19話【労力に見合わぬ進展】
◇労力に見合わぬ進展◇
【リフベイン聖王国】・【王都リドチュア】。
【火の月89日】。エドガーが今いるのは、鑑定屋【ルゴー】だ。
【鑑定師】マークス・オルゴが経営する“魔道具”の店だ。
エドガーと一緒にいるのはメルティナだ。
エドガーは、この数日でコノハに古書を読んで貰う事を諦めた。
それも先日、目を覚ましたコノハが、またあの本を見て気を失ったからだった。
サクラの意志がそうさせるのか、それとも別の何かか。
理由も分からずに負担は掛けられないと、全ての古書をコノハの見えないところに置いた。
それが、ここ鑑定屋【ルゴー】だった。
マークスとコノハはまだ会っていないので、都合がよかったのもある。
エドガーも、コノハに負担を強いるのは本望ではないので、置き場所を提供してもらって助かった次第だ。
しかし、マークスは別だ。
今もエドガーとメルティナを、「なんで毎日来てやがる」と睨んでいた。
葉巻を吸いながら、苛立たしい顔をしている。
「――ほらほら店長。今日はお城に行くのでしょう?いつまでもエドガー君とメルを睨んでいても始まりませんよ?」
店員であるルーリア・シュダイハに言われ、更に苛立つ。
「るっせ!分ーってるわっ!そもそもお前が勝手に置き場所を提供してんじゃねぇよ!」
マークスはガタンと椅子から乱暴に立ち上がって、自室に向かった。
「す、すみません……ルーリアさん……毎日来ちゃって」
エドガーが申し訳なさそうに言う。
しかしルーリアは笑顔で。
「いいのよ。あの人本当は嬉しいんだと思うし……表現が下手くそなだけだよ。エドガー君も分かるでしょ?」
「それは……まぁ、少なくない付き合いですし……でもまぁ、コレを見たら嫌にもなるかなって」
エドガーの視線は、大量に積まれた古書だ。
メルティナと二人で運び出したこの本の山は、まさしく山となっていて、店の空間を著しく狭く感じさせていた。
「あはは……それはそうだね~。こんな読めない本ただのゴミだって言ってたもんね、店長」
マークスに取ってはそうなのだ。
“魔道具”でもなく、一切合切読めない本など、置かれても困るというものだ。
「――ノー。それは違いますルーリア」
エドガーの隣で黙々と文字の解析を行っていたメルティナが顔を上げて言う。
しかし、なんだか目が疲れている。
「違うって……何が?」
「この書物、サクラの世界の物なのは間違いありません。ですので、マスターの知識になります。更には、ワタシのデータベースにも、現在進行形で文字の登録を行っています」
メルティナが登録を行っているのは、本に書かれた文字の羅列をそのままコピーして、メモリーに焼き付けているのだ。
これは、以前エドガーの“召喚”に使われる魔法陣に書かれた文字をスキャンした時のシステムと同じだ。
まぁ、エドガーには秘密で行った事なので言えないのだが。
「凄いね。本に喰いついて見てたけど……それやってたんだ……」
その様子はどう見ても、文字を無理矢理見ようとするおばあさんだった。
「イエス。平仮名と片仮名……この文字は登録完了しました」
エドガー達がコノハに聞いた少ない情報だけで、メルティナが調べてくれた結果だ。
「ただ、この漢字……でしたか。それは文字数が多いうえに、どうやら複数読み方があるようです……どうしてそんなややこしい事をしているのでしょうか。サクラの世界の文字は……」
「う~ん……」
異世界人達は共通して、この世界の文字や言語が、異世界人の能力で翻訳されているそうだ。
それは見えるもの聞こえるものが自身の世界のものに変わると言うものらしいが、他人の世界のものは別のようで、その効果は、今いるこの世界に限られるらしい。
中でも、このサクラの世界の文字はまた格別難しかった。
サクヤが言うには、時代が違うだけで言語がかなり違うらしい。
しかも国ごとに言語や文字があるとか。
エドガーは、それらを思い出して言う。
「ローザとフィルヴィーネさんは、ほとんど同じ時代から来たらしいし……サクラとサクヤは時代こそ違うけど、同じ世界。メルティナは……」
「ワタシは、【惑星ニコル】という星の出身者達の手で製造されました。生まれを言うのなら、そうなると思われます」
因みに、メルティナが居た時代と今のこの世界の時代は、かなり年数が違っているらしい。
「なるほどね。そしてサクラとサクヤだけが……完全にこの世界とは関係ない世界からの【召喚者】……って事になるのかな……?」
ローザとフィルヴィーネは、この世界の約千年前。
メルティナが別の惑星、かつ時代は数百年前となり。
サクラとサクヤの二人が、完全に別の異世界となる訳だ。
正確に言ってしまえば、ローザとフィルヴィーネは過去からのお客様となってしまうのだろうが、千年以上もの時は、世界を大きく変えている。
大まかに言って異世界と言っても間違いではないだろうと、フィルヴィーネ本人も言っていた。
「イエス。そうなれば……余計に難しくなりますね」
「……だね」
サクラとサクヤの世界、【地球】。
サクヤが知っている知識以上の物を知っていたと思われるのがサクラだ。
そして、その知識を、今はコノハが共有している。
だが、それを引き出すことはかなりのリスクになっていた。
「教えてもらう度に気を失ってしまったら……申し訳なさすぎるよ。どうしたらいいか」
ここ数日の進展は、正直こんなものだった。実に割に合っていない。
そしてエドガーが、今後の方針を考えようとしていると。
「――ぅおいっ!そろそろ帰れお前ら……わりぃが、急ぎの用が出来ちまった。ルーリア、店閉めろ」
「え、ええっ。急すぎませんか!店長っ!?」
マークスが自室から急いで下りて来て、慌て気味に言う。
この様子だと、依頼だろう。
「……でも、城に行くのは変わらないんですよね?」
「おう。第一王女からの依頼じゃなけりゃなぁ!」
「セルエリス殿下……?」
大臣御用達だったマークスへの依頼は。
大臣が収監後、第一王女セルエリスに引き継がれていた。
その王女からの初依頼なのだろう。気合の入り方が異常だった。
「……マークスさん」
「あ?……んだよエドガー……急いでんだって」
エドガーは、ふと疑問になったことを口にする。
「――いつ、連絡が来たんですか?城側から……」
「……!」
マークスが城に行くことは決まっていた。
しかし、初めから王女の依頼だと言う事が分かっていれば、エドガーだって初めからお邪魔することは無かった。
では何故、まるで今連絡が来たかのように焦るのか。
「マスター。マークス・オルゴの体温が上昇しました。それに、一瞬でしたが口角がつり上がったのを確認、これは虚を突かれたと言っているようなものです」
「……」
余計な事を言うなよと、マークスはメルティナを睨む。
しかし、エドガーの無言の視線を受けて、観念したように言う。
「ああー。わーった。わーーったよ……教えてやる。やるからその目止めろって……」
「何ですかその目って……」
「悪かったって……ほらよ、これだ」
マークスがポケットから取り出したのは耳飾りだった。
小さな飾りのついた、女性用の耳飾りだ。
「……これは?」
「……【声凛のイヤリング】……帝国産の、“魔道具”だ」
「――!?」
帝国。エドガーの脳内に、エリウス皇女の顔が浮かぶ。
自分をスカウトしてきた、あの青髪の少女。
「ど、どうしてそんなものをマークスさんがっ!?」
「イエス。正直に述べてください」
「分かってるって言ってんだろ!お前も、その武器構えてねぇで座れやっ!」
【エリミネートライフル】を構えていたメルティナに苦情を言い、マークスは諦めて座る。
エドガーの指示で、メルティナも大人しく座ってくれた。
「ちょっと、その前にいっぷくを……」
「「……」」
「……――わーったよ」
葉巻を吸ってからと思ったマークスだったが、エドガーとメルティナに睨まれて、渋々諦めたのだった。




