エピローグ３【帝国内乱２】
第２部１章、終わりになります。
◇帝国内乱２◇
戸惑うエリウスは“天使”の表情を伺うが、スノードロップは真剣な顔のまま続ける。
許容し難い事を言われ、理解が追い付かないエリウスに、追い打ちを掛けるように。
「――そして主犯はラインハルト殿下です……陛下の命を……奪ったのも……」
「――そんな馬鹿な事っ！ふざけないで頂戴！！」
すぐさま否定する。信じられる訳がない。
父が死んだ？しかも殺したのは兄？
そんな事を急に言われて、信じられるだろうか。
しかしエリウスの怒号に、スノードロップもノインも言い返さない。
嘘を言える状況でもない事は分かる。
だが、この年上の女性達にからかわれていると、そんな悠長な考えになれる訳も、無かったのだ。
「……どうして……いったい、何が……兄様……」
下を向き、呆然と拳を握るエリウス。
そんなエリウスに、スノードロップが更に説明をしてくれる。
その声音は優しく、気遣いをしてくれている事は分かる。
「皇子が軍のほとんどを掌握していたのです。わたくし達は……逃げ出すことで精一杯でした……二日前、帝都内の皇帝派……今では旧皇帝派と言われていますが、その制圧が完了しました……それでも街に火が回り続けているのは、外の街や村に警告を掛けているからです」
「兄様……なぜ……このような……」
話を聞いているのか分からないが、スノードロップは続ける。
「これからは、内乱が始まる事でしょう……派閥は既に皇子がまとめに入っています。シュルツ様も、おそらくは皇子に付く事でしょう」
スノードロップの言葉に、ノインが続ける。
「我々はシュルツ・アトラクシアの部下ではあるが、行動は制限されていない。今この宿にいるのも、アタシ達二人の意志だよ」
スノードロップとノインは、シュルツ・アトラクシアの部下だ。
しかし、その行動は縛られず、常に行動を共にしている訳では無かったと言う。
「――正直言って、シュルツ様のお考えは理解に及ばない所があります……今回の件も、わたくし達は逃げようと思えば逃げられたのですし」
二日前のあの日、スノードロップとノインは、シュルツと共に城に向かった。
目的は、【魔女】ポラリスから事情を聴くためであった。
しかしそこにポラリスは既におらず、皇帝の椅子に座ってシュルツ達を待つ、ラインハルト皇子が言ったのだ。
「ラインハルト皇子は言いました。そこの塵粕が、元皇帝だと……跡形もない場所指差して。そしてシュルツ様に、自分の味方になれと言ったのです」
「そうね。それに『はい』と返事をしたシュルツとはもう、完全に考えが違う。だからこそ、アタシ達は殿下を待っていた理由にもなる」
「わた、くしを……？」
二人は頷き合い、スノードロップが口を開く。
「はい、殿下……ラインハルト皇子は今、エリウス殿下を狙っておいでです……おそらく“お力”が目当てでしょう」
“お力”と言うのは、【送還師】としての力の事だ。
皇帝としての権限を得たのなら、ラインハルト皇子はエリウスに命令できるからだ。
そうなれば、異世界からの脅威など怖くはない。
「私は、どうすれば……」
考えが上手く回らない。行動指針を、決める事が出来ない。
これ以上何ができるのか、何をしたらいいのか、一切の考えが一瞬で消えてしまう。
「直ぐにここを離れるべきだと思います。でしょう？スノー」
「ええ、そうね。ポラリスが皇子側にいる以上、遠くに行く意味は余りありませんが……どうやら今は留守にしているようなので、チャンスでもありますわ」
【魔女】ポラリスは《転移魔法》を使える。
異世界人である以上、エリウスの力を恐れる可能性もあるが、ラインハルト皇子と結託している以上、エリウスを恐れている事は考えにくい。
「……」
「お疲れではありましょうが、明日……いえ、今日の夜には帝都を離れます。馬車をくすねて、殿下の馬に牽いていただきましょう」
“天使”らしくない一言だった。
「お前達の主は、いったい何を考えているの……？」
エリウスの質問に、ノインは少しだけムッとして。
「――別に主ではありませんよ。確かに仲間ではありましたが、アタシ達の主は別にいますので……」
「？」
まるで、シュルツ・アトラクシアが主だと言われたことが、お気に召さなかったかのような言葉だ。
「まぁそういう事です。わたくし達も、決して一枚岩ではないという事ですよ」
「……私は、どうすれば……」
「とにかく、夜まではお休みください……準備が出来次第、出立します……そしてエリウス殿下の部下である方々と合流致しましょう」
「……え、ええ」
スノードロップとノインは、ふらつくエリウスを支えて二階に連れて行った。
その後、一階まで降りてきて。
「……こうなる事は予測できたわ。エリウス殿下は父君であられる陛下を慕っていた……『懐に気を付けろ』と助言を与えたにせよ……まさか身内、実の兄が反旗を翻すだなんて、思いもしなかったでしょう」
『懐に気を付けろ』と、スノードロップはエリウスに言った。
それは、ラインハルト皇子の事でもあり、シュルツ達(自分達)の事でもあった。
形が違うにせよ、目的は同じだったラインハルト皇子とシュルツの魂胆。
スノードロップとノインは、確かにシュルツの仲間だった。
本来は【魔女】ポラリスともう二人、大切な仲間がいたのだが、その二人はもういない。
絆を繋ぐことなく、旅立ってしまったからだ。
しかし、スノードロップとノインには目的がある。
それを果たすため、今エリウスの持つ【送還師】としての力を、ラインハルト皇子に渡すわけにはいかなかった。
「――向かいましょう……【リフベイン聖王国】に」
「ああ。そうしよう……転移が使えれば楽だけど」
ノインはスノードロップを見る。
相棒の視線に、“天使”は首を振るった。
「無理ね。エリウス殿下だけならともかく、あなたをまとめては跳べないわ。それに、エリウス殿下の仲間を拾っていかなければね……」
「それもそうか……シュルツが見逃してくれればいいけど」
「多少は平気なはずよ。順番が違うとはいえ、国の体制が変わる……少なくともシュルツ様はそれを望んでいた訳だし、わたくし達の行動を全て把握できている訳ではないでしょう？」
「――だが、いずれは聖王国に戻るつもりでいるのでしょう？あの方も……」
「……帝国での目的は完全には果たされていない筈……シュルツ様も、わたくし達にすべてを話してくれていた訳ではないでしょうし、まだ帰らない筈よ？」
軽く言うスノードロップに、ノインはため息を吐く。
「はぁ……ホント、シュルツは好きなのね……あの子が」
ノインの言葉に、スノードロップも。
「ふぅ……そうですね。一途と言うか何というか……」
「「……」」
二人同じく思い出されるのは、茶髪の少女の優しい笑顔。
途切れる会話。だが、懐かしんでいる余裕はない。
「……わたくし達も少し休みましょう、長くなりますよ。これから……」
「そうね。月が出ている内は、アタシが見張りをしよう」
そう言ってノインは窓に向かう。
「ええ、よろしく」と、スノードロップはそう言いつつ、考える。
「……巻き込みたくはありませんでしたが、そうも言っていられませんね……」
スノードロップが思い浮かべるのは、紫紺の髪の“魔王”様だ。
帝国の現状を知った時、彼女等がどう出るか。
「ですが……あの方なら……きっと」
遠い地、【リフベイン聖王国】。
その場に向かうため、“天使”は暫し翼を休める。
聖王国を巻き込んでいくであろう、帝国の内乱。
今はまだ見ることの出来ない、世界の物語。
その中心部にいるのは、紛れもなく。
――【召喚師】エドガー・レオマリスなのだから。
～帝国内乱～ 終。
