30話【王女と王女の火種4】
◇王女と王女の火種4◇
足が地に浮かんでいる。
ジタバタすることもなく、諦めたと言われれば納得できてしまいそうな、そんな終幕。
目の前の赤髪の女性の肺から出す、かはっ――と漏れ出す最後の息を、スィーティアは聞いた。しかし。
「――ストップ!手を離しなさいっ!!」
背後から緑色の気配が迫り、何か武器を突き付けてくる。
「……はっ。殺しはしないわよ」
パッと離した手は、ローザを地に伏せさせる。
ドサリと尻餅をつき、そのままローザは倒れる。
「――がはっ……ゲホっっ……ゲホっ……はぁ、はぁ……」
「ローザ!」
メルティナは【クリエイションユニット】から酸素供給器を作り出し、ローザの口元に運ぶ。
どうして反撃しないのか、為す術なくやられたローザに疑問を持ったまま、メルティナはスィーティアに声を荒げようとしたが、先に声を上げたのはローマリアだった。
「――ティア姉上っ!何をなさるのですかっ!!こんな事……いくら姉上でも許されませんっ!」
話し合いと言う名目で行われたこの戦いで、相手をここまで追い詰める事は許されない。
ましてや、ローザ・シャルはローマリアの指南役として、客員扱いの賓客だ。
妹に涙目で睨まれ、スィーティアは一気に冷めたのか、ため息を吐いて言う。
「――うるっさいわね……分かってるわよ。殺さないって言ったでしょ……」
うるさい虫を追い返すように、ひらひらと手を振って。
「じゃあね。お姉さま……また殺し合いしましょうね……?」
倒れるローザにそう言って、スィーティアは訓練場を出ていく。
その際メルティナが張ったフィールドを、片手で破壊していった。
「お、お姉さま……?あ、いや……話はまだ終わってはいませんっ!姉上っ!!」
ローマリアはスィーティアを追いかけようとしたが、焦るメルティナに声を掛けられる。
「――プリンセス!ローザを運びますので、手伝ってください!」
「……――ぁっ!」
ローザの顔は青く、意識はない。
だらりと力なく尽きる四肢、その手の指先も真っ青に染まり、緊迫を物語っていた。
「ど、ど……どうすればっ!?」
「とにかく運びます、場所を!」
この状況を見られない為には、空からがいい。
既に騒ぎになっている可能性もあるが、そこはもう腹をくくるまでだ。
「うん!私の自室に……」
「イエス……ローザ、しっかりしてくださいっ!」
メルティナは意識のないローザを抱えて、ローマリアの自室に向かった。
◇
完全に魔力を無くした【消えない種火】と、戦意を失った所持者。
その両方が重なり、ローザは死の間際に立たされた。
メルティナがいなければ、おそらくは最悪の結果。そうなっていただろう。
「すぅ、すぅ」と寝息を立てるローザを覗きながら、この騒ぎが大事にならなかった影の立役者、エミリア・ロヴァルトが言う。
「――それで殿下、いったい何があったんですか……?」
起きた事は知っている。
ローザとスィーティア王女が訓練所に向かったと噂を聞きつけ、エミリアも直ぐに行動を移していた。
野次馬が集まらない様に、エミリアとノエルディアの二人で訓練所に続く道を封鎖してくれていたらしいのだ。
しかし、戦いの詳細は知らない。
今眠っているあのローザが、ただで負けるとも思えない。
何か理由があるのではないかと、椅子に凭れるローマリア王女に、エミリアは問いかけた。
「……ティア姉上に負けたのよ。でも、何か様子が変だった」
「変、ですか?」
エミリアは温めたミルクをカップに入れて、王女に渡す。
ローザの様子を伺っていたメルティナにも渡そうとしたが、「ノー」と断られたので自分で飲むことにして。
「ローザの様子がおかしかったのは勿論だけど、ティア姉上もおかしかった。何といえばいいのか……まるで別人、の様な……変な感覚」
ローザの事をお姉さまと呼んでいた事を思い出し、顎に手を当てて考え込む。
すると、メルティナが。
「――目を覚ましましたか……ローザ」
ゆっくりと瞼を開けて、天井を見つめる。
メルティナの言葉を聞いて、ローマリアとエミリアも寄って来た。
「ローザ、平気?」
「大丈夫?……ローザ」
「私は……」
まだ記憶が確かではないようで、ローザは朦朧としたまま手を伸ばす。
しかしそこには何もなく、空を掴む虚しさだけが訪れた。
「“魔力切れ”と……呼吸困難、戦意の喪失も見られました……ローザ。一体何があったのですか?」
「ちょっと、メル……」
エミリアはメルティナの肩に手を置いて止めようとするが、メルティナはその手を握って。
「ノー。エミリア、これは聞かなければいけません。マスターの為にも」
真剣な表情をしているのだろう。
顔は見えなくてもそれは伝わって、エミリアも納得する。
そしてその意味は、ローザもよく分かっている筈だ。
「……悪いけれど、話す前に水をくれるかしら……」
無理矢理身体を起こし、エミリアに支えられながら、ローザはベッドに腰掛ける。
「うん、少し待ってて……」
エミリアは王女の自室を我が物顔で行ったり来たりする。
水を入れている瓶から、コップ一杯分の水を入れ、戻ってくる。
「はい」
「……」
ローザはごくりと一気に水を飲み干して、一息吐くと。
先程の、二人の会話を話し始めてくれた。
◇
「ふぅ」と一通り話し終えて、ローザはエミリアに水をもう一度貰う。
ごくりと飲み干して、自分でも整理するように、もう一度ゆっくりと口を開く。
「こんな感じよ……スィーティア王女は、私の妹……ライカーナ・シエル・ブラストリアの生まれ変わり。それに動揺して、私は戦える状況じゃ無くなった……」
「それであんなに不安定だったのですね……」
メルティナが感じた《石》の不安定さ。
強くなったかと思えば、一気に出力を落として競り合いに負けた。
最後は首を絞められて、失神に近い形で意識を失った。
「情けないでしょ。あんな大口を叩いて、気を失って……ホント……笑えるわ」
結っていた髪が解け首筋にかかる。
視線はローマリアに向いていた。
二重の意味で、ローマリアが一番ショックを受けているのではと。
ローザなりに気を遣ってゆっくりと、慎重に話をしたようだが。
「……」
ローマリアは、ローザが述べた言葉を噛みしめるように飲み込んで、同じく水を飲み。
「ティア姉上が、ローザの妹君の生まれ変わり……だからあの時、お姉さまと?」
何か一人でブツブツと、納得なのか羨望なのかは分からないが、姉に対する何かが燃えているようだった。
エミリアは独り言を呟く王女の横顔を見ながら、「大丈夫ですか?」と声を掛けていたが、ガン無視で独り言を続ける。
その様子を見て、ローザとメルティナが。
「大丈夫みたいね。なんだか、この子の方が強く見えるわ……」
「……もしかすれば、そうかもしれませんよ」
この子の方が強いとはおそらく、自分よりも。と言う意味だ。
精神的に動揺し、《石》の力を制御できなくなって無様な姿を晒し、自らをも「滑稽だ」と嘆いた。
それをスィーティアは、自分に言われたと勘違いをして、ローザの命を奪いに来た。
「ローマリアも考えることが多くあるはずだから、私は――っぐ……!」
「ローザっ!?……こ、これ……」
ローザは自室に帰ろうとしたのか、立ち上がろうとして腕に力を込めた。
しかし、その腕に一切の力が入らずにベッドに伏せる。
エミリアはローザを支え、咄嗟にローザの右手を取る。
その手の甲には、力を失くしたのか、輝きのない灰のような《石》が、ただ付いているだけのように重なっていた。




