29話【王女と王女の火種3】
◇王女と王女の火種3◇
空を飛びながら、ドンドン強くなる二つの《石》の反応に迫り、汗を垂らすメルティナ。
反応は一際大きくなり、城の西付近の上空まで来たメルティナは、真下であたふたする王女を確認して下降していく。
「――プリンセスっ!」
「――!?……メ、メルぅ!」
よくぞ来てくれたと言わんばかりに、安心した泣き笑顔を見せるローマリア王女。
ゆっくりと下降し、スタッと着地した瞬間、ガバリと抱きついてくるローマリアにメルティナは。
「お……っと、プリンセス?」
「あれを止めてっ!お願いぃ!」
指差し、睨み合うローザとスィーティアの二人を止めてくれと、メルティナに懇願する。
メルティナも、異常に強くする《石》の反応が、ローザともう一人の女性から出ていると確信する。
「あれは……」
「私の姉よ。第二王女スィーティア・リィル・リフベイン……今の聖王国で唯一の、《石》の使い手!」
「その、ようですね……」
抱きつくローマリアの肩を離し、様子を見る様に一歩前に出る、すると。
バシュン――ッ!と、魔力弾が飛び、メルティナの足元に着弾する。
「!!」
「わっ!」
「……邪魔しないでくれるかなぁ……緑ぃ……!」
スィーティアはローザを見たままだったが、《石》でメルティナを確認したのか釘を刺してくる。
ローザも、メルティナを見て一度頷くだけだった。
「――プリンセス。少し離れましょう……フィールドを張ります」
「フィ、フィールド?」
「イエス。ローザの炎が、建物に広がるのはよくありませんから」
「そ、それはよくないわねっ」
瞬時に理解し、燃え広がる炎で見事に炎上する城を想像して、ローマリアはメルティナについていく。
そんなメルティナとローマリアが離れ、【クリエイションユニット】で何かをしだしたことを目視して、ローザは。
(メルティナも、少しは《石》の使い方に慣れてきたようね……しかしまぁ……なんて目つきで見てくるのよ。この王女は……)
メルティナの成長に喜びつつも、自分を睨みつけるように笑う一国の王女の威圧に嘆息する。
(……これ以上は、私も力を使いたくなかったのに……)
エドガーと離れてしまっている以上、能力の低下がローザを縛っている。
それに加えて、【消えない種火】の魔力が回復しきっていない事も原因に挙げられる。
荒野での戦いから結構な日数を向かえているが、それでもまだ《石》は全回復していなかった。
それは、ローザの回復力が大幅に低下している事もそうだが、この国にある魔力の源が、極端に少ない事が大きかった。少ないではなく、無いと言ってしまった方が近い可能性が大きい。
(……まさか短剣が精一杯だとはね、せめて長剣が造れれば……まだマシに動けるのだけれど)
思考しながらも、ローザはスィーティアに注意を払って動きを見ている。
少しずつ迫っては離れ、それを繰り返す。
メルティナが何をするのか、予測はしたが確信はない。
せめてそれが分かるまでは、時間稼ぎをするしかなかった。
しかし、じりじりとスィーティアのヒールが地を鳴らし、迫ってくる。
(焦れて来てるわね……間合いを嫌っている?【朱染めの種石】で治癒がある以上、長期戦も視野に入れれる筈なのに?……私の方が嫌なくらいなのに、どうして?)
考えは尽きないが、その間にもメルティナが頭の上で丸を作った。
オーケーだと、戦えという事か。
ローマリアの不安そうな顔は変わらないが、スィーティアはやる気に満ちている。
ローザがへたる訳にはいかなかった。
ましてや、ローザを見る視線が、自分を陥れた、元の世界の妹に瓜二つだと気づいてしまった以上。
「……【消えない種火】!!」
メルティナのオーケーの合図に、ローザは右手を掲げる。
一瞬で生まれる炎は、剣を形作る事は無く、純粋な炎を自分の腕に纏う。
両の手から溢れる様に燃える消えない炎を滾らせて、ローザはスィーティアを見据えた。
◇
「――!!……は?」
ローザの燃え盛る炎を見た瞬間。
スィーティアの脳裏に浮かんだのは、断罪される男の姿だった。
身体を両断され、切り口から炎を揺らす男は、王冠を身に付けていた。
後ろにいる自分は、それをほくそ笑んで見ていた。
ついに来たと、その瞬間が来たのだと。
「……な……に……?」
プツン――と、何かが弾けた。
ブワッと押し寄せる記憶の波に晒されて、スィーティアは思い出す。
【消えない種火】を手に入れるために画策し、陥れた姉は、突如として蒸発した。
文字通り、消えてなくなった。
――私の前から。
「……は、ははは……あははははっ……――ロザリームゥゥゥゥッ!!」
「……なっ!!」
咆哮と共に、魔力に任せた突進。
そんな簡単なものに、ローザが戸惑うはずもないとメルティナは思った。
だがローザは「くっ!」と声を漏らし、その突進を受けて立った。
「――ローザっ!?何をしているのですか!そのような単調な攻撃……避ければ済む事です!」
ただの突進。本当にただの突進だったのだが。
ローザは躱す事もせずに、炎を纏った腕をクロスさせて防御した。
その表情は優れず、ローザはスィーティアに押される形で、メルティナの作り出したフィールドの壁に激突した。
◇
燃える炎とぎらつく魔力光の激突は、スィーティアに軍配が上がった。
その様子を見るメルティナには、ローザに何か異常があったように見受けられた。
「ローザ?一体なにが……」
「ティア姉上……?今、ロザリームと呼んだ?」
ローマリアはローマリアで、自分の姉の異常なローザへの執着を不審に思い、汗を一筋垂らして見守っていた。
その理由は、ローザの本名であるロザリームと言う名を、知らない筈のスィーティアが叫んだ事だった。
◇
魔力で出来た壁に阻まれて、ローザは背を預ける。
ぐらりと傾く意識を何とか保ち、自分に熱視線を向けるスィーティアを見る。
そして、確信をもってスィーティアに声を掛けた。
「――少し見ない内に、随分と……変わったわね……――ライカーナ」
「――ええ。そうですわね……ロザリームお姉さま。でも、少し……?それは違いますわ」
ニヤリと笑うスィーティアの視線は落ち、ローザの右手で薄く光る《石》へと移った。
「……積年の思いをようやく叶えたと思ったのに、お姉さまはこんなにも落ちこぼれたなんて……私は悲しいですわ。それにしても、死んだと思ったお姉さまが、こんなにも時を超えた未来にいたなんて……私は何年、何百、何千年と……何度も何度も何度も!……生まれ変わって来たと言うのに!!」
「……ぐっ……ぅ……」
スィーティアはローザの喉元を腕で押さえつけ、鼻先が付くほどに顔を近づける。
それは愛憎にも似た、狂気の表現。
その力を羨み、嫉み、奪おうとした妹の、時を超えた私怨だ。
「お姉さま……恰好も見窄らしくなって、何も変わらず威厳のある姿かと思えば……中身はどうでしょうか……まさか、ここまで弱くなっているなんて。しかも、なんです?今、私に遠慮をしましたね?」
「……」
スィーティアが元の世界の妹、ライカーナだと分かった瞬間、躊躇いの気持ちが生まれたのは事実。
ローザが元の世界、正しくは元の時代から今の時代に来て、時間は然程立っていない。
それに比べて、今スィーティアが言った言葉が、更にローザの気持ちを揺さぶった。
何年、何百、何千年。
何度も生まれ変わり、きっとローザの生まれ変わりを探して来たのだろう。
「……そこまで、私が憎かったのね……ライカーナ……」
「――ふふふ。そう、世論の注目は常にお姉さま……輝石を持って他国を害し、国民の生活を潤した王女……天よりの使者に選ばれた――国の宝。私の――憧れ!」
「……ぐっ……ぅ」
ローザの認識とは違う。
ローザは、恐れられていたのだ。
“天使”に選ばれるという事は、人外になるという事だ。
そんなものに憧れていたと言う事実に、ローザは口元を歪めたまま声を漏らす。
「滑稽、だわ……」
「なんですって……」
グググ……と力を込められるスィーティアの腕。
《石》の力で強めた腕力で、ローザの首を掴んで持ち上げる。
「――うっ……ぐぅぅっ……」
身長は、ローザの方が高い。
スィーティアは眼光を鋭くさせて、更に力を込める。
メキメキ――っとめり込む指は、肺に空気を取り入れる事をさせず、カリカリとその指を剥がそうとするローザの爪も、段々と弱まっていく。
「ローザ!!」
「ローザぁ!」
耳に入るメルティナとローマリアの声が、徐々に遠くなっていく。
先程から声を掛けてくれていたのだろうが、もうローザの目にも耳にも、メルティナとローマリアの姿も声も、入ってはいなかった。




