エピローグ2【私の未来】
誤字修正しました。
報告ありがとうございます。
◇私の未来◇
王城のとある一室で、ローザは憂鬱そうに髪をかき上げる。
《石》の加護を失くしたせいで体温調節が出来なくなり、無性に暑かった。
【消えない種火】に貯えていた魔力も、スィーティア王女の《石》に吸われた事で底を尽き、ローザ自身の魔力も相変わらずカツカツな状態である。
「これでは一般人以下ね……」
自室で嘆く、強かった者。
予想だにしていなかった、妹との再会。
その結末は、ローザの心が折れてしまうと言う事態。
エドガーには言うなと強がったが、心の底では助けを求めていたのかもしれない。
しかし、エドガーがここに来ることはない。
容易には来れない場所なのだ。【召喚師】にとって、この場所は。
それを加味しなくても、エドガーは来ないだろうとローザは確信している。
今の最優先はサクラだ。
ローザの見立てでも、サクラの身体の限界は近かった。
《石》の所有者は、全てが《石》を基準に考えられる。
ローザとフィルヴィーネは特に、その事に気付いている。
長年の経験と、その才で。
「エドガー……」
ベッドに座っていた身体を、ボフリと横たえる。
呟く名前は、反響することなく消えていく。
不思議と、見詰める天井の模様が不気味に見える。
普段はそんな事を考える事など、無いのに。
もし今、この城の誰かと戦えば、きっと惨めに負けるだろう。
妹ライカーナと戦った時よりも惨めに、情けなく。
ローザからすれば、《石》は全てだったのだ。頼り切っていたとも言える。
“天使”ウリエルに授けられた、【災厄の宝石】、【消えない種火】。
幼少時に授けられ、使い方を教わった。
親、兄弟姉妹よりも時間を共に過ごし、師と呼んだ事もあるロリコン“天使”。
今、こんなにも助けて欲しいと思った事はない。
異世界と言う場所を望み、エドガーの声に答えて“召喚”されたローザ。
ローザは初めて、この異世界という事実に、孤独を感じ始めていた。
◇
時を同じくして、王城をコソコソと、まるで盗人のように忍び足をする二人の影。
その後ろを、疲れたように嘆息する、もう一人。
「――うん、今いない。イケる!」
「イエス、行きましょう」
「はぁ……どうして我がコソコソせねばならぬのだ……」
影の正体はエミリア、メルティナ、フィルヴィーネの三人だった。
三人は、リザがサクラの《石》に入っていったあと、直ぐに王城へ向かった。
エミリアは『え!?私も!?』と驚いていたが、フィルヴィーネに首根っこを掴まれて。
『お前が行かずにどうするのだ……我は城に行った事が無いのだぞ?』
『そ、それもそうだね……』
『では行くぞ。メルティナ、背を貸せ』
『イエス。それではエミリアを担いで行きます』
『――えっ!?』
フィルヴィーネとメルティナが、“悪魔”に見えた。
『“魔王”だ』と、エミリアの心を透かしたフィルヴィーネは、二人を外に連れて行った。
その後はメルティナが飛行し、城まで飛んで行き今に至る。
三人は衛兵にバレない様にコソコソとしている訳だが、エミリアはどうして隠れているのか。
「おっし、ここにも、スィーティア殿下の騎士は居ない!」
「が、がばがばではないか、この城の警備……」
「確かにそうですね」
三人はローザの自室を目指している。
ローマリア王女の管轄区域である、【白薔薇の庭園】内に部屋はあるが、その位置がややこしかった。
本日二度目にも拘らず、メルティナも隠密である。
それもこれも、スィーティア王女とローザの戦いの噂が広まり、スィーティア王女派閥の騎士がうろちょろしているからだった。
だから、ローマリア王女の派閥であるエミリアはコソコソしているのだ。
「げっ!」
エミリアが見つけた、スィーティア王女派閥の騎士が数人。
柱の陰から、ぐぬぬと睨みつけるエミリア。
「ここはローマリア殿下の管轄区域なのにぃ……」
「なんだ?あ奴らは……鎧の色が違うようだが」
「ああ、三人の王女の派閥で色が違うんだよ、ローマリア殿下は青、セルエリス殿下は白、スィーティア殿下は赤……って感じでね」
赤を選ぶところも、そういう事なのだろう。
ローザの妹だけはある。といった所だ。
「何故ここに。とは、言うまでもないですね……ローザが負けたからでしょう」
「だろうね。でもここはローマリア殿下の管轄だし……ローザは客人としてるのに、おかしいよ。しかもたったの数時(数時間)で……」
ローマリア直属の部下である【聖騎士】が負けたのなら話は分かる。
だがローザは、エミリアの言う通り客人だ。
たったそれだけで、スィーティア王女の騎士が幅を利かせるのは理不尽だ。
しかも、エミリアが居ない少ない時間の間に、だ。
「仕方が無い、跳ぶぞ」
「イエス、座標はここです」
「うむ」
「――え?なに?どうし――」
フィルヴィーネがエミリア、そしてメルティナの肩を掴む。
メルティナの腕の装置から出るホログラムの地図を確認し、意味の分かっていないエミリアと共に、《転移魔法》を使用したのだった。
◇
「――たの……」
どうしたの?と途中で言葉を途切れさせたエミリアだったが。
「……」
「……」
見つめ合う二人。
金髪の少女は、何が起こったのかが分からないまま、赤髪の女性を見る。
赤髪の女性は、突然現れた三人に戸惑いながらも、一番後ろにいた紫紺の髪の女性を目視して納得した。
そして金髪の少女、エミリアはこの状況に。
「――えええええええええええええええっっっ!?」
「エミリアうるさい!」
「五月蠅いぞ」
「うるさいですエミリア」
三人に一斉ツッコミされ凹むエミリアを余所に、ローザは何かを悟っている節があった。
その姿に、フィルヴィーネが言う。
「――我が来た意味、分かっているようではないか。ロザリームよ」
ローザはため息気味に。
「……そうね。そういう事なんでしょ……エミリア、メルティナ……エドガーに話したわね?」
「うっ……」
「イエス。ですが、マスターはどことなく知っていたのかもしれません。そんな様子ではありました」
ローザの視線に萎縮するエミリアとは違い、メルティナは素直に答えた。
そしてそのローザの睨みに言葉を返したのは、フィルヴィーネだった。
「まぁそんなに睨むでない。エドガーの気持ちも汲んでやれ……エドガーはエドガーで、存分に悩んだのだぞ?この我に頭まで下げてな……」
「それでも……私は」
助けて何て言っていない。まるでそう言いたげな、ローザの伏し目がちな視線は、右手だった。
ペシン――ッ!と、不意に頭部に走る痛み。
痛みと言うには大袈裟な、それでも誰かに叩かれたと伝わる、痛み。
「――は?」
顔を伏せていたローザが顔を上げると、その叩いた人物が分かる。
こんな事が出来るのは、フィルヴィーネだとローザは思っていた。
だが、目の前に立っていたのは――エミリアだった。
「ローザのバカ……エドが一番、ここに来たかったに決まってるじゃない……それくらい分かるでしょ?」
エドガーはエミリアに言った。
僕は行けないと。行かないと。
それは、最優先がサクラの命だったからだという事もある。
エドガーが城に入りにくいという事もある。
だが、もしローザが最優先なら、真っ先に来ている筈なのだ。
いの一番に駆け出し、何もかもを考えずに。
「エドがフィルヴィーネに頼んだのだって、信頼しているからでしょ?フィルヴィーネならローザを助けられるって、そう信じてたからだよ!だから、そんな来なくていいだなんてみたいな顔しないでっ」
「エミ、リア……?」
「だから、受け入れてよ。エドの答えを……エドの想いを!」
ローザは、叩かれた頭頂部を左手で押さえながら、キョトンとした目でエミリアを見ていた。痛い訳では勿論ない。
意外だったのだ。エミリアがそういう行動を取ったことが。
「……」
エミリアは真剣な眼差しでローザを見ている。
その手はギュッと握られて、強い意志のもと行われたと分かった。
「……エミリア。後で覚えていなさい」
「……え!?」
ローザは立ち上がる。
少しフラつくが、踏ん張って耐えて見せた。
「……メルティナ、エドガーが言ったのはそれだけ?」
『それ』と言うのは、行かない。と言う意志の事だ。
「イエス……そうですが」
「そう。それじゃあフィルヴィーネ、お願いするわ……エドガーの想いを、私は受け入れる」
「ほう」
「ローザ……!」
ローザの《石》の不調を治せると、エドガーが判断して送り出した。
フィルヴィーネもそう思っていた事だろう。
エミリアは嬉しそうに、ローザの手を掴んで笑顔を見せる。
そのローザは顔を赤くして、背けた。
もしかしたら今だけかもしれない、こんなローザの、耳まで赤い赤面は。
(まったく……敵わないわね、これじゃあ私が子供みたいじゃない)
子供のような我儘を言った訳ではない。
現実的に、こんな状況を鑑みて、事実を言っていただけ。
だがローザには、一番の自覚がある。
それは、エドガーが異世界から“召喚”した初めての女。だという事だ。
ローザはそれを心に言い聞かせて、ベッドに座り直す。
丁度フィルヴィーネに向かい直る形だ。
「……エドガーの言葉は絶対だものな、異世界人達には……」
「そ、そういう事よ」
赤らめるローザに、フィルヴィーネは半ば感心していた。
もしエドガーがここに来ていたら、ローザは意固地になっていたかもしれない。
だが今、遠くにいても、どこか心で繋がっていると感じる事が出来た。
それはつまり、白の帰還。
<……ローザさん、メル、フィルヴィーネさん……聞こえますか?――その……えっと、何て言ったらいいのかわからないけど……率直に。迷惑かけてごめんなさい。色々してくれてありがとう……た、ただいま>
「「「――!?」」」
「……は?え。な、なに……!?どうしたの!?」
心で会話する事が出来る《石》の能力。
三人は、顔を見合わせる。
特に、何も知らなかったローザは驚いていた。
「――うむ。どうやらリザが役目を果たしたようだな」
「イエス。そのようです」
「え、え?それってつまり……サクラ……が?」
「……サクラ……」
フィルヴィーネ、メルティナ、エミリア、ローザの順に。
そして三人は再度顔を見合わせて、頷き。
<――遅いわよ。お寝坊さん……>
<――遅いです!サクラ>
<……遅いぞ、まったく>
帰って来たサクラに、言ってやった。
「――ね、ねぇ。私も思ってるよ!サクラが戻ったんでしょ!?遅いって言ってやって!」
「ふぅ……」
ローザは、嬉しそうにするエミリアを見ながら。
<……おかえり、サクラ。エミリアもそう言っているわよ……後でもう一度、直接言うってさ>
<うん……ありがと、ローザさん……エミリアちゃんも>
「ありがと。だって、エミリア」
「……うん!……うん!!」
サクラが戻って来た。これで問題は一つ解決したわけだ。
目下の問題は、ローザの《石》の魔力回復だけだ。
「よし。サクラの問題はこれで大丈夫だろう……ではこちらも始めるとするか。ロザリーム、手を貸せ」
ローザは何も言わずに手を差し出す。
右手の【消えない種火】は、灰のようになったままだった。
フィルヴィーネは手を取り、観察する。
「――完全に魔力が枯渇している状態だな。なるほど、これはまた一気に持っていかれたな……」
「ええ、どうやらそうらしいわ……」
原因はスィーティア王女の《石》と接触した事だ。
ローザの戦意が喪失したことも含まれるが。
最大の問題はスィーティア王女の《石》、【朱染めの種石】の能力だった。
受けたローザが一番分かっているだろうが、その力は吸収だ。
魔力回復の手立てがない異世界人達には、何とも相性の悪い《石》となるだろう。
「……取り敢えずは応急処置だな……我の魔力を分ける。よいな?」
「ええ、頼むわ」
後ろでは、エミリアがメルティナに「ローザ、そんなに悪かったの?」と聞いている。
ローザ自身はそれほど悪くはない、全ての問題は《石》なのだ。
「――ロザリームお前、《石》に頼りすぎだ。お前自身が成長しておらぬ……」
「……ええ、痛感しているわ。本当につくづく実感したわよ、異世界ってやつをね。私たちが居た時代と……どこか同じだと、甘く見ていたのかもしれない」
ローザが弱気だ、とエミリアは後ろで驚いていた。
しかし。
「けれど、このままじゃいられないわ……私も前に……未来に進まないとね」
エミリアを見て、ローザが照れながら言う。
「ローザ……うん、そうだね!」
そうして、フィルヴィーネによる魔力の譲渡が始まる。
この行為は、数日間に渡って行われることになり、その都度フィルヴィーネが、メルティナと共にローザのもとにやって来るのだった。
天敵になりうるスィーティア王女が、いつまた行動を開始するかが分からない以上、少しでも早く回復をしなければならないが、焦る訳にはいかない。
折角サクラが戻って来たのだ、また誰かが居なくなることを、エドガーが望むわけがない。
だからこそ、ローザも我を貫くことを止められた。
そしてそれは確かに、異世界人達の成長でもあるのだと、後に実感することになる。




