38話【宝石接続《ジュエルリンク》1】
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◇宝石接続1◇
【召喚の間】、中央の魔法陣を描く箇所。
まだその魔法陣の名残が残っている場所に横たわる、サクラの身体。
コノハが眠りにつき、次に目を開けた時、そこにはサクラがいる筈だ。
しかし、そうするためには準備が必要だった。
その鍵を握るのが、小さな“悪魔”リザ・アスモデウス。
彼女は「すぅ~」っと息を吸い、「はぁ~」っと吐く。
どうやら緊張しているらしい。
「――らしくないな。リザよ」
「フィ、フィルヴィーネ様。ははっ……確かに私らしくありませんね、緊張だなんて」
サクラの傍に座るリザを、フィルヴィーネは指でツンと小突く。
痛いとも何も言わず、リザはサクラを見続けている。
「フィルヴィーネ様、私は……上手くできるでしょうか」
こんな小さな身体になって、魔力もほぼ無きに等しい。
あるのは、小指の爪程の《石》だけだ。
エドガーから贈られた、【橙発火石】。
この《石》が無ければ、そしてエドガーの技術が無ければ、サクラの《石》に入れると気づくことも無かった筈だ。
「……なんだ、自信が無いのか……?」
リザの主である“魔王”フィルヴィーネは、ひょいッとリザを抱えて、ガバッと開いた自分の胸の谷間に突き刺す。リザの定位置になりつつある場所だ。
すっぽりと嵌り、フィルヴィーネの胸に顔を埋めるリザ。
「おいおい……お前は我の娘か何かか?」
「――そうであれば、どれほど楽だったでしょうか……」
本当に自信が無いらしいリザに、フィルヴィーネはやれやれと。
それほどまでに、リザはこの小さな身体に、精神的に参っているのだろう。
「エドガーに見られるぞ?」
エドガーとメルティナ、そしてサクヤとエミリアは、もう一つの解決しなければならない事を話し合っている。
それはローザの事だ。
「……」
四人をちらりと見ながら、リザはポツリと言う。
「……今の私は、こんなにも小さいのです……おそらく、【宝石接続】できる時間も限られます。失敗は出来ません……そんな中で、私はどうすれば……」
「――お前はいつもそうだな」
「……すみません」
自覚は大いにありだった。
リザは、自信過剰を見せる事がある。
なのにどうして、一人になるとその自信を一気に無くすのだ。
それは、長年尽くしてきたフィルヴィーネの前だけで吐露される事も、昔からのお決まり事であり。
そしてそれを慰めるのも、“魔王”が担っていた。
「まったく……サクラを連れ戻すのだろう?」
「それは……はい」
自信がなくても、言った事は守る。
ただ、今の姿が自信の滑落を起こさせている事は事実。
フィルヴィーネは、そんなリザの頭を指先で撫でる。
「――リザよ。先程のエドガーの言葉……どれほど信じる?」
「……言葉と言うのは、コノハに掛けた言葉ですか?」
「そうだ」
フィルヴィーネの顔を見上げ、その言葉の意味を探す。
「信じる……という言葉は“悪魔”らしくありません。でも、エドガーは真剣でした……きっと、コノハを“召喚”してくれると思います。でもその為には、サクラを元に戻さなければいけません……私が、それをしなければいけません……」
プレッシャーを感じているのだと、フィルヴィーネは悟った。
小さくなり、魔力も無くなった。
頼りにする事が出来るのは、まだ扱いを覚えてもいない【橙発火石】だけだ。
「お前は確か、“魔王”候補だったな……」
「……え?ええ……まぁ。そうですね……他の幹部もそうでしたけど」
「だが、こうして我について来たのはお前だけだ」
「それは……そこに私しかいなかったからであって……」
フィルヴィーネがこの世界に“召喚”される際、リザは無理矢理ついて来た。
“魔王”であるフィルヴィーネには、数多くの《魔族》の部下がいたのだが、フィルヴィーネはその部下達に何も告げずに異世界に旅立った。
「きっと過去の時代では、皆カンカンですよ……私までいないのですし」
「クックック……そうであろうな。だが、サイスやディオナがいれば、《魔界》は平気であろう?」
「それなら、この時代にも《魔族》はいるのでは?」
今いるこの世界は、フィルヴィーネ達がいた時代の数千年後の世界だ。
しかし魔力は勿論のこと、《魔族》や《悪魔》などは、御伽噺とされている類のものになっている。
「それを考えれば、無責任に“召喚”されて……よかったのですか?」
リザはジト目でフィルヴィーネを見上げる。
その視線にフィルヴィーネは笑って答える。
「クックック……よくないであろうな。今の状況を考えれば、尚更な」
フィルヴィーネにも自覚はありだ。
いずれ、過去の時代に何があったのか、《魔族》や《悪魔》が全滅している理由を、フィルヴィーネとリザは知らなければならない。
「――ディオナがここに居れば、きっとブチ切れていますよ?」
ディオナ・バルバトスは、リザの次にフィルヴィーネに近かった幹部だ。
リザと同じく元は“天使”であり、魔物を使役する事が出来る“悪魔”幹部だったのだが、何故かフィルヴィーネにキレる事が多かった。
「ハーッハッハッハ!であろうな!情景が目に浮かぶぞ」
「笑い事ですか……」
「ふん。そんなことを言っている間に、どうやらエドガー達の話が終わったようだぞ?」
フィルヴィーネの大笑いに気付き、エドガー達が【召喚の間】に戻ってくる。
エミリアは勢いで何とかなると思ったのか、皆で一緒に入ろうとして見えない壁にぶつかった。
「――いだっ!!」
「何やっているんですか……エミリア」
「……だ、だってぇ」
かわいそうなものを見る目をして、メルティナがまたエミリアの隣に残ってくれていた。
「うぅ……ごめんね、メル」
「いいんですよ、エミリア」
顔をぶつけてへたり込むエミリアの頭を、メルティナは優しく撫でたのだった。
◇
エドガーは、横たわるサクラの前髪をそっと掻き上げる。
ヘアピンで固定し、《石》を露出させた。
「輝きは……ないか」
額を触り、熱が引いて来ている事を確認。
「身体が冷たくなってきてる……もしかして!」
「――時間が無いと言ったであろう?」
フィルヴィーネはエドガーの隣に膝を着き、リザを下ろした。
そのリザは。
「ま、任せなさいエドガー!わ、私が……サクラをしっかり連れ戻してあげるからっ」
背後から感じるフィルヴィーネの視線に汗を流しつつ、また大見えを張る。
「……うん。信じてるよ、リザを」
「……!!」
「だ、そうだぞ?リザよ」
「わ、わ……分かっていますよっ!」
リザはすたすたとサクラの頭近くまで歩み、自分の《石》を両手で抱える。
「――始めますよっ!?我が“魔王”っフィルヴィーネ様!!」
後ろ姿だが、きっと顔が赤いのだろうと分かる。
「はいはい。ではいいな?エドガー……」
「ええ。よろしく頼みます……」
フィルヴィーネは、サクラの額に左手を。
リザの《石》を指で抓み、瞳を閉じた。
「……」
「あ、主様……」
サクヤは、エドガーの隣で心配そうにサクラの手を握る。
その手は冷たくなり始め、呼吸も非常に浅い。
コノハが眠った直後だが、こんなにも急に弱るという事は、やはりサクラの存在に危機が生じているのかもしれない。
「大丈夫だよ。信じよう」
エドガーは優しく笑いかけ、不安気にするサクヤの涙を拭う。
「……はい、主様」
「では始める……行って来いリザ!しっかりと役割を果たして、見事サクラを連れ戻してくるのだぞっ!」
「は……はいっ!お任せをっ!!」
フィルヴィーネとリザは、揃って口にする。
「「――【宝石接続】!!」」
フィルヴィーネの魔力を糧にして、リザの精神はサクラの《石》、【朝日の雫】の世界に入り込んでいくのだった。




