25話【危惧は火種のように】
◇危惧は火種のように◇
エドガー達【福音のマリス】や王城のエミリアとローザ、そして帝国の不穏な動き。
エドガー達はサクラを元に戻すために毎日を奔走し、ローザもまた、エドガー達と離れてはしまったが、同じ終着点を目指して行動している。
しかし、ローザの《石》の反応を追って探る、第二王女スィーティア。
帝国の人間であり、その正体を知られてなお【従騎士】として聖王国に留まるユング。
そして、西の地で最大限に煙を上げ始める、【魔導帝国レダニエス】。
各々の場所で、燻り始める。
――動乱の火種が。
◇
今日も、エドガーは鑑定屋【ルゴー】にて古書を読み漁る。
確実に読める訳ではないが、ここ数日でかなり進展していた。
それも、一文字一文字をメルティナがコノハに見せ、どう読むのかを聞き、記録したものをエドガーに教えているのだ。
その効果か、平仮名と片仮名だけなら、エドガーでも分かるようになった。
まだあやふやな文字もあるが、書けるようにもなってきている。
「“る”……?“ろ”……?“さ”“ち”?……“の”“め”……」
エドガーは古書の文字を書き写しながら、口に出して確実に覚え始めていた。
似た文字や、ややこしい形の文字は苦戦するが、それでも好奇心と探究心が先を行く。
「エドガー君、熱心だね……はい、紅茶」
店員のルーリアに紅茶を出され、エドガーは笑顔で答える。
「そうですかね……?でも、サクラを元に戻すためですから……僕の中でも、一つ考えがあるんですけど、それを実行するにはサクラ達の世界の事を知らないとダメかなって思って……」
それには、まず文字を覚える事だと思った。
だからこうして、遠回りをしながらも勉強をしている。
「……でも、こうしているうちに……サクラは……」
遠くに行ってしまうのではないかと、そんな不安もある。
サクラがコノハの中、つまり自分の心の奥底に沈んでいったと、確証がある。
しかし、コノハの人格が消えたとして、サクラが元に戻るとは限らない。
賭けに出るよりなら、確実に、堅実に、一歩ずつ進んで行けばいいとエドガーは思っている。
(そのための、ニホンゴの勉強なんだ……)
エドガーは紅茶を飲みながら、近い内に行おうとしている作戦のシュミレートをする。
最高の結末を想定して、最善の行動を起こす。
その為の準備は、着実に進んでいたのだった。
◇
ついにその時は訪れた。
第二王女スィーティアが柱の陰から覗くのは、妹王女ローマリアの指南役、ローザ・シャルだ。
燃えるような赤い髪を持ち、彫刻の様な均衡のとれたスタイルをまじまじと見せつけるその自信に満ちた表情。
(……見ただけで気に喰わないわね……なにかしら、この感覚)
スィーティアは《石》の力を押さえ込んで、ローザが張った囮の反応を無視して行動していたのだ。
誰に教えられることなく、【朱染めの種石】の扱いが上手くなっている。
どこからか沸き立つ内心の苛立ちを抑え、スィーティアは柱から顔を出して、前方からやって来たローマリアと歩く赤髪の女性に、声を掛けた。
「――お前がローザ・シャルね……?」
「テ、ティア姉上っ!?」
「……!」
「どうしてここに?」と言いたそうなローマリアの表情に、スィーティアは確信する。
ここ最近の異常な《石》の反応は、やはりこの妹の策なのだと。
「――話があるわ。訓練場に行きましょう?」
「ティア姉上、話ならこの場で構いませんでしょう!?何故訓練場なんかに……!」
「――ローマリア様、いいですわ。行きましょうか、第二王女様……」
礼儀正しく、それでもその威厳を保つ。
ローザの変わらぬ精神力に、会わせないように気を張っていたローマリアの心臓は、張り裂けそうになるほど鼓動を速めていた。
「だ、だがローザ……今は」
ローザは《石》の力を最低限に抑えている。
今や、一般人と然程変わらないほどにだ。
「平気よ、少し早まったけれど……来るべき者が来たと言うだけ。大丈夫よ、暴れはしないから」
「――そうではなくっ!」
ローザの上着の裾を引っ張り、行かせまいとする。
その手は震えていて、いかにこの姉を危惧しているかがローザにも伝わる。
「安心しなさい。今日はまだレッスンがあるのだから……危ない真似はしないわよ」
(……あっちが仕掛けてこない限り、ね)
「でも……」
「ローマリア。いい加減になさい……これはわたしとローザ・シャルのお話よ?」
《石》を見せつけて「お前は関係無い」と言い聞かせるスィーティア。
もう直ぐ願望が実現するかのような笑みだった。
「……くっ……――はぃ、姉上……」
ググッ――と拳を握り、悔しそうにしながらも従う。
姉が幾人もの騎士を殺害したことを知っている手前、恐怖心を拭えない。例え、親を同じくする姉妹であろうともだ。
そんなローマリアの頭に、ローザは手を置いて撫でる。
そして手を放し、スィーティアに向かって。
「――それじゃあ、訓練場に案内してもらえるかしら?……スィーティア王女」
「ええ。こちらよ」
ローザは簡単について行ってしまう。
まるでこの時が来ることを分かっていたように、すんなりと受け入れて。
その様子を、ローマリアは心を震わせて追いかける。
半ば、エドガーに知らせなければと思うものの、今から行動しても、絶対に遅いと理解して。
◇
帝国の最北端【ルーノダース】。
断崖絶壁の渓谷と、焦土と化した大地、人の住む事が出来ない最悪な環境のこの場所に、一台の馬車が止まった。
馬には“魔道具”のマスクが付けられ、御車をするリューネも、“魔道具”による保護を全身にしていた。
「――エリウス様、着きました……マスクをしてお降りください」
当然分かってはいるだろうが、形式的に言わねばならない。
「分かったわ……」
少し元気がないだろうか。
【ルーノダース】を目指して帝都を出発し二日、その間も、皇女エリウスは考えていた。
“天使”スノードロップの言葉と、【魔女】ポラリスの思惑を。
『懐に気を付けろ』と、スノードロップは言った。
それは自分の懐だと、エリウスは思っている。
自分の腹心は、レディル、カルスト、ユング、リューネだ。
その内、今いるのはリューネだけ。
加わったばかりのリューネの何を気を付ければいいのか、それ以外にもユングの生死は不明だ。
レディルとカルストは別任務で離れている。
ガチャリと馬車の扉が開くと、重苦しい空気がぶわっと入り込んできて、苦しくなる。
ムッとするも、エリウスは馬車から降り、目元を覆うゴーグル越しに、景色を見渡す。
「……どうして、こんな僻地の調査を私が……」
それ以前に、【ルーノダース】の何を調査しろと言うのか。
父である皇帝陛下の勅命でなければ、ハッキリと断りを入れていた事だろう。
「く、息苦しいですね、エリウス様……大丈夫ですか?」
「……ええ」
(……肩で息をして……苦しいわよね)
エリウスが見るリューネの方が苦しそうにしているが、それは言わない。
リューネにも、付き人である任務があるのだ。
上司であるエリウスが甘やかしては、リューネの臣下としての成長は望めなくなる。
「さぁ、調査を始めましょう……時間は掛けられないから、“魔道具”の効果が持続している二時(2時間)を目途に調べるわよ……予備も忘れない様にしなさい」
「――は、はい!」
拠点から離れた場所でマスクの浄化機能が切れれば、容赦なく肺を侵されるだろう。
それだけ、この場所は人間の住める環境ではない。
「……さて、何を調べればいいのやら……」
国務である事を除いてしまえば、決して意味のない調査を、エリウスとリューネは開始する。
帝都で起こる災厄に、省かれたままに。




