20話【疑惑】
◇疑惑◇
【鑑定師】マークス・オルゴは、その特質な知識と記憶力で、幾つもの“魔道具”を憶え、鑑定し、国に貢献してきた逸材だ。
しかし、それは一朝一夕で手に入れた能力ではない。
そもそも、魔力を持たない聖王国民が、“魔道具”を判別するにはどうすればいい?
本来不可能とされた、魔力皆無の聖王国民が“魔道具”の是非を判断し、剰え使用出来ているのは、紛れもなくこのマークス・オルゴの功績だった。
だが、マークス・オルゴの口から語られた言葉は、エドガーに取っては信じたくはないものでもあった。
「この“魔道具”……【声凛のイヤリング】はな。帝国産の“魔道具”なんだよ……遠くにいる人物と会話を可能にする、通話機能を持ってる」
それは、サクラの異能【心通話】と似ていた。
マークスが一つ、対の物を第一王女セルエリスが持っていると、マークスは言う。
「……だから、直接の依頼を受けた……って事ですか?」
「おう」
だが、どうしてマークスがそれを所持しているのか。
エドガーは不信感を持ってしまう。
「……」
「――俺がこいつを持ってんのは……あ~、まあいいか……」
マークスは一瞬何かを考えた様子を見せたが、直ぐに切り替えて続けた。
「こいつはな、【聖騎士団長】、クルストル・サザンベールから貰ったものだ」
「【聖騎士】の団長さんが、どうしてこんなものを……?」
「知らねえ。匿名だとよ」
「はい?」
「だから匿名だって。俺も本当に知らねぇんだ……――おいっ、メルティナ!武器を構えんなっつってんだろーが!」
メルティナは意外と好戦的である。
知能が高いはずのAIがそれはどうかとも思うが、今はいい。
「メルティナ。少し黙って座ってて……でも、この会話は記録して欲しいかな」
「――イ、イエス。すみませんでした、録音を開始します」
エドガーのいつにない真剣な剣幕に、メルティナは謝る。
ふざけた訳ではないが、今のエドガーには何を言っても駄目かもしれない。
エドガーにとってのマークスは、いい兄貴分だと思っている。
それが、どうしてこんな思いをしなくてはならないんだと、エドガーの心は揺れていたのだ。
今、エドガーは疑いを持ってマークスと対峙している。
何故、セルエリス殿下から直接依頼を受けられるのか。
何故、帝国産の“魔道具”を【聖騎士団長】から譲られるのか。
何故、今まで言ってくれなかったのか。
ぐるぐると考えが巡りまわって、疑心はどんどん膨れ上がる。
「率直に聞きます――マークスさん。【聖騎士団長】とは、一体どんな関係なんですか?」
「……」
「マークスさんっ」
「マークス・オルゴ……回答を求めます。言いにくいですが、今のマスターは精神的に不安定です……回答が無い場合――」
「――メルティナは黙っててってば!!」
「……マスター……」
叫んだ。あの優しいエドガーが。
メルティナに対して。
「……エドガー。女に当たんな……俺に直接言えよ」
エドガーは、とても苦しそうな顔をしていた。
今にも泣き出してしまいそうな、そんな子供の様な顔だった。
「だったら……どうして……!なんでそんなもの持ってるんですかっ!!幾ら【鑑定師】でも、帝国の“魔道具”なんてそうそう手に入れられる訳がないでしょ!?ましてやマークスさんはずっと聖王国にいるんだ、父さんみたいに出歩いている訳じゃない!【聖騎士団長】から貰った?どうして!?教えてくださいよっ!僕は……!……僕はっ……」
マークスが帝国と繋がりがあるのではないかと、少しでも思ってしまった。
失踪したエドガーの父とも、マークスは知り合いだった。
エドガーが“魔道具”を集めていたのは、紛れもなく父親とマークスのやり取りを見ていたからだ。
だから、苦しい。
思いたくない事を、疑ってしまう。
この人は、もしかしたら帝国の人間なのではないかと。
「……はぁ。久しぶりだな……お前がガキみたいに駄々こねんの……エドワードさんがいなくなった時以来……かもな……」
「――マークスさんっ!!」
「分かってる。分かってるってエドガー……教えてやるよ。その前に、葉巻だけ吸わせろよ?」
立ち上がって、マークスは葉巻を取り出す。
考えているのだろう。天井を向く顔は、真剣そのものだった。
数回、一気に吸い込む勿体無い事をして、マークスは座り直す。
「まず……どこから聞きたい?」
「……マークスさんは、聖王国の人間ですよね?」
「そこからか……まぁいい、そうだな……俺は聖王国の人間だ。それは間違いない……実際、他国に行った事もないしな」
それはエドガーも同じだ。
「じゃあ、その“魔道具”は……」
「――さっき言ったのは嘘じゃねぇよ……クルストル・サザンベールに譲ってもらったんだよ。これはマジだ」
先程の言葉は嘘ではないと、ではその証明は。
「――俺は……アイツの腹違いの弟だ……」
「え」
マークス・オルゴは、クルストル・サザンベールの腹違いの弟。そう言った。
「俺の母親はな、公爵家の使用人だったんだ……俺を生んで直ぐ死んじまったが、前公爵、つまり父親だな。その男のガキを孕んで使用人を辞め、下町で俺を生んだんだ。公爵家の血が混じってると知ったのは、エドワードさんから聞いたからだよ」
「父さん……ですか?」
「おう。エドワードさんは、貴族からの依頼をよく受けていたからな……先代【召喚師】として」
その繋がりで、マークスの出生を知った。
そしてそれをマークスに伝えたという事か。
「――んで10年前、いきなり俺んとこに来やがったんだよ、クルストルが。俺は10歳、あいつは12歳だぜ?」
「普通、公爵家の息子が、単身で下町のボロ家に乗り込んでくるか?」そう言うマークスは、少し恥ずかしそうに鼻頭を指で掻き。
「でだ、クルストルもエドワードさんに聞いたんだとよ……君には弟がいるよって」
「貴族からの依頼をこなして……情報を得て、それを知ってマークスさんにもクルストルさんに、教えた……?」
「だろうな。なんで俺やクルストルに教えたのかは知らねぇが……ま、それが縁で俺はあいつに気に入られたんだ。今では秘密裏に情報のやり取りをしているって訳だ……その過程で、これも貰ったんだよ。つっても……セルエリス王女の声が聞こえた時は、マジでビビったけどな……」
王女からの直接の依頼だけは、どうやら想定外だったようだ。
「クルストルさんは、どうやってそれを……?」
「ああ、それはだから匿名なんだとよ……嘘じゃねぇって言ったろ?」
エドガーの考えは尽きない。
マークスを信用している事も、それが少し揺らいでしまった事も。
父が貴族からの依頼を中心に【召喚師】をしていたという事も。
【聖騎士団長】クルストル・サザンベールの事も。
「帝国の“魔道具”ですよ……?不審に思わなかったんですか?」
マークスは腕組みして言う。
「最初鑑定した時は驚いたさ。でもな、腹違いで俺の兄貴って事を除いてもだ……あいつは信用できる。それだけの実力があるから【聖騎士】の団長なんだぞ……それにお前だって同じだ、リエちゃんを信じるだろ?」
「……それは……はい」
妹を引き合いに出されて、エドガーは苦々しくも頷く。
これは、エミリアやアルベールの名を出されても同じだっただろう。
エドガーは本来、人を疑わないタイプの人間だ。
「じゃあ、話はいいな?」
「……はい」
王女からの依頼があるのだ。
長時間の足止めは流石に悪いとエドガーも思う。
「んじゃ、俺は行くから……ルーリア、明日からは休業だ……帰ってくるまでは自由にしていい。その代わり」
「はいはい、掃除ですね。分かってますよ……店長」
「エドガー」
「え、あ……はいっ――って、わ、ちょっ……マークスさんっ!?」
マークスは二カッと笑い、エドガーの髪をわしゃわしゃ~っと乱暴に乱す。
そして。
「エドガー。考えるのはいい事だ……疑う事もする時はした方がいい。でも、男ならそれを出すな……辛くて悲しい時こそ、女の前では格好つけろ……お前には、そういう女がいるじゃねぇか」
「マ、マークスさん……」
「――ま、数が多くてどうすんのか見ものだがなっ!」
「――ちょっ!!」
笑いながら、マークスは店を出ていった。
恥ずかしそうにしながらも、エドガーはマークスの言葉を受け入れた。
女々しくなっていた心を内心に押し込んで、隣にいるメルティナに言う。
「……メルティナ、さっきは大きな声を出してごめん……僕も少し、カッコよくならないと駄目だね……」
自重しながら、それでも前に進もうとする。
不信感を持ってしまった数少ない知人に諭されて、エドガーは考えを巡らせる。
「イエス。マスター……ワタシは、どこまでもお供します」
(……もし、マークス・オルゴの言っていた事が偽りだったのなら、マスターは騙されていることになります……この少年は、疑う事をしない……それは人間的であり、でも……とても危険です)
「メルティナ?」
「……いえ、マスター。何でもありません……マスターの謝罪が嬉しかったのです」
メルティナは考えを切り上げた。
もし、考えていた事が的中してしまった場合、メルティナは迷わずマークス・オルゴを撃つだろう。
そうならない事を願い。ルーリアに別れを告げて、エドガーとメルティナは帰路に向かった。
その間。
悩み藻掻く主の横顔を、メルティナはずっと見ていた。




