24話【従騎士の団長】
◇従騎士の団長◇
リエレーネ・レオマリスを挟んで、レイラ・エルヴステルンとレグオス・イレイガルは説明を始めた。
事の発端は、レグオスが【聖騎士】ノエルディアに頼まれた雑務によるものだった。
ノエルディアに夜間巡回用の“魔道具”を持ってきて欲しいと頼まれ、レグオスはそれに従った。
その“魔道具”は、簡易ランプの様なものであり、サクラの世界で言う電灯みたいなものだ。
聖王国の“魔道具”の大半は、【聖騎士団】が保持しているのだが、その“魔道具”は【従騎士】や警備隊にも多く分け与えられている。
残りの半分は【召喚師】エドガー・レオマリスが持っていると考えてもいい。
ノエルディアは、丁度【聖騎士団】にある分が切れてしまい、レグオスに持ってきてくれるように頼んだらしいのだが、レグオスが確認した保管箱の中は、荒れに荒らされていたということだった。
レグオスの言い分を聞き終えて。
リエレーネは、非常に気分の悪そうな顔をしていた。
見守っていたレイラまでもが気を遣いそうになるくらいに。
「リ、リエ?」
むすーっと頬を膨らませ、友人が疑われた事へ対する苛立ちを大きくさせる。
「……だ、だけどさ……レイラしかいないだろ?」
「はぁ!?――まだ言うのっ!!」
睨み合う両者。
間に挟まれているリエレーネは、「はぁ~」っと一つため息を吐くと、二人の手首を掴む。
仲直りの握手をさせようとしているのかと、レグオスもレイラも思ったが。
――そうではなかった。全然なかった。
「いったぁぁぁぁっ!!」
「いででででっ、いだいってリエレーネ!!」
レグオスの右手、レイラの左手の手首は、回らない方向へ回され。
お互い背中に回された腕は悲鳴を上げ、逃げられない様に互いをブロックし合って塞き止める。
しかもリエレーネは、二人の足を踏んで逃げられない様にしていた。
「ごめん!リエごめん……黙って話すから、腕をぉ~」
「マジでごめん!もう疑わないから!レイラも、ごめん!ごめんなさい!」
言い分はまだあるだろうが。
レイラもレグオスも、痛みが勝ってリエレーネに降伏した。
「なら、いいけど……」
パッと離し、解放されて痛みの薄れていく腕を擦る二人。
短時間で、二回も繰り返す羽目になった。
「それでレグオスさん。レイラも覚えがないんだし、この件を他の誰かに聞きましたか?」
「いだだ……え?……あ、いや、聞いてない、けど……」
レイラからの視線が痛いのか、顔をサッと逸らしたレグオス。
「うん。それじゃあ、いきなりレイラを疑うのはお門違いでしょう?」
「そ、れは……そう、かも……」
リエレーネの言葉に、激しく頷くレイラ。
そしてレグオスも、頭を掻きながら言う。
「――レイラ。その、悪かった……ノエルディア様の指示だったし。俺、失敗しちゃいけないって焦っていたみたいだ……ホントにごめん!」
頭を下げる。
「形だけでないでしょうね……」とでも言いたそうなレイラだが、一応レグオスの謝罪を受け入れる。
「分かってくれればいいわよ。それに、“魔道具”がないことは事実だし……私も、事前に調べておけばよかったわ」
こういう流れが、新設騎士団【従騎士】の最近の日常だ。
【聖騎士】に従い、その部下として国に勤める。
だが、【従騎士】には【従騎士】の任務もあるのだ。
いざこざが数多く起こるのだが、リエレーネが何故か仲介することが多く、しかもスムーズ(力技)にこなしていく。
今この場にいない他の【従騎士】、マスケティーエット姉妹も同様であり。
彼女らの姉妹喧嘩を止めるのも、リエレーネの仕事になりつつあった。
特に、エミリアの【従騎士】であるレミーユは、一度リエレーネに痛い目に遭わされているのにも関わらず、エミリア関連のトラブルを起こすことが多かった。
姉のラフィーユは、屋敷住まいのアルベールの【従騎士】として、住み込みで勤務しているため、中々トラブルという事にはならないのだが、家の事情かなんなのか、二人が揃うと喧嘩が何故か発生する。
「――さてと。そうとなれば、“魔道具”を持って行った方を探しましょうか……」
「そうね」
「だな。万が一盗まれてたんだとしたら……俺らの責任になっちゃうしな」
半眼で、空になった木箱を覗くレグオス。
「私が当番になったのは今日の朝よ。前日は……団長だけど……」
【聖騎士団】や警備隊にもいるように、【従騎士】にも団長はいる。
今の所どの【聖騎士】にも従う訳ではないが、【従騎士】を統べる【従騎士】、と言った役職だろう。
「ユング団長?」
「ええ。そうよ」
レイラは、机にある勤務表を確認する。
羊皮紙に書かれた【カルン文字】を確認すると、確かにユング・シャ-ビンの名があった。
ユング・シャ-ビン【従騎士団長】。
前大臣の秘書官であり、その有能さを認められて転職した才女だ。
リエレーネ達の団長であり、【聖騎士団長】クルストル・サザンベールの秘書も兼任する凄腕だ。
「その団長は?」
「クルストル様の所では?」
誰の担当でもないが、何故か【聖騎士団長】クルストルと共にいる事の多いユング。秘書として仕事はするものの、確かに二人が共にいる所を見かける回数が多い。
「……謎よね」
「……ですね」
「……だなぁ」
秘書であり騎士でもある謎の女性に、三人は改めて不思議に思う。
そんな事を言っていると。
カチャリ――と開くドア。そこから入って来たのは、噂の人、ユング・シャ-ビンだった。
◇
ユングは、入ってくるなり言う。
「――そこに集まって何をしているのですか?」
両腕に抱えるのは、大量の“魔道具”だ。
空になっている木箱の中身だろう。
なんとかドアを開けて、お尻で扉を開き。
「どなたか手伝って頂けますか?」
「……あ、はい!団長」
リエレーネが、瞬時に動く。
そんなリエレーネと、レグオスをジロリと横目で睨むレイラ。
レグオスは居た堪れなくなり、平謝りをしている。
「――団長。どうなさったんですか、それ」
リエレーネが、大量の荷物を抱えるユングから、半分を受け取りながら問い掛ける。
確かに、手伝えと命じれば幾らでも手伝うと言うのに、団長自ら運ぶ必要は無い気もする。
「“魔道具”よ。効果が切れていたものを、まとめて交換したの」
ガラガラと机に置く。
乱雑に転がる“魔道具”は、電池代わりの《石》が組み込まれている。
それが発光し、レンズを通して周囲を照らしているらしいのだが、初めて見た時のレイラとレグオスの反応は面白かった。
リエレーネのみ、家で“魔道具”を見慣れていた事もあって驚かなかった。
「じゃあもしかして、昨晩から?」
「ええ、そうよ」
「――ですってレグオス。何か言う事は?」
「マジですみませんでした!!」
身体を直角にして、レイラにガチ謝罪をするレグオス。
当然意味が分からないユングは、二人のやり取りに困惑するだけだった。
「……何が?」
「あはは……実は……」
先程のやり取りを、今度はリエレーネが説明し始める。
そして、この話の結末は、最終的に怒られるのがレミーユ・マスケティーエットとなるのだが、それはまた別のお話だ。
◇
【聖騎士団長】クルストル・サザンベールは、自室で“魔道具”を受け取る。
受け渡してきた女性の手は、まるで作り物の様に麗しく、飾られずともたいそう綺麗な御手だった。
「――其方の異母弟……大分戸惑っていたわね」
受け取った物は、【声凛のイヤリング】。
声を遠くに届ける事ができる帝国産の“魔道具”、その片割れだ。
「でしょうね。あいつは殿下に憧れていますから」
「――よく言う」
ふふふと笑う、桃色の髪の麗人。
【リフベイン聖王国】第一王女セルエリス・シュナ・リフベインだ。
ドレスを纏い、髪をアップにして、クルストルに渡した“魔道具”の性能を感心する。
「帝国の“魔道具”……ここまでの物を、我が国で作れるかしら?」
「無理ですよ。まず魔力が無い……それは殿下もご存じでしょう。それに、製造方法も分かりません」
【声凛のイヤリング】は、ある帝国の人物からの提供物だ。
その人物とは、ユング・シャ-ビン。
大臣の秘書として聖王国に潜入し、撤退しようとした所を大臣の私兵に狙われ、クルストルに助けられた。
「あの者はどれ程信用できる……?」
「そうですね……今は、信用できます」
「今は?」
「はい。今は、です……彼女は、俺に恩義を感じているようなので、それが果たされる時までは、信用できます」
「……そうか。それならば、充分に使わせてもらおうか……」
そう言い残して、セルエリスは席を立つ。
「お送り致します」
「構わぬ、ヴェインがいる」
立ち上がろうとするクルストルを制して、セルエリスは出ていった
「……」
クルストルは思い出す。ユングとの出会いを。
あの日、命を助けられたユングは多少の聴取と共に、クルストルだけにその素性を明かした。
それは、自分の死を覚悟したものだっただろう。
しかし、それを聞いたクルストルは許した。
それどころか、自分の秘書として採用したのだ。その際に述べた言葉で、ユングは彼に信を置いたのかもしれない。
『主の所に戻る事を諦めるな、お前が帝国の人間ならば、俺はそれを利用させてもらう。その代わり、お前も俺達を好きなだけ利用すればいい。その時が来たら、帰るなりなんなりすればいいさ』
その言葉を受けて、ユング・シャ-ビンは命を救われた。
帝国に戻ると言う使命と、クルストルに返す恩義を胸に、互いを利用し合うと決めたのだった。




