18話【帝国の異世界人3】
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◇帝国の異世界人3◇
一人自室で、指を絡ませてテーブルに肘をつく、帝国皇女エリウス。
机に置かれた“魔道具”から聞こえる声に、エリウス自身も心の底からゾッとした。
優しげながらも、戦慄を表現したような絵画を見せられた様な恐怖が、その声にはあった。
見えない圧力。そう言えば、全て納得できてしまうような、そんな“天使”の言葉だった。
「――リューネには悪い事をしたわね……」
異世界人を舐めていた訳ではない。
今朝方聞いたリューネからの話の中で、義父に付き添いと言う形で、会議に参加することになったと耳にして、エリウスが“魔道具”【遠声器の指輪】を持たせたのだ。
「考えるべきだったわね……あの“天使”が数々の“魔道具”を持っていたと言う事を」
それに助けられたこともあると言うのに、目先の情報に目が眩んで先走った。
しかしそれは、エリウスが置かれた状況がそうさせたとも言えた。
「レディルもカルストも……ユングも、今はいない……私は、焦ったと言うの?」
レディルとカルストは昨日、皇帝の勅命で任務に出た。
ユングは聖王国にて行方不明扱い。
今、信を置ける部下はリューネしかいない。そのリューネに苦を強いたと、エリウスは後悔をする。
無論、信頼していなければその様なお願いなどしない。
リューネには出来ると思っていたし、実際直前までは出来ていた。
ただ、相手が悪かったのだ。
「……情報も確かに入った。でも、これはどこまで信用できる……?」
会議の内容は全て聞いた。
シュルツ達が何をしようとしているのかも、伝わった。
しかし、信憑性はない。会議自体がブラフの可能性もある。
「……軍事顧問は、帝国の世代交代を狙っている……?でも、どうして彼がそこまでする必要があるの?……自分が皇帝になりたいわけではなさそうだし。確かに、父の政権は良く思われない事もある……でも、この帝国をここまで大きくしたのは父であり、無理矢理引きずり降ろすような真似、誰も考えはしないわ……」
エリウスは考える。
シュルツ・アトラクシアの行動は、無理がありすぎると。
例え異世界人の力があり、レイブン・スターグラフ・ヴァンガードの助力があったとしても、現皇帝を玉座から降ろすところまでを、あの人数でできるだろうか。
異世界人は強力だが、【送還師】がいる。
異世界人にとって、一番の難敵はエリウスな筈だ。
「父からの命があれば、私はいつでも“送還”を使える……それなのに、今の会議を聞かせる必要はある?私がここを離れる事を知って、余裕を見せているようにも見えないし……」
明日。エリウスもまた、任務に出なければならない。
「北の僻地……【ルーノダース】……」
聞いただけでもショックを受けた。
あの辺鄙な場所に、何をしに行けと言うのか。
「……【ルーノダース】に人はいない。いるのは環境に適した動物が数種類……それ以外はいない筈なのに……今更、環境調査?」
今更何をと、エリウスには疑問しか残らない命令だった。
しかし、皇帝の命令は断る事など不可。
軍事顧問が何を考えていようとも、命令によって帝都内から離れなければならないのは事実。
「リューネが付いて来てくれるだけでも御の字だけれど、これでは割に合わないわね……軍事顧問が何を企んでいるかは、正確には分からないけれど……」
しかし、それ以上に。
「……はぁ……嫌な予感しか無いわね……」
憂鬱な気分だった。
自分が国を離れる事はよくある事だ、任務であり皇帝の命、逆らうつもりは毛頭ないが。
今までは、ここまで部下が離れた事はなかったし、ましてや僻地に派兵など、初めての出来事だ。
嫌な予感がすると、エリウスは言った。
しかし、それは現実になる。
国を巻き込み、民を巻き込み、他国の少年を巻き込んでいき、果ては世界に広がっていく事になるのだが、それはまだ未来の話だ。
◇
会議が終わった。一体何の為の会議だったのか、リューネは落ち着かない心のまま扉を閉めた。
リューネは、最後に扉を閉めたのが自分だと理解して。
「……はぁ~~~~」
盛大なため息だった。
心労と言うものが、ここまで重くのしかかった事などないかも知れない。
(……あ、でも……あの時は……)
思い出すのは。優しく、けれども自分に厳しく言葉を投げかけてくれた、少年。
(そっか。エドガー君の家で、《石》を盗み出した時以来かも……こんなに緊張したの)
親友であるエミリア・ロヴァルトを利用して、【召喚師】エドガー・レオマリスの宿に泊まり《化石》を奪った。
弟を救う為とは言え、酷い事をしたと今も思っている。
しかし、最終的に自分と弟を救ってくれたのはエリウスだ。
そもそものきっかけとなったレディルがそのエリウスの部下であり、まさか自分がその同僚となるとは思わなかったが、エリウスとの出逢いは天恵だと思っている。
【召喚師】と対になる存在、【送還師】であるエリウスの傍にいれば、いずれエドガーと再開する時が来るだろう。
親友エミリア・ロヴァルトとも、また相まみえる筈だ。
(……エミリア……元気かな……)
騎士学生の時に切磋琢磨し合った、親友。
(そう言えば、私の騎士学校の扱い……どうなってるのかな、エミリアが何か言ってるかしら)
ふと、自分が在籍していた騎士学校【ナイトハート】が気になり、自分の処遇がどうなっているのかが、頭を過ぎった。
実際は、リューネは行方不明扱いになっている。
エミリアは何も言ってはいなかった。
聖王国を出る際も、隠蔽工作をした馬車で出国しているので、西だとは分かられても、それが誰かまでは証拠も出ていない筈だと、エリウスが言っていた。
リューネは歩き出し、もう大分前を歩くレイブンを追いかけた。
コツコツとヒールの音を鳴らす廊下を、ゆっくりと、考え事をしながら。
だが、不意に。
「――ねぇ?」
真横から、声を掛けられる。
暗い、柱の陰だった。
「!?」
リューネは飛び退くように、反対横に跳ねた。
ドン――!と壁に肩をぶつけたが、それよりも驚きが勝った。
「……ポ、ポラリス・ノクドバルン……さん」
柱の陰からぬぅっと現れたのは、【魔女】ポラリス。
異世界人であり、あまりいい噂は聞かない女性(主に性的に)。
関係性のないその【魔女】が、まるでリューネを待っていたかのように現れれば、それは驚く。
「――あらぁ?どうしたのかしら……お嬢ちゃん?」
「い、いえ……すみません。驚いてしまって……」
姿勢を正し、リューネは“魔道具”である指輪に触れようとする。
怪しまれない様に、そっと、自然に――しかし。
「……おっと」
「!!」
ポラリスは、リューネの手首を掴んでそれを阻止した。
妖艶な笑顔を、リューネの目の前まで迫らせて。
「……うふふ」
「――な、何を――!」
「皇女は少し面倒臭いのよねぇ。あの子の絶対性が……私の、私達の唯一の障害になるの……だから――」
誤魔化そうとしても無駄なのだと、言葉で理解させられる。
震えそうになる身体を何とか心で支えて、リューネは言う。
「――何の事か分かりかねます、ポラリス様……この指輪は、私の母の物です、皇女殿下は関係ありませんが」
精一杯の言い訳だ。
もし、この指輪の事を【魔女】が知っていたら、全く意味のない言葉。
そしてそれは実際に。
「――指輪?私は、貴女の指が綺麗だから……少し気になって見ただけよ?貴女私の噂知らないの?……男も女も、私には関係無い……可愛いもの、美しいもの、いい男もいい女も……全て、食べたくなっちゃうの」
耳元で囁かれるその声音は、リューネを獲物としていると取れた。
「……そ、その……」
知っている。そもそも、それが真っ先に思い浮かんだくらいだ。
「お嬢ちゃんも……今晩どう?」
容易に想像できてしまう、全裸の自分が組み敷かれる姿に、リューネは背筋をゾッとしながら手を振り解く。
「……っ!!す、すみません!私、所用があるのでっ!!」
捻りの何もない常套句を叫んで、リューネは顔を青くしたまま走って行く。
「あん……ふふ。釣れないわね……ねぇ、スノー?」
ポラリスが視線を後ろに向けると、何もない空間から現れる、白銀の“天使”。
その表情は非常に複雑そうな顔で、何か嫌な事でも思い出しているのではないかと思わせた。
「……【魔女】、何が目的なのです……?」
「目的?……何の事かしらぁ?」
「とぼけないでください。わたくし達と離れて、何をしようとしているのですっ……!」
同じ異世界人であり、同じ《契約者》を持っていた仲間。
しかし、それは昔の事。
ここ帝国に来てからのポラリスは、異常行動が多かった。
それは今も変わらないが、特に皇太子ラインハルトとつるみ出してからがおかしい。
「皇子と何をしようとしているのですか……シュルツ様に報告は。それに何故あの子に手を出そうとしたのですっ」
口早に、スノードロップは捲し立てた。
ポラリスは「あ~うるさいうるさい……」と相手にしようとせず、誰もいなくなった深夜の廊下を歩き出す。
「――ま、待ってください!……待ちなさいっ!!」
言葉では伝わらないと確信して、スノードロップは槍を向ける。
首筋に突き立てられた銀槍は、ポラリスの首の薄皮一枚を裂いて止まる。
ツーっと垂れる血を、ポラリスは指で掬い。
ぺろりと舐めると。
「――気付かないの?あれだけ長くいて、あの存在に……」
自虐的な笑みは、それだけで馬鹿にしていると充分に取れるものだった。
「……何が言いたいのです。質問に答えなさい」
スノードロップとて、挑発と分かっていて簡単に乗る訳がない。
「……私の勝手でしょう?貴女だって、あちこちで色々とやっているのでしょう……?例えば、聖王国で、とか――約束を破ったのは、貴女達が先だって事、忘れた訳でないでしょうねぇ?」
「……そもそも、貴女が《魔法》に失敗しなければ……!」
スノードロップの顔に、一瞬だが後悔が滲んだ。
その隙を【魔女】が逃すはずも無く。
「いつまでも昔の男を引きずっているから、万年処女なのよ――純白パンツちゃん」
「――っっ!……このっ!!」
顔を赤くして、スノードロップは槍をそのまま突き出した。
しかし、虚しく空を切る銀槍は、壁に突き刺さって止まる。
「……《転移魔法》……」
苦虫を嚙み潰したように、スノードロップは天井を見る。
「……それを言うなら、貴女だってそうでしょうに……彼の幻を追いかけているのは――わたくし達全員、同じなのですから……」
聞いているであろうポラリスに、寂しげに言う。すると。
「……――そうね。それはそうだわ……だからこそ、私は追いかけるのよ……彼の、代わりになる男を……それに、気付いているのは貴女だけではないわよ……いいわねスノードロップ、抜け駆けは……許されない」
真剣な声だけを残して、ポラリスは消え去った。
何年たっても掴めない【魔女】のほんの少しの本音に、純白の“天使”は脱力してため息を吐いたのだった。




