33話【言うか言わぬか】
◇言うか言わぬか◇
【リフベイン城】・【白薔薇の庭園】。
真新しい机に突っ伏しながら、エミリア・ロヴァルトは悩んでいた。
その悩みとは、ロザリーム・シャル・ブラストリアことローザの事だ。
「……」
万年筆を鼻と上唇でつまみ、手紙を書くか迷う。
宛先は【福音のマリス】、エドガーにだ。
仕事上、エドガーに会う機会は減ったが、メルティナがよく来てくれているし、あちらの動向は分かる。
時刻は夕刻。
ローマリアの自室から戻って来たエミリアとメルティナは、ローザの事をエドガーに知らせるべきなのではと、双方同意見だった。しかし、当の本人ローザは。
『伝えなくていい』
の一点張りだった。
因みに今、メルティナはエミリアの後ろにあるベッドに腰かけて、エミリアがどうするのかの回答を待っていた。
「ど~しよぅ」
「イエス。どうしましょうか……」
二人は同意見であり、「伝えた方がいい」と、答えは既に出ている。
だが行動に移せない。ローザの気持ちも、充分に理解が出来るからだ。
輝きを失い、灰のようになったローザの《石》。
ローザは「完全に魔力が無くなっただけよ」と言う。
時間が経てば自然と回復するとは言うが、あの戦いでローザはそれ程の魔力は使っていない筈だ。
ローザの言うことが正しいのなら、初めから尽きる寸前だったという事だ。
荒野で《魔法》を使い、異世界の塔を半壊させた以降、ローザは《石》を使っていない筈だ。
あれから日数も経っている。
それなのに、回復しきっていなかった。
《石》の魔力を使い切れば、弱体化してしまうという事はメルティナにも分かる。
そうならない為に計算し、節約しながら日々を過ごしているのも、この聖王国に魔力を回復させるスポットが無いからだ。
「ローザはああ言いますが、ワタシはマスターに伝えた方がいいと思います」
「それは、私もそうだけど……さぁ」
状況を考えれば、最優先はサクラの事になるだろう。
それを分かっているから、ローザも「伝えるな」と言うのだろうし。
「エミリア。取り敢えず、一度マスターの所に行ってみませんか?」
メルティナはベッドから腰を上げ、座るエミリアの肩を叩く。
それに呼応するように、エミリアも身体を起こして言う。
「うん……だね」
と答え、二人は【福音のマリス】に向かう事とした。
◇
メルティナと空を飛ぶのは久しぶりな気がする。
セイドリック・シュダイハとの決闘の時に一度死にかけ、メルティナに助けられた。
実にそれ以来だ。
「王都って……広いよね」
「イエス。複数の街や村が繋ぎ合わさって、区画になっているような感じでしょうか。大都市と言っても過言ではありませんが……下町の区画はそれ程裕福ではありませんね」
「うん……水も流れてないしね」
空から見る下町は、それはもう寂しいものだった。
水路も無く、外壁の外から汲んだ水を使わなければならない劣悪な環境。
【下町第一区画】はまだマシだ。
北の外壁を超えた先に【ルド川】がある。エドガーの宿屋も、サザーシャーク家の畑も、それを頼りしていることは否めない。
唯一、【下町第四区画】には噴水広場があるが、そこの水は使用出来ないという謎の決まりがある。理不尽なものだ。
「貴族街は、城から流れる川がありますね……」
「そうだね。運河って言ってるよ、みんなは……」
運河と言うほど広くは無いが、この川は城の“魔道具”から湧き出る水が流れ、貴族街を円形状にループしている。
それを下町まで引けばいいのではと、以前いざこざが生まれたこともあるが、結局は貴族の弾圧に下町民は遜る形になった。
「外から見れば……酷いものだね……」
「……そう、ですね……」
嫌悪感を持ったようなエミリアの言葉は、高速で飛翔する空に、流れていった。
◇
メルティナの背から降りたエミリアは、まだ身体に残る浮遊感にフラフラしたまま、宿の入り口を開ける。そこに丁度、エドガーがいた。
「あれ……エミリア?と、メルティナも……そっか、エミリアの所に行ってたのか」
「あ、エド。うん……その、こんばんは……」
「……?……エミリア?」
どこかしどろもどろで、たどたどしい。
「――う、ううん!何でもないよ……それより、その大荷物は何?」
エミリアの最初のアタックは失敗に終わった。
この調子では、ローザの事など話せないのではないかと、メルティナは後ろで嘆息していた
。
そしてそのエドガーはと言うと。
大きな木箱に大量の荷物を入れて、どこかに運んでいるようだった。
「あぁこれね。地下に運ぶんだよ、一応“魔道具”だからさ、これ」
「そ、そうなんだー」
ゴミにしか見えなかったとは言えず、エミリアは視線を逸らす。
メルティナは「お手伝いします」と、木箱の中の大きめの“魔道具”を数個持った。
「あ、じゃあ私も……」
釣られるように、エミリアも控えめに“魔道具”を持つ。
やはり、何度見てもゴミにしか見えない。
「ありがとう、二人共」
笑顔で二人に礼を言うエドガーに、顔を赤らめてしまうエミリア。
ズルい笑顔だった。
地下まで来たエドガー達は、【召喚の間】の前でエミリアが止まる。
「あ。じゃあ、はいこれ」
と、持っていた小型の“魔道具”を木箱に戻す。
エミリアは【召喚の間】に入れないからだ。
「うん、ありがとう」
メルティナはそのまま入り「マスター、何処に置くのですか?」と聞いている。
エドガーは「あ、それはそこに……」と答えているが、エミリアその様を羨ましそうに見る。
【召喚師】とその関係者、つまりは異世界人しか、この【召喚の間】には入れないと言う決まりがある。
しかもご丁寧に、見えない壁がエミリアを阻むのだ。
「そう言えばエド。他のみんなは?」
「……」
少しだけ、エドガーの顔に影が落ちた気がする。
「……サクヤの部屋にいるよ。もう直ぐここに来るはずだよ、皆でね」
優しい声音だったが、どこか物悲しいような、悩ましい声だった。
「エド?」
「マスター?」
二人も気付く。
「なにか、あった?」
エミリアは少し、聞くのが怖かった。
でも、聞かずにはいられない。
このままでは進めないのだ、エミリアも、エドガーも。
「サクラの……居場所が、分かったんだよ」
「――えっ!?本当にっ!?」
「……」
エミリアは喜ぶ。しかし反対に、メルティナは険しい顔をしていた。
「……メル?」
「マスター……それはつまり、コノハが消えるという事ですか?」
「……」
「えっ……」
エドガーの無言は、それ自体が答えの様なものだった。
戸惑うエミリアを少し見て、エドガーは“魔道具”を整理しだす。
しかし、それで自分も心を落ち着かせようとしているのだと、エミリアもメルティナも分かった。
そしてエドガーは、朝から昼にあった事を話し始めてくれた。




