39話【宝石接続《ジュエルリンク》2】
◇宝石接続2◇
「「――【宝石接続】!!」」
フィルヴィーネとリザ、二人の声に合わせたかのように。
リザの《石》、【橙発火石】は光り出す。
その名を体現したかのように、オレンジ色の小さな炎を一瞬だけ生み出すと、あっと言う間にリザを包み光の塊となる。
その光はリザの精神を纏うと浮かび上がり、身体と心を分離させる。
浮かび上がったリザの精神は、ゆっくりとサクラの額の《石》に吸い込まれるように、消えていった。
残されたのは、ぐだっと眠りに入ったリザの身体だけだった。
「フィルヴィーネさん……これで、リザは……」
「……ぁ、ああ……精神が《石》に入った。時間は、そうだな……半時(30分)、といった……所、だ……」
「――っ!?フィルヴィーネさんっ!!」
「フィルヴィーネ殿!」
くらりと、フィルヴィーネは真後ろに倒れていく。
エドガーはその背を支え、受け止める。
サクヤも一緒に背を支えて、フィルヴィーネを横にさせ休ませる。
「クックック……すまぬな……少々魔力消費が多かった。だが瞬間的なものだ、心配はない」
青い顔をしながら、フィルヴィーネは心配いらないと笑うが、エドガーは心配そうに。
「フィルヴィーネさん……これ以上の無理は」
その無理とは、ローザの事だった。
ローザが大変な状況の詳細は、エミリアとメルティナに聞いた以上に、エドガーは《契約者》としても感じている。
その事をフィルヴィーネに頼んだという事も含めて、だ。
「――心配はいらぬと言ったぞ」
エドガーの手を掴み、フィルヴィーネは立ち上がる。
「……いや、でも」
「リザも時間が経てば勝手に戻ってくる。そう言う《魔法》だからな……だから我は、エミリアとメルティナと共に城に行く、いいな?」
立ち上がり、フラフラとする。
「……けどフィルヴィーネさんが……」
支えるエドガーの声を無視して、フィルヴィーネは出口に向かう。
フラつく足元。倒れる事はしないが、明らかに疲弊している事が目に見えていた。
「――いや……ちょっと……ああっ!もう……頼んだよっ!!メルティナ!」
横たわるサクラとリザ、勝手に行ってしまうフィルヴィーネを交互に見やり、エドガーは叫んだ。
その言葉にメルティナは。
「――!!……お、お任せください、マスター!」
「……」
(それでよい、エドガー)
フッと笑みを見せ、フィルヴィーネは【召喚の間】を出ていく。
その笑みは、とても満足のいくものだった。
「……じぃ~」
エミリアがその笑顔を見ていた事に気付き、ビクッとした。
その顔を見てエミリアがニヤリと笑ったことは、二人の中の秘密となる。
それはまた別の話に繋がるのだが、それはいずれ分かるだろう。
◇
何も無い。虚無の世界。
光が解かれ、リザが目を開けた時、そこには何もなかった。
「――これが……サクラの世界……?」
リザは、足場も存在しない場所を歩く。
謎の空間ならではと言うか、不思議な力が働き、足をつけるたびに波紋が広がる。
「……サクラはどこに……――ん?」
ふと気になった。自分の身体が。
大き過ぎるくらいだと思った【橙発火石】が、胸元に無い。
「――え、あれっ!噓でしょうっ!」
無くしてしまったと思い、自分の身体をペタペタ触って探す、足元もチェック。
しかし、無い。
「……は?」
触って気付く違和感は《石》だけではなかった。
手が、足が、胸が、腰が。成長している。
尾が、翼が、角が。存在る。
無くしてしまった魔力までが、元に戻っていた。
冷静になると、《石》の在処も分かった。
【橙発火石】は指輪となって、左手の薬指に嵌っていた。
「こ、これじゃあ……」
まるでエドガーの妻のようだ。
口には出さずも、心の中で呟く。
しかし頭を振るい。
「――ば、馬鹿らしっ……速くサクラを探さないといけないのに……」
リザは、蝙蝠のような翼を広げると、懐かしそうに笑みを浮かべる。
そうして、《石》の世界である異空間を飛び出した。
◇
何処へ飛んでも、何処を見渡しても。
「一切景色が変わらないわね……サクラはどこよにいるのよっ……?」
リザは戻ったばかりの身体で、《石》の世界を散策していたのだが。
不意に、ある事に気付く。
「――あ!ああ……《石》をサーチすればいいのね……うっかりだわ」
身体が戻った事に舞い上がってしまい、リザは忘れていた。
それ以前に、リザは《石》の所持者ではない。突然魔力を取り戻して迷う事も、仕方のない事だが。
「……サクラの《石》……サクラの《石》」
目を閉じて、感じる。
《石》の感覚を。
「あったわ……こんな目の前に」
白き《石》の感覚は、目の前にあった。
正確には、見えない所にいる、と言うべきか。
「私の力に反応して、出て来た?」
リザが身体から魔力を少し放出しただけで、空間が歪み、足場が現れる。
スタッと着地し、一歩足を踏み出した瞬間。
蜃気楼が消えていく様に、空間はどんどん薄れていく。
「――いた」
少し先に、その姿を消していた黒髪の少女、サクラがいた。
眠っていたのか、目を擦りながら起き上がる。
リザはゆっくりと近付き、そして声を掛ける。
「――サクラ、迎えに来たわ。帰るわよ……」
「……え……っと、誰?」
小さな姿の“悪魔”リザしか知らないサクラは、目の前にいる真の姿のリザに、気付くことは出来なかった。
「――私よ」
「いや、だから誰っ!?」
起き上がり、不審者を見るように身を守る。
よくよく見れば、リザはオレンジ色のボンテージを着ていた。
流石、“魔王”フィルヴィーネの部下だ。
「……」
サクラはまじまじとリザを見る。
上から下まで、舐める様に見る。
「も……もしかして……」
「そうよ」
「やっぱり!――【魔界戦場レビデンス】の主役……“悪魔”リリス!!」
「――誰よそれっ!!」
ずるッと踵を滑らし、転びそうになりながらもツッコむリザ。
「え、違うの?」
「あなたねぇ……もしかしてワザとやってない?」
ワザとではない。
サクラの世界にある漫画【魔界戦場レビデンス】の主人公リリスに、酷似していたのだ。
リザにとってはなんのこっちゃの話だが、サクラにとっては大事に感じたのだろう。
《石》の世界だからか、夢のような感覚に陥り。
漫画のキャラや有名人が出てくる感覚だったのだろう。
リザは魔力を操作して、翼、尾、角を消す。
そこにはサクラも知る、小さな“悪魔”の大きくなった姿があった。
「――リ……リザっ!?」
「そうよ。迎えに来たの、だから帰るわよ」
差し出す手を、サクラは取らない。
怯えたように、警戒したように口を開いた。
「……リザ、どうしてここに……あたし、帰れないよっ!」
帰らない、ではない。
それを聞いて、リザは笑う。
「なら、帰れる理由があればいい訳ね!――迷子を見つけた私が、家に連れ帰る……それでいいでしょう……?」
リザは再び、“悪魔”の証である翼、尾、角を出現させる。
それと同時に、魔力で作り出した巨大な鎌を、サクラに向ける。
その鎌は、リザが元の世界で愛用していたものだ。
銘は【テラノヴァ】。またの名を【魂を狩る鎌】と言う。
「……リザ。何のつもりなのっ!?あたしは帰れないって!こんな迷惑かけて……」
「――関係ないわね。私は約束したわ……エドガーと、コノハとサクヤに……あなたを連れて帰るって大見えを切った。だから、“悪魔”らしく……無理やりにでも連れ帰るっ!!」
鎌をサクラに向け、体勢を整えるリザ。
「……!」
いつものサクラなら、困惑するだけのはずだった。
しかし、今のサクラがとった行動は。
「ならっ!……ならあたしにも意地があるっ!」
額の【朝日の雫】が輝く。
すると一瞬で、肩には鞄が掛かられた。
サクラがいつも持っていた学生鞄。【地球】の道具を取り出す事が出来る、不思議な鞄だ。
ここが精神世界だと割り切って強気でいられるのか、サクラは鞄に手を突っ込み、魔力を使って【地球】の道具を取り出す。
ジャキ――ッとリザに向けられたのは、【アサルトライフル】だ。
エミリアの決闘でも使われた、軍が使用する本物のライフル。
「……強情ね。サクラ……あなたに撃て――」
チュイン――!!
頬をかする、銃弾。
「――最後まで言わせなさいよっ!!」
有無を言わさぬ攻撃に、リザは逃げる様に飛び立つ。
空間に飛び立ったリザに、サクラは銃口を向け連射する。
「――くっ……早やッぃ……」
空間は、サクラが銃を乱射するたびに亀裂を生む。
「――この馬鹿っ!」
それに気づいたリザは、これ以上はまずいと判断して空中で急停止。
鎌を超高速で回転させて、飛んできた全ての弾を弾く。
「なっ!ズルくない!?」
「――ズルくないっ!!」
銃弾を上回る速度で回転して、盾のようになった大鎌は、全ての弾丸を叩き落としていた。
防いで跳ねてしまえば、空間に異常が出ると思ったからだ。
「行くわよっっ!」
リザは、大鎌を回転させたまま突っ込む。
それこそ、大きな弾丸に見えるような突進攻撃だ。
「――わぁぁぁっ!」
横っ飛びして避けながら、サクラは鞄から更に武器を取り出す。
サクラはそれを【アサルトライフル】の下部に取り付け、構える。
筒のような形状、グリップに近い位置にあるその筒は、先が膨らんでいた。
「グレランよっ!」
停止しているリザに向けて、サクラはもう一つのトリガーを引く。
太めの銃口から、その弾丸はボシュン!と射出される。
弾丸と言うよりは、その筒がそのまま撃たれたような形だ。
「――!!」
リザは引き続き、回転させた大鎌で受けようとしたのだが。
「……ちっ!これはマズい!」
しかし、咄嗟の判断で魔力を発生させ、その身を包んだ。
飛んできたグレネードランチャーの擲弾は、吸い込まれるようにリザに命中したのだった。




