22話【月光の森で炎は踊る】
◇月光の森で炎は踊る◇
エミリアがマルスを倒し。エドガーがコランディルを倒した?
「さてと……後は貴様だけね。どうするのかしら?」
まるで悪役のようなセリフのローザに、イグナリオは唾を吐く。
「ぷっ!!――てめぇを殺りゃあいいんだろぉが、クソ女っ!!」
イグナリオの吐いた唾はローザのブーツに付く。
ローザはそれをイラつくとも、拭いたりともせず。
表情一つ変えないで、イグナリオを見下す。
「尻餅をついた常体で、よくそんな啖呵が切れるわね……」
ローザはイグナリオを鼻で笑う。
一拍して、ローザはエドガー達を見る。
エドガーがコランディルをアルベールとエミリアのもとへ連れて行き、マルスと共に縛り上げたところだった。
「正直言って、私はもう終わってもいい。あの子たちの戦いも終わっている事だし」
つまらなそうにイグナリオを見下し、ため息を吐く。
しかし、それがイグナリオを逆なでし、目を血走らせてローザに食って掛かる。
「――き、貴様ァァァ!!」
イグナリオはすぐさま立ち上がり、勢い任せでローザに斬りかかる。
ローザは剣で受けることもなくスッと避けると、イグナリオに足をかけて転ばせた。
――バシャァァン!
「ぐ……ぐぞぉぉぉぉっ!!」
イグナリオの転んだ先は、水溜り。
少し前、イグナリオ自身がアルベールに水を掛けた場所だ。
思い切り突っ込み、顔から足までを屈辱と泥に塗れさせる。
「ふぅ。もういいでしょう?これ以上やっても、貴様が惨めなだけよ?」
「――っ!!」
何度もあしらわれ。軽くいなされて。まるで子供扱いだ。
これでもイグナリオは、昨年の卒業騎士。その首席代表という実績がある。
こんな惨めな戦いをしていては、【聖騎士】に成れるわけはなく。
しかし、それでも昨年度の主席。つまりは成績第一位、そのイグナリオが成す術なく地べたに這いつくばって、泥に塗れている。
圧倒的な強さ。おそらくこの状況を見ている今年度の卒業生、【聖騎士】に昇格したアルベールでさえ、万全な状態を保っていても――勝てない。
「す、すげぇ。なんだあの人……おいエドっ!エミリアも、一体なんなんだよあの人は!?」
「いやぁ……私もあそこまでとは」
「僕もだよ。僕なんか、最初は気絶してたから」
アルベールは当然ながらも、一緒に来たエドガーとエミリアもローザの強さに驚いていた。
「諦めなさい。どうあがいても、貴様では勝てないわ」
ローザは、長剣をイグナリオの首元に突き付けて降参しろと促す。
「――くっそ!!」
イグナリオは精一杯強がりローザを睨みつけるが、泥水に汚れたその姿は。
――滑稽。としか言えないものだった。
◇
『いやぁ……これは驚いたよ。全く、面白い展開だね』
「――!!誰っ!?」
突如、誰もいない空間から声が聞こえ、ローザはイグナリオから飛び退き、直ぐに距離を取って周囲を確認する。が、エドガー達以外に人の姿はない。
(気配がないっ!?)
『はぁ。この男……ホントに使えない。散々他の人を「使えねぇ」って言っときながらさ』
「――何処にいるっ!!姿を見せなさいっ!」
急に叫び出したローザに驚くアルベールとエミリア。
「お、おい……あの人、なんか変だぞ」
「ローザどうしたんだろ、急に……」
「いこうっ!!」
以外にも、真っ先に動いたのはエドガーだった。
直ぐに走り出し、ローザのいる方へ駆けていく。
エミリアとアルベールも、エドガーを追った。
『お。【召喚師】君が気づいたね。流石、同類だ……』
少年とも少女とも取れる声で、エドガー達が近寄る事をローザに告げる。
「貴様は誰っ!何処にいるっ!?」
ローザは口調を変え、相当の威圧感を放って謎の声を探る。
「うおっ――な、なんだ今の声」
「ローザ……大丈夫?」
「……」
『おやおや、皆様御機嫌よう!よ~く勝てたねぇ』
「な、何!?ど、何処から声が……?」
「くそっ、なんだっ!?」
アルベールとエミリアはローザの近くに寄るも、状況が飲み込めずに辺りをキョロキョロと見渡す。
「……」
しかしエドガーは、何かに気づいたかの様に。
「ローザさん、エミリアにアルベールも……あそこだよ……」
ローザの隣に並ぶエドガーが、指差した場所。
それは、イグナリオだった。
「……エド?」
「あいつがどうしたんだよ?」
「違う。あの男じゃない」
ローザは気付いたのか、右手の【消えない種火】から火球を出して、イグナリオの右側へ放つ。
火球はイグナリオに当たらず、すれすれで通り過ぎる。
だがイグナリオの服を焼き切って、右上腕部をさらけ出した。
「――あ、あれっ?――昨日の《石》が無い!」
エミリアが言う《石》。昨日廃墟で見た、腕に寄生しているような、埋め込まれたような《石》、それがなくなっていた。
「なんだ?……あいつの腕、さっきと違うぞ」
アルベールも、先程見せられた右腕と違う状況に気付き戸惑う。
二人が戸惑うのも当然で、イグナリオの腕は、先程まであった《石》が完全に無くなっている。
その代わりに。腕は真紫になり、所々から緑の体毛を生やしていた。
「――っ!?――っ!?……!?」
エミリアは悲鳴にならない声を出して、エドガーにしがみついた。
エドガーは一言も発さず、イグナリオを見続けている。
『流石、【召喚師】君だねぇ、分かるだろう?《石》の怖さが、君にはさぁ!』
「――黙りなさいっ!!」
謎の声は、エドガーに執着するような語りで話し続ける。
その声音に、ローザは思わず火球を放った。今度は確実にイグナリオを狙って。
「なっ!?」
「ローザっ!?」
「……!」
三人それぞれに反応し驚く。火球は難なく直撃して――爆発した。
「ロ、ローザ……殺しちゃった、の?」
エミリアが、堪らずローザに聞いた。
「アレは異様よ……殺さなければ、死ぬのは貴女達になるの、分かって」
ローザにも、焦る気持ちがあった。それ程、あの《声》は異常だった。
エミリアやアルベールが知らない《魔法】》。
その気配が感じられ、ローザは即座に攻撃しイグナリオを――殺した。
しかし、爆発の跡から現れたのは、イグナリオの死体ではなく。
『あーあ、起こしちゃったねぇ……♪』
紫の皮膚に緑の体毛。巨大な身体に小さな翼。
まるで人間とは思えない、その姿。
『ご登場だよ……――グレムリンさっ!!』
「グッ、グレムリン……?」
「なんだよっ!?それっ!!」
「……――っ!?」
エドガーもアルベールも驚いて反応するが。エミリアだけは、首を横に振って後退り、完全に戦意を喪失している。
エミリアの異常な様子に気付いたローザは、直ぐにエドガーに指示を出す。
「キミっ!二人を下がらせなさいっ!早くっ!!離れたら動かないこと!いいわねっ!!」
エドガーもローザの指示に素早く反応して、行動に移った。
「――は、はいっ!アルベール!エミリアを支えてっ!ほら、ローザさんの後ろに……早く!」
「あ、ああっ――悪いっ!」
エドガーとアルベールは、エミリアを支えて後方に下がる。
それを確認した直後、ローザは火球を素早く数発叩き込む。
ドンっ!ドンっ!と。
グレムリンの紫色の皮膚は、ローザの火球を食らうも全く動じず、ヨレヨレの羽を震わせるだけで動こうともしない。
「グオォォォォォ!!」
ローザは続けて火球を放つ。
それを全て巨躯で受けたグレムリンは、雄叫びをあげた。
「――ちっ!効いてないわね……」
舌打ちをし、ローザは赤い長剣を肩に構えて走り出す。
エドガー達にターゲットが変わらぬように。
グレムリンの死角、その位置にエドガー達が来るよう移動する。
『はっはっはぁ。やれぇっ!グレムリンっ!!』
楽しそうな謎の声に、初めて苛立ちを見せるローザ。
「――私の知っているグレムリンと大違いよっ!これじゃ“悪魔”か“魔人”だわっ!!」
ローザの言うグレムリンは、“妖精”の一種だと記憶している。
少なくともローザの世界では“妖精”だった。なのに、大きさも何十倍も違う。
『まあそうだねっ♪なにせ数百年物だからさっ!この《石》は!』
「――《石》がなんなのよっ!」
大股で陣取るグレムリンの真下に潜り込み、長剣で斬撃を放つ。
しかし紫色の硬い皮膚は刃を通さず、攻撃が通じない。
「無駄に硬いわねっ……」
『潰してしまえっ、グレムリン!』
「グオォっ!」
謎の声の命令に、グレムリンは巨大な腕で真下にいるローザに殴りかかる。
「――ちっ!」
ローザはグレムリンの殴打を、大きく跳躍し回避する。
すれ違いざまにグレムリンの背後に火球を撃つが、威力が弱い。
火球はドンっ!ドンっ!とグレムリンの背に当たり爆発するが、グレムリンは動じず。
空中にいるローザに拳を放った。
「――っ!」
空中で動きの取れないローザは、グレムリンの拳を長剣で受ける。
「くっ……――がっ!!」
ローザは、グレムリンの怪力の膂力を殺せず。
物凄い速度で吹き飛ばされて、近くの大木に激突した。
「――ローザさんっ!!」
エドガーが叫ぶ。グレムリンは、耳聡くその声に反応して、エドガー達三人に振り向く。
「――くっ!」
「マズいぞエド……こっちに来る、逃げるぞっ!」
アルベールは、逃げようとエドガーの腕を取るが、エドガーは動かない。
「……」
「お、おいっ。エド!!」
アルベールは、逃げようとしないエドガーに無理にでも逃がそうとするが、隣にいるエミリアも足を竦ませて立ち尽くしている。
「おいっ!エミリアも何やってんだよ!逃げねぇと殺されるぞっ!!」
エミリアの手を掴み、引っ張ろうとしたが。
エドガーに止められる。
「なっ!おいっ!エド、何して……」
「大丈夫……逆に動いたらダメだっ……!」
意外なほどに冷静なエドガーに、アルベールは息を飲む。
「!?……エド。お前何言って――」
「――それでいいわ」
アルベールが、逃げる気の無いエドガーの正気を疑った瞬間。
土煙が巻き上げる大木から、涼しい声と共に赤い閃光が迸り、グレムリンの背に、ザザザザっ!と突き刺さる。
「グヴァァァァっ!?」
「……ふぅん。流石にコレは効くみたいね……“悪魔”」
ローザが、炎を凝縮させた矢を放ち、攻撃した。
「キミ達は動かないで!私の狙いが逸れたら、体中に穴が開いて死ぬわよっ!!」
「――マジ?」
「ローザさん……良かった、無事で」
アルベールは、死ぬと言われて驚き、エドガーはただローザの心配をしていた。
エミリアは未だ顔面蒼白で震えている。
ローザは、右手の《石》に魔力を込めて、空中に無数の矢を創り出す。
先程よりも細く、とても長い。
矢と言うよりも針に近いそれは、ローザの手に合わせて動き。
そして放たれる。
「――はっ!!」
無数の炎の針は、上下左右からグレムリンを襲う。
硬い皮膚に弾かれるもの。
隙間を縫うように突き刺さるもの。
皮膚に覆われていない場所にも、狙いなどないと言わんばかりに襲う。
まるで、蝶の死骸に群がる蟻のように、グレムリンに赤い線が喰いかかる。
『うわぁっ!凄いねぇ!!これじゃあ【魔石】で復活したグレムリンも、ひとたまりもないかなぁ』
謎の声の人物は、ローザとグレムリンの戦いを楽しんでいるようだ。
「――白々しい事をっ!」
ローザは掲げた右手を振り下ろし、残りの赤い針の渦を全てグレムリンに打ち込む。
『あはははははははははっ。や~ら~れ~た~』
「ガァァ!!」
大きな図体が地に倒れ、地響きが鳴る。
「ふぅ……全く、どこまでもふざけた奴ねっ。いい加減に姿を現したらどうっ!?」
一度小さく息を吐き、謎の声の人物に声を荒げるローザ。
実際、声の主はここに居ないであろうとローザも予測済みだ。
ローザは、会話を長引かせる為に時間を稼ごうとしている。
『ああ。怖い怖い……まさかこんな【魔法使い】が、まだこの国にいるなんてね。でも、まだまだ終わらないさっ!数百年の恨みはこんなもんじゃないだろぉ!?グレムリン!!』
「グォォォォン!!」
無数の炎の針を受けたグレムリンは、身体のあちこちを傷つけながらも立ち上がり、小さな翼を振動させて――飛び立った。
「――なっ!?」
ローザも、グレムリンの翼は確認していたが、まさかあの図体で飛ぶとは思わなかったのか、驚いていた。
「ね、ねえ……エド」
体を震わせるエミリアがエドガーに聞く。
「なに?エミリア、大丈夫なの?」
「う、うん。それより、どうしてローザは――ひっ!……炎、使わないのかなっ?……ぁぅ……」
エミリアは、兄のアルベールの背中にしがみつき怯える。
飛び立つグレムリンの雄叫びに身体をビクつかせている。
だが、それでもローザの戦い方に疑問を持ち、エドガーに問いかけたのだ。
「炎……?でも、さっきから何度も……」
エドガーは、ローザの打ち出す火球や【炎の矢】を見ながら答える。
「ちがっ……そうじゃなく、てぇっ!!……純粋な。その、も、燃えるやつっ」
「燃える?」
エドガーは周りを見渡す。
確認できたのは、ローザが放った火球や【炎の矢】が当たった木箱、森の木々どれもが一切燃えておらず、被害は全くと言っていいほどに無いということ。
「あれだけ炎をぶちかましてるのに、一切炎上してねぇ!?」
「――ローザさん、まさか力を抑えてるんじゃ……」
アルベールもエドガーもエミリアの疑問に気付き、ローザを見る。
ローザは、グレムリンの上空からの攻撃を躱し、捌き、受け流している。
防戦一方のようだった。辛うじて火球で反撃しているが、大きなダメージには至っていないようだ。
「おいエド。大丈夫なのかよ、あの人」
アルベールも、エドガーに言われた通りにココを動かずにジッとしているが。
正直言って逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
それでも、エドガーとエミリアを置いて逃げる訳にはいかない。
何があったかは知らないが、今ここに居るエドガーは、自分の知る気弱で軟弱な幼馴染じゃない。
それをローザが変えてくれたのだろうと、少なからず感じている。
まだまだ危ういところもあるが、コランディルとの戦いを見てれば分かる。
「大丈夫……だと思うけど。何か、手助けが出来れば」
エドガーがそう答える。
「応援なんてのは、駄目だよな」
そう、またグレムリンの標的がこちらに移るだけだ。
「じゃ、じゃあ、どうすっ!――んのぉっ!?」
エミリアは、今度はエドガーにくっつき震えている。
「どうするって……くそっ!」
(――俺も、なんとかしねえと)
あのエドガーが、自分から進んで危険な事を考えている。
アルベールもエドガーも、何とかこの状況を打破しようと必死で思考する。
(あの時……ローザさんは火をかけるって言ってた。燃やすことはできるはずなんだ……じゃあ何でやらない?いや。違うんだきっと、理由があるはずだ……なにか。ローザさんの言葉を……思い出すんだ、エドガー!!)
エドガーは、【月上間】に入る前の会話を思い出す。
◇
『森に火をかけるってのはどうかしら?』
『ダメですよ絶対……』
『ダメに決まってるじゃない……』
(ローザさんのあの時の言葉)
『炙り出せると思うけれど……』
『ダメですよローザさん……夜はともかく、昼間は子供達も大勢遊びに来るので……可哀想です』
(――この後……ローザさんはなんて言った……!?)
『分かったわ、“契約者”のキミがそう言うなら、炎は使わないようにする……』
◇
(炎は、使わない……?)
森が焼けたら、子供達が可哀想。
エドガーはそう言った。もしかして、ローザはそれを守っている?
「ま、さか……そんな事っ!!」
奥歯をギリッと嚙みしめ、エドガーは走り出した。
「アルベール!お願いだっ!一瞬でいいからアイツを引き付けてっ!頼むっ!!」
走りながらアルベールに告げると、答えも聞かず駆けていった。
「――は?なっ!?おいエド!引き付けろったって……どうすりゃ」
エドガーは、必死にローザの所に向かっている。
「――ああもうっ、どうにでもなれっ!!」
アルベールも走る。エドガーが向かう場所ではなく、そことは違うマルスのハルバードが落ちている場所に。
「……え。う、うそでしょっ!ま、待ってよぉ。兄さぁぁんっ!!」
エドガーとアルベールが行動していることに遅れて気付いたエミリアは、迷った末に、“悪魔”と反対方向の、兄を追いかけた。
◇
「流石に、力をセーブして戦うのはストレスだわ……」
(この世界に来てから、身体が重い……思うように炎も使えない、魔力の消費も異常だわ……それに何より、魔力の流れを感じない……)
思考しながらも、グレムリンの急降下キックを飛び出し前転で回避し、|
膝をつくローザ。
『どうしたんだい?真っ赤なお姉さん!ほらほら、また上から行くよっ』
グレムリンは、また翼を振動させて飛び立つ。
「この!調子にっ!!」
ローザは長剣に魔力を注ぎ、刀身に熱を持たせる。
迫りくるグレムリンの攻撃を、すれ違い様に斬りつけた。
「グヴァッッ!?」
グレムリンはズッシャアァァァ!と、頭から地面に突っ込み、土煙を上げる。
斬られた右腕からは、紫色の血飛沫をまき散らし、大量の血液を溢れさせる。
「ローザさんっ!!」
多少疲れを見せるローザの下に、エドガーが駆けつける。
「っ!?――キミっ!なんで。動くなって言ったでしょっ!」
グレムリンが倒れているのを見て、エドガーが声を上げる。
「それはすみませんっ!でも……」
何かを言いかけて、エドガーは言い淀む。視線はグレムリンだ。
『【召喚師】ぃ!いいところなんだからさぁっ!邪魔するなよぉっ!』
出て来たエドガーに苛立ったのか、謎の声の声量が大きさを増して響く。
それを合図にしたかのように、グレムリンが起き上がる。
そして倒れていた近くにあった巨大な岩を持ち上げて、エドガー達に投げようとする。
ローザは、走ってきたエドガーに気を取られて、ほんの一瞬グレムリンから視線を外してしまった。
「――しまっ!」
「―――おらぁぁぁぁっ!!こっちだっ!――木偶の坊っ!!」
二人を救うように、反対側から大声を出しグレムリンの気を引く青年の姿。
エドガーの大切な親友。アルベール。
落ちていたハルバードに、手に持った石ころをぶつけ、カンカン!カンカン!と音を鳴らす。
「こっちだぞっ!この野郎!!」
「グォォォォン!!」
挑発されたことを理解したのか。
それともグレムリンの基になったイグナリオの恨みが、アルベールに反応したのかは分からないが。
『あ!おいっ……グレムリン!そっちじゃないだろぉ!?』
「アルベールっ!」
「こらっ!逃げなさいっ!!」
エドガー、そしてローザも叫んだ。
謎の声の指示を無視して、グレムリンは持ったその大きな岩をアルベールに投げつける。
「――げっ!」
「――兄さんっ!!」
エミリアが、寸での所でアルベールの腕を引っ張り、二人は倒れる。
ズドーーーン!!と地響きをたて、アルベールがいた場所に巨岩が落ちる。
エミリアに引っ張られて落としたハルバードが、拉げて潰れていた。
「あっ――ぶねぇ。助かった、エミリア」
「よ……よかったぁぁぁ」
壮大な安堵のため息を吐き、エミリアは起き上がろうとするも。
「こ、腰がぁ」
下手をすれば、兄妹揃ってペシャンコだったのだ。
それを思えば、腰を抜かすのも仕方が無い。助かった安心感が、腰を抜かしてしまったのだ。
巨岩が放り投げられ、自分の“契約者”の、彼の大切な幼馴染のその命が消されそうになった。二人が無事だと確認し、ローザはエドガーに近寄る。
「なにをしてるのっ!動くなって言ったでしょっ!」
エドガーの両肩を掴み。
つい、怒鳴ってしまう。しかし当のエドガーは。
「ローザさんっ!戦って下さい!大丈夫ですからっ!」
「な、なにを……」
エドガーは掴まれたローザの手を掴み返す。
少年の顔がすぐ目の前に来る程に迫り、ローザは思わず目を背ける。
「炎、使って下さい!僕が責任を取るからっ!!」
「――せ、責任っ!?」
人生で言われたことのない、歯の浮くようなセリフだった。
「はいっ!この公園!焼き払いましょうっ!!」
「――そっちね!その責任ねっ!」
一瞬でも恥ずかしくなった自分を燃やしてやりたくなった。
「ローザさん、僕がダメだって言ったから本気で戦わなかったんですよね……だから!」
それを言う為に、わざわざ危険な場所に来たと、幼馴染を巻き込んで。
だが確かにエドガーが言った通り、本来のローザの戦闘スタイルは、圧倒的な質量の火炎を使うものだ。
爆発や【炎の矢】などは、完全なオマケに近い能力なのだ。
「キミ……まさかそれを言うために」
ポカンとするローザ。
(まったく。本当に面白い少年ね)
元の世界で、ローザにこんな事を言う少年、もとい男はいなかった。
自分に近寄るのは、命を狙う敵国の人間だけだった。
自国の民や親兄弟ですら、ローザを恐れて敬遠していたのに。
それがこの異世界で、自分よりも圧倒的に弱く、小さな存在の少年に。
ローザの身を心配して、必死になってくれている。
ローザにはこの少年の姿が、とても眩しく見える。
『おいおいっ、いいのかいっ!そんなことしててさぁ!まだ、グレムリンは元気なんだぞぉっ!!』
謎の声に、エドガーが反応する。
「ローザさん!―――ローザっ!!」
「……は、はいっ!」
数時前(数時間)にからかった。「呼び捨てにしなさい」と言ったのは自分だ、なのに、いざ名前を呼ばれただけで、こんなにも心が高ぶっている。
「敵が、来ますっ!!」
「え……う、うん」
正直もう、あの“悪魔”なんてどうでもよかった。
「グオォォォォォ、グオォォォォォ!!」
また飛翔ぶグレムリン。
「ああ!また上にっ」
エドガーは悔しがる。
「好都合よ、キミは。ううん――エドガーは下がっていなさい」
「え……」
咄嗟の時は兎も角。
自分の意思で男の子の名前を呼ぶ時が来るとは。それも年下の。
あの【バカ天使】の言葉が、嫌でも思い出される。
◇
『いい?ロザリーム。男はねぇ、単純なのに複雑なのよっ!』
『……なにそれ、どっち?』
幼いローザは、自分に稽古をつける“天使”に呆れている。
『だからね!名前を呼ぶときは気を付けて呼ぶのよっ?むやみやたらに名前を呼んだらダメっ!男はすぐその気になるからねっ!』
『……なんで?』
自分を見上げる可愛いローザに“天使”はパアァァァと笑い、抱きつく。
『かわいいかわいいロザリームが男の名前を呼んだら……みぃんな!イチコロだからぁぁぁぁぁ!!』
◇
そう言って、抱きついてきたあの“天使”。
今はきっと、元の世界で他の小さい子にちょっかいを出してるはずだ。
そういう“天使”だった。
エドガーを下がらせ、ローザはグレムリンが浮かぶ方向へゆっくりと歩き出す。
「ねぇ……ウリエル……男の子の名前、呼んじゃったよ……イチコロ……かしら」
ボソッと呟いた声は、ローザにしか聞こえない。
「【消えない種火】っ!!」
右手の《石》が輝きを放ち、物凄い質量の炎を生み出す。
炎は揺らめき形を変えて、五つの剣に変わる。
どれもが刀身を燃やし、待ちわびたと言わんばかりに、轟々と音を鳴らす。
ローザが持っていた長剣にも炎が生まれ、六本の剣が宙に浮かぶ。
「【炎の剣舞】!」
掛け声とともに、ローザが走り出す。
炎を纏った剣も、ローザに追随するようにグレムリンを目指す。
『やれぇぇぇ!グレムリンっ!!』
「グオ!グオォォォォッ」
「五月蠅いっ!!」
グレムリンの叫びに、ローザは右腕を振るう。
三本の燃え盛る剣が、空を飛ぶグレムリンに襲いかかる。
真っ直ぐに飛ぶ剣、回転する剣、不自然な軌道を画く剣。
どれもが自由意思を持つ踊り子のように、グレムリンを攻撃していく。
「グゥゥゥオオオオオ!!」
グレムリンも反撃しようと拳を繰り出すが、炎の剣達はことごとく避ける。
「行きなさいっ、剣達っ!」
ローザは左腕も大きく振るうと、残りの三本の剣もグレムリンに襲いかかる。
「すげぇ……」
「ホントだね……」
遠くで見ていたロヴァルト兄妹は、ローザの剣舞に魅了されていた。
――そこに。
「二人共っ!」
「エド……」
「エドっ」
エドガーが合流し、ローザの戦いを見届ける。
『このっ――クルクルとっ!うぅ……き、気持ちわるいぃぃ』
六本の剣に翻弄されるグレムリンだが、何故か謎の声の人物がグロッキー状態になっていた。
「グオォ!」
グレムリンは堪らず、さらに上空へ上がっていく。
『は、ははは。どうだ、これなら、うぷっ……届かないだろ……』
「いいの?そこにいて……」
ローザは、高く舞い上がったグレムリンの真下にいた。
ローザの少し上空には、六本の剣が円を描いている。
六本の剣はそれぞれから炎を噴射し、剣と剣を繋げていく。
――その形は、六芒星。
『――これはっ!グレムリン!!』
謎の声の人物は気づいたのか、グレムリンに命令する。
「もう遅いわよ……」
ローザは右腕を六芒星へと掲げ、グレムリンに向ける。
「【爆炎の六芒星】!!!」
【消えない種火】から生み出された炎は、回転する六芒星。
その中心部に到達し、強さを増す。
ローザの右手から生まれた火炎は、六芒星の力を取り込み、巨大な火柱となってグレムリンに襲い掛かる。
「グ、グギャアアァアアアアアアアアアアアア!!」
天を穿つとも思えたその爆炎は、真上に浮かぶ月など容易く凌駕するほどの光を発し。
――グレムリンの命を――完全に終幕させた。
「はぁ……疲れた……」
(これやると……周りが死ぬほどドン引くのよね……あの子達はどうかしらね……)
六本の剣を消滅させ、ローザが息を吐く。
エドガーにドン引きされたら嫌だな、と考えていると。
「ローザぁぁぁぁぁ!!」
がばっと抱きついてきたのは、まさかのエミリアだった。
「ちょ、ちょっと。なんで貴女なの!?」
内心、エミリアとアルベールは怖がって近寄らないとも思ったが、実に意外だった。
「す、凄いねっ!ローザ!あんな怪物を倒しちゃうんだもんっ」
「いやホントにすげぇよ。ビックリだ」
「まさかエミリアが駆け出すとは思わなかったけどね!」
エドガーもアルベールも、ローザを怖がる事無く勝利を祝う。
「ど、どうだったかな――エドガー……」
ローザはエミリアに抱きつかれたまま、エドガーに問う。
「凄かったです。――ロ、ローザ……」
照れながら名を呼ぶエドガーに、ローザは笑顔を向ける。
「そう……それなら、よかったわ」
こうして、【月光の森】での戦いは終わった。
月を真上に迎え、三人の少年少女と一人の異世界人は、満足するまで笑い合った。




