昔からで、父や祖父も同じ。祖父は僕が産まれる前に他界してしまったらしいけど、きっと今の僕と同じ境遇だったはずなんだ」
「うん……」
「だからさ、魔力が宿ったこの木の根や、そこの獣の皮なんかも……僕には貴重なものだって判別できるんだけど、この国の……他の人には分からないから。まぁ、一部例外もいるけどね」
「うん」
例外とはマークス・オルゴの事だろうと思いながら、サクラは頷くが。いつの間にか、話を続けながら近づいてきたエドガーの胸にくっつくようになっていて、非常に顔が近かった。
それでもエドガーは続ける。どうやらこの距離感に気付いていないらしい。
「だから僕は、小さなころから《石》を集めてた……路傍に転がる、それこそゴミと言われる、石ころをさ」
そうなれば、【召喚師】が言われもない噂を立てられるのも当然だ。
常日頃から、そこらへんに転がる石を拾い、一般的にゴミといわれる部類の物を集めて生活する。
そんな人がいれば、変人と罵られてもおかしくはない。
「……いろいろ言われるのもさ、慣れちゃったんだよ……でも初めは、陰口を言われるだけだったんだ」
それがいつしか、国指定の“不遇”職業と言われ始め、蔑まれ、侮蔑され続けてきた。ただ、平穏に暮らしていただけなのに。
「――アレもさ」
そう言って、エドガーは棚に置いてある少々不気味な彫刻を指差す。
「アレは、彫刻その物が“魔道具”ってわけじゃないんだけど……素材に使われた粘土が“魔道具”なんだ」
「そ、そう言うのもあるんだね」
「うん。むしろ素材の方が多いんだよ。単独で“魔道具”って呼べるものは殆ど無くて、その大多数が加工された存在で、そういう才能を持った人もいるって聞いた事があるよ」
「そういう才能?」
「うん。“魔道具”を作れるんだよ。素材を組み合わせて、その性能を最大限まで高める存在……」
通称【魔道具設計の家系】。
「――当然だけど、聖王国には存在しない」
「そんな人が……い、いるんだねぇ……」
エドガーと顔の近いサクラは、赤面しながら生返事だ。
話に夢中なエドガーは、サクラの顔が近い事など然程も気にしていない様子だが、それが若干腹立たしいサクラ。
エドガーは知らない。あの日(第1部2章)出逢った粗暴な男が、その【魔道具設計の家系】だとは。
「――あ、でもね。メルティナがそれに近い気がするんだよっ」
「え、メルが?」
意外な名前に、サクラはキョトンとする。
メルティナが“魔道具”を作れるのかと一瞬思ったが、直ぐにピンときた。
「あぁ……【クリエイションユニット】だね、あれは――」
「――そう!!それだよっ」
「――わぁっ!」
(近い近い近い!)
食い気味でサクラの答えに興奮するエドガー。目が子供のように輝いていた。
サクラの心の中では、(なんでこんなに女の子と近づいてるのに、赤面すらしないの?)と、残念やら苛立ちやらで悶々としていたのだが、それでもエドガーは続ける。
「メルティナのあの【クリエイションユニット】は、道具を作り出す事が出来るよね。それはつまり、“素材”と“情報”さえあれば、“魔道具”を作り出せるんじゃないかってさ!」
「う、うん……そうかもね」
引き気味に、エドガーの圧迫してくるような探究心に驚くばかりのサクラ。
サクラの世界では、いわゆるオタクに分類されるだろう。
サクラとはかなり遠い存在だ。
でも、今は目の前にいる。少し顔を突き出せば、唇と唇が触れ合うことくらい造作もないだろう。
(ど、どうしよう……エド君、気付いてないの?)
興奮しすぎて、サクラを棚に追い詰めている事に。
棚に腕を押しあてて、エドガーより頭半分背の低いサクラを覆うような形で囲っていたのだ。
「それでね!今度メルティナに色々と頼んでみようかとも思ってるんだよ!」
メルティナの【クリエイションユニット】の製造性は非常に高い。
それこそ素材もなしに【ランデルング】と言う乗り物を作り出す事が出来るのだ、もしも高性能な素材があれば、エドガーの望む“魔道具”も作成出来るだろう。
「何がいいと思う?金属はメルティナが作り出せるから、武器なんかも作れるよね!丈夫な服なんかも出来るかもしれないよ!?」
「う……うん、そーだね」
(近い!近い近い近い近いっ!なんでエド君平気な顔してんの!?)
信じられない程に、エドガーは気付いていない。
こんな美少女(本人談)とキスが出来そうな距離に近付いてなお、嬉しそうに趣味を語るとは。
「そうだ!サクラが好きそうなアクセサリーでもいいね!」
「――ひゃっ!」
そう言って、エドガーはサクラの手を取った。
突然の行動に、サクラの喉からはしゃくり上げた声が発せられる。
それでも気にせず、エドガーはサクラの指や手首をまじまじと観察する。
「ちょちょ!エド君!?」
エドガーは「ふむふむ」と言いながら指の長さや太さをチェックしていた。
そんなことで何が分かるのかとも思ったが、これはあれではないかと感じた。
そう、指輪のサイズだ。
(そー言えば、《石》の世界に来たリザが、指輪してたなぁ……)
サクラが逃亡していた《石》の世界。
そこまで追って来たリザは、左手に指輪をしていた。
(ん?あれ……?)
思い出そうとすると、リザの指輪は左手の薬指にハマっていた気がする。
(……は?)
その指輪の宝石は、エドガーが贈ったであろう【橙発火石】。
つまり、エドガーから贈られた《石》の装飾された指輪を、リザが左手の薬指にハメていたという事。
そして思い出す。その当人が、自分のポケットに眠っている事を。
「――はぎゅゅゅゅっ!!」
「――え?」
突然聞こえて来た潰れるような声に、興奮気味だったエドガーも流石にハッとする。
サクラの服の中から聞こえた気がするエドガーは、視線をその場所に送ると、そこにはポケットに突っ込まれたサクラの右手が。
そこから更に――「うぎゃぁぁぁぁぁ」と、くぐもった声が響きわたったのだった。




