プロローグ【魔導皇帝ラインハルト】
◇魔導皇帝ラインハルト◇
スノードロップとノイン、そして皇女エリウスが帝都を発った翌日。その【帝都ガリュガンツォ】では、ようやく火が治められた。
帝都外の野営地では、逃げ果せた住民達がテントを張って生活をしている。
その中には、公爵として亡命してきたレイブン・スターグラフ・ヴァンガードの姿もあった。
勿論、養子であるデュードもだ。
レイブンは、今回の騒動に一枚も噛んではいない。
皇子側でもなければ、シュルツの話すら聞いてはいなかったのだ。
急であったとはいえ、帝国に身を置いて直ぐのこのクーデター。
疑われずに済んだのも、デュードのお陰であった。
レイブンが見つめる養子のデュードは、積極的に動いて、炊き出しを行っていた。
周りの大人達からも大変話題の、城下の人気者になっていた。
そんな子供を持つ親を、責め立てるようなものは少なかった。
中には「こいつも旧皇帝派だ!」と声を荒げるものもいたが、そんな声はあっという間に静まった。
それも、デュードが街の人達から信用を得ていたからだ。
この短期間でよくやると、レイブンは感心した。
しかし、解せないこともある。
シュルツの事だ。
聖王国時代からの知り合いであり、目的も知っている。
何故自分に声を掛けなかったのか。
皇子の行動がシュルツの考えを上回った事は確定だろう。
恩人でもあり、友人でもあるシュルツは、現在城にいる。
どうやら、部下たちとは別行動のようだ。
北に派遣された皇女エリウスも、行方が知れない。
従者として共に向かった娘、リューネの行方もだ。
そんな中で、弟のデュードは気丈によく頑張っていると思う。
(――どうするつもりなのだろうな、これから……)
テントの入口を捲り、顔を出す。
するとタイミング良くラッパが鳴り響き、上空に“魔道具”による投射映像が映し出された。
「……これは」
住民たちも、ざわざわとその映像を伺う。
少しして、ノイズが治まった映像内に、一人の少年が映し出された。
「……ラインハルト皇子か……」
映像の少年は、ラインハルト・オリバー・レダニエス。
クーデターの首謀者とされ、皇帝陛下の命を奪った張本人だと噂される人物。
その情報は、皇子の側近から直接聞いたものだ。
しかも、どうやら自分達から触れ回っているようだった。
何故そんなことをするのか。
それは映像の少年、ラインハルトが直接話し出した。
「――帝国民の諸君……まずはこの度の騒動、謝罪させてほしい。多くの民を傷つけ、迷惑をかけた事、皇帝陛下に代わり……謝罪する。すまなかった……しかし、今回の騒動の発端は、皇帝……我が父であり、そんな男の暴挙が起因するのだ……」
ざわざわと、住民たちは困惑する。
野営地の住民も、内側にいる住民も、この映像を見守っていた。
この映像は、帝国全土に放映されている。
巨大な投影“魔道具”を用いて、帝国の全ての街や村に映し出されているのだ。
「――我が父ヴォルスは、隣国、【リフベイン聖王国】と密約を交わしていたのだ……この帝国の国土の半分を、あろうことか明け渡すと言っていたのだ。それは到底、許される事ではない……!我らの祖レオンハルトが言った!帝国は強くならねばならぬ、強き意志こそ、帝国の礎たるにあり。と!」
【魔導帝国レダニエス】、レダニエスの祖先である、レオンハルト・シグヴァ・レダニエス初代皇帝。
その残された言葉を、ラインハルトは高らかに叫んだ。
ざわざわと言葉を発していた民衆も、ラインハルト皇子のその言葉を聞いて、大きな声を上げ始めた。
「そ、そうだそうだ!!」
「帝国は強くあるべきだ!皇帝は賊徒だったんだ!」
「ラインハルト殿下!いや、新たな皇帝だ!!」
「皇帝陛下ラインハルト!」
「ラインハルト陛下!!」
城下の民たちは、映し出されるラインハルト皇子の映像に、かつての皇帝陛下の姿を重ねたのだ。
しかし、それは誰も見た事のない、過去の時代の覇者。
だがレイブンにも分かる。ラインハルト皇子が、それと同じ事を成そうとしている事が。
「皆の声が聞こえる……こんなにも頼もしい声が!!私は誓う!この帝国の礎である“魔導”の力を用いて……必ずや野蛮な隣国から帝国の国土を取り戻し、皆に平穏な世界を見せると!!その為に、その勇気ある力……私に託してくれ!!私は……今日この時を以って――【魔導皇帝】を名乗ろう!!」
ラインハルトの言葉は、民衆の心に一気に火を放った。
「「「「ラインハルト陛下万歳!ラインハルト陛下万歳!!」」」」
「「「「魔導皇帝万歳!!魔導皇帝万歳!!」」」」
この様を見て、「実に単純なものだ」とレイブンは感じていた。
(初代皇帝の言葉を用いて、民衆を動かしたこと自体、単純な誘導だ……ヴォルス皇帝が何をしたのか、どうして死ななければならなかったのか、誰が殺したのか……一切触れていない。密約をしたと言っていたが、証拠すらないままだ)
しかし、民衆は動いた。
それは、ラインハルトにも素質があるという事だ。
英雄と成る素質が。
この日、この映像が帝国全土に流れた日。
その勢いのままに、ラインハルトは自らを【魔導皇帝】と称し、新たな皇帝へと即位した。
否定する者など、帝都内には一人もいなかった。
それは、ラインハルトが帝都、延いては帝国軍の中枢を掌握していた事が理由でもある。
しかし、元々のカリスマが無ければ、こうも上手くはいかなかったはずだ。
少なくとも、ラインハルトは王道を進んでいる。
目指す最初の目的は、帝国の統一だ。
近い内にも新設する軍を派遣し、近隣の街に兵を送る手筈も整えている。
その後、目的は他国へ移っていくのだ。
そう、隣国――【リフベイン聖王国】に。
第2部2章、始まります。




