27話【王女と王女の火種1】
◇王女と王女の火種1◇
エドガーが【福音のマリス】に帰って来る、ほんの少し前。
「……――!!」
(今の感覚は……)
エドガーの代わりに掃除をしていたメルティナが、遠くで発動された《石》の反応に顔を渋くさせる。
(これは……ローザの【消えない種火】の反応です……)
メルティナは箒を倒して、急ぎロビーから外に出る。
ロビーではサクヤとコノハ、そしてリザが遊んでいたのだが、倒れた箒を戻そうとして、コノハが抱えていたリザをヤバメな角度で落下させる。
「――コノハっ!!」と、サクヤが大声で叫んだのを一瞬だけ認識するが、それどころではないメルティナは《石》をブーストさせて、空に飛びあがっていく。
緑色に輝く魔力光は砂煙を巻き上げて、ロビーを少しだけ汚した。
「……ローザに何が……」
反応的に、ローザが《石》の力を発動させたという事は分かった。
城では大人しくしていると言う手筈で、王女の指南と称して調べ物をしている筈のローザが、何故《石》を使ったのか。
メルティナは一つの疑惑を持ち、更に大空に上昇していく。
理不尽に怒られてしまったコノハには後で謝ろうと決めて。
「――行きますっ!!」
状況を正確に把握するため、メルティナは【リフベイン城】に飛び立った。
【福音のマリス】で行われる事態に、参加できないとは知らぬまま。
◇
訓練場に案内されるローザは、後ろで心配そうについて来るローマリア王女の落ち込みっぷりに、頬からタラッと汗を流す。
かける言葉が出ないまま、スィーティア王女の背を追い掛ける。
植えられた木々が、どことなく不安気に揺れる。
警備兵達も、何も言わぬが花と理解してみて見ぬふりだ。
それでいいのか聖王国。
「――ここよ。ここで話をしましょうか……」
到着した訓練場は城の西に位置し、スィーティア王女の管轄区域が最も近い。
まるで専用の訓練場なのではないかと疑いを持てるほどだ。
「……へぇ」
“魔道具”による水飲み場に、汗を流す水場まである。
元々は庭だったのか、ロの字に造られた壁面は途中で終わっており、吹き抜け状態で風通しもいい。
「――さぁ、好きなものを選んで頂戴?」
スィーティアは随分と楽しそうに、壁に掛けられた無数の武具をローザに見せる。
ここから、自分の使う得物を選べという事だ。
「……」
(やはり、戦う気満々ね……)
しかしローザも、ゆっくりと歩きながら剣を吟味する。
戦いに、武器は最重要だ。
戦いと言う名の話し合いにおいて、スィーティアがどう出てくるか分からない以上、少しでも利点を見つけておきたい。
ローザは剣を数本抜いて、強度や長さ、質を確かめる。
(……どれも悪くはない……でも)
普段からローザが使う、【消えない種火】による《魔法》の剣に比べれば、どれもが粗悪品に見えてしまう。実際そうだろうが。
「どうかしら?」
「……ええ。これにするわ」
仕方が無くローザは、普段最も使っている長剣に近い剣を選んだ。
(でも、これでは直ぐに折れるわね……でもまぁ、無いよりはマシか……――って、なんて顔しているのよ。ローマリアは……)
不安そうに見つめるローマリア王女に、ローザは笑顔を向けて。
「――ローマリア、丁度いいから剣技も学んでおきなさいね?……今から見せるから」
「……け、剣なんて使えないよっ!?」
「……いいから」
近寄って、耳打ちする。
「私も本気は出さないから、折を見て上手く負けるつもりだから安心しなさい……」
「ええっ!?」
ローザはローマリアに、負けるつもりだと言う。
初めから、自分に注目をさせるつもりはないという事だ。
適当に相手をして、キリの良い所で上手く負ければいい。そう考えて、ローザはその手筈を考えていた。
「……私が大したことのない実力だと思わせれば、あの王女も納得して……興味を無くすでしょう?」
「そ、それは……でも、私……」
「平気よ。貴女は次の稽古の事でも考えていなさい」
そう言って笑い、ローザは中央に向かう。
既にスィーティアは、腰の剣を抜き準備万端のようだった。
「――お待たせしましたね、第二王女スィーティア様」
「ええ。待ったわ」
一片のしおらしさも無く、遠慮も無い。
自分の事しか考えていない一言だった。
「正直ね、呆れるほどに……」
「待ちきれないもの。さ、話し合いましょう?」
剣を振るい、空を切る。
ヒュン――ッと音を鳴らし、切っ先をローザに向けた。
ローザとスィーティアによる、剣による話し合いが、始まる。
◇
初撃は、スィーティアによる上段斬りだった。
ローザはスィーティアの力量を計る為に、待ちに徹した。
ガギンと上段から振り下ろされるスィーティアの剣を防ぐが、予想以上の重さに、ググッと膝に力を入れて、手に持つ剣を勢い良く弾く。
弾かれ後退し、しかしスィーティアはしゃがんだまま飛び出す。
低空姿勢で勢い良くローザに接近し、そのまま剣を振るった。
シュッ――と振りぬかれた剣を、ローザは一歩足をずらして避ける。
「――あははははっ……凄い!凄いわ、ローザ・シャル!!」
擦れ違って、ローザは横目でスィーティアを追う。
「正直予想以上ね……力も早さも、普通の人間とは思えない……」
(《石》の力も、思った以上に扱い慣れている。いままでこの国で戦ってきた人間と同じにしては、痛い目を見るっ!)
「あはは、それはどうも……貴女は《石》、使わないの?」
自分の左手の《石》を指して言うスィーティア。
やはり、ローザが赤だと認識しているようだ。
「……さぁ?使うか使わないかは私が決める事よ」
剣を確認しながら、ローザは内心冷や汗ものだった。
(……戦闘狂って言葉がしっくりくるほど、戦いに適している身体ね。まったく困ったものね……これではローマリアに申し訳ないわ)
スィーティアがローザに向ける興奮した笑顔は、常軌を逸していた。
まるで歩くことを覚えた赤子のように、楽しそうに。
けれども何か威圧的な、探るような、不平等な感情をローザにぶつけてくる。
「――行くわっ!!」
スィーティアは低い姿勢のまま、まるで小動物のように四つん這いになって、足を跳ね上げて突進してくる。
剣をくるりと回転させて、勢いのままに思い切り振りぬく。
その刃は、ローザの首筋を狙った必殺の一撃だ。
「……――っ!」
ローザは仰け反り、バク転で回避する。
反応が遅れたと思うよりも先に、身体が動いた。ガードする事が間に合わないと判断し、本能で避ける。
「あははっ!楽しいわねぇぇぇぇ!ローザ・シャル!!」
「――このっ、じゃじゃ馬っ!」
回転したローザの立ち上がりを、スィーティアは踊るように追撃する。
何度も剣戟が交わり、少しずつ、けれども確実にローザの剣が刃毀れをしていく。
「……ちっ!――脆いっっっ!」
「ほらほらっ!反撃してきなさいよぉっ」
スィーティアの視線は、ローザのいろいろな場所を確認しているようだ。
それは、微かに感じる《石》の反応を追って、値踏みしているようにも感じる。
ローザもそれを分かっていて、《石》を使わない様にしている。
その結果が、負けようにも負けられない悪循環だ。
油断すれば、一撃で死だ。
これでは、キリの良いところなど見つけられない。
「ちっ!」
(……やりにくいわねっ!!)
「そーれっ!それ!それぇ!!」
バキンッ!ガキ!――ギリリッ!
剣戟は何合にも及ぶが、ついにローザの持つ剣は折れてしまった。
「粗悪なっ!」
まぁまぁマシな物だと思っていたが、つい叫んでしまった。
「あはははは!!――みーつけたっ!右手っ!!」
このままでは、右手が切断される位置だ。
ローザは内心でエドガーやローマリアに謝罪し。
「……ちぃ!【消えない種火】!!」
スィーティアはニヤリと笑い、ローザの右手の手袋を狙う。
左手に折れた剣を持つローザは、間に合わないと判断し、遂に【消えない種火】を発動させてしまうのだった。




