14話【魔女】
誤字修正しました。報告ありがとうございます。
◇魔女◇
西国レダニエス。
名を【魔導帝国レダニエス】と呼称するその国は、歴史的にもそう長くはない国だった。
大陸の最西端に位置し、隣国である【リフベイン聖王国】に国土を奪われた国。
しかし、それも数十年前の事。
“魔道具”の開発と、それを生み出す術を得たことで、形成は一気に逆転。
以前からの国境まで聖王国を追い返し、それ以上の進行を阻止していた。
そして、均衡状態が続き、早や数年が経っている。
◇
「――兄様っ!!」
バンッ――!!と勢い良く鉄の扉を開けたのは。
帝国の皇女、エリウス・シャルミリア・レダニエス。
帝国で唯一の“優遇”職業【送還師】であり、異なる世界からの異物を排除する事が出来る人物だ。
「……なんだ、騒々しい」
大きなベッドに、一人威風堂々と構える美丈夫。
エリウスと同じ青い髪をし、切れ長の目を妹であるエリウスに向ける。
皇太子、ラインハルト・オリバー・レダニエス。
国の第一皇子であり、武力、魔力、知力においても秀でている才覚の持ち主。
難があるとすれば、その仏頂面と、何事にも無関心なほど興味を持たない、飽きっぽさか。
「なんだ。って……今日は、近々行われる式典の会議日ですっ、昨日も夜な夜な明かりがついていましたけど、いったい何をしているのですかっ!」
妹の小言にため息を吐く。
しかし、その小言に答えたのは兄ラインハルトではなく。
ベッドに横たわる、もう一人の人物だった。
「……朝から騒がしいですわねぇ……皇女様」
「――なっ!……【魔女】っ……!!」
憎たらしいものを見るように、エリウスは兄の隣でくつろぐ裸の女を睨む。
「あら怖いわぁ……お兄様は、こぉんなにもお優しいのに」
ラインハルトに絡みつくように、手足を滑らせる。
胸元に指を這わせ、唇を首筋に持っていく。
「兄上……そのような不審な女、抱くのはおやめください……偉大なる初代皇帝レオンハルトの血が汚れます」
「あら酷い」
「……知っている」
「こちらも酷いわぁ」
ケラケラと笑いながら、暴言を歯牙にもかけない女。
エリウスは不気味さを感じ、微々と眉を寄せながらも気丈に対応する。
「――ならば準備をしてください。私は私の準備がありますので……では」
兄に一礼して、エリウスは部屋を出ていく。
振り向きざまに、女を睨むことを忘れずに。
(【魔女】め……)
一睨みして、エリウスは出て行った。
◇
パタンと優しく閉められた扉を見つめ、ラインハルトはようやく身体を起こして一息。
引き締まったボディ、流麗な筋肉美が、その鍛えられた肉体が尋常ではないと思える。
【魔女】ポラリスは、その美麗な肉体を惚れ惚れしながら見つめる。
頬を赤く染め、昨晩自分を散々抱いた少年の背中に触れる。
「あぁ……皇子……美しいわ、本当に、美しい……」
少年と大人の間。
その何とも言えないバランスに、ポラリスは恍惚とする。
「ポラリス。約束は忘れないでくれよ……?」
「勿論ですわぁ。《石》の調達、私がしてきましょう……その代わりに……」
「――分かっている。その間に。オレは……」
近い未来、【魔導帝国レダニエス】は、歴史を転換させる。
一人の皇子と異世界の【魔女】により、長きに渡った皇帝権が塗り替えられる。
【召喚師】エドガーが、仲間の為に奔走する最中、西国では歴史の転換期が訪れていた。
しかしそれは、エドガーを歴史の表側に招く序章でもあった。
◇
先程とは違い、勢い良く自室の扉を閉める。
バダン――!!と怒りのまま閉め、歯軋りをして椅子に着く。
「……エ、エリウス様……?」
部下であるリューネ・J・ヴァンガードは、恐る恐る声を掛けるが。
「――リューネ。水を頂戴……このままでは爆発してしまうわっ」
「え!?……は、はい……ただいま」
リューネは流水機から水を入れる。
聖王国には無い綺麗な飲料水を、惜しみもなくグラスに入れ。
(エリウス様……確かお兄様の所に行ってたはず……という事は)
また、トラブルが起きたのかと予測する。
リューネが、このエリウス・シャルミリア・レダニエス皇女殿下に仕え始めて、もう直ぐ半月(45日)だ。
この少女の性格も、大分把握出来てきた頃だ。
「エリウス様。お水をどうぞ……」
「ええ、ありがとう……んっ、ぐっぐっ……」
エリウスは、リューネから受け取った水を一気に呷る。
(あぁ、そんなに一気にいかなくても……)
「――ぷはぁぁぁぁっ!」
飲み切って、エリウスは酒でも飲んだかのように息を吐く。
「あの【魔女】……兄様に取り入って何を企んでいるというの……?」
エリウスは腕組みして、一人ブツブツと言い出した。
考え事が独り言で出るタイプらしい。
その為、リューネは素早く全扉窓を閉め、冷風機を作動させた。
季節は夏直前。聖王国よりも気温の高い帝国は、同じ時期でも更に暑い。
“魔道具”の発展により快適な生活を送れてはいるが、国民全てが使える程普及はしていない。
使えるのは貴族や、一部の貢献者達だけだ。
「……兄様も、どうしてあんな得体の知れない女を……それに、あの“天使”の女だってそう。一度助けられたから文句もつけにくいけど……」
帝国内に存在する三人の異世界人。
“天使”のスノードロップ。
幼女のノイン。
そして【魔女】ポラリス。
“天使”に【魔女】、唯一ノインの詳細はわからないままだが、異世界から来たという触れ込みだけは事実。
現に一度行った模擬戦で、帝国の人間は誰も相手にならなかった。
そして三人の共通点は――《石》だ。
スノードロップは胸元に直接、ノインもへそに直接。
ポラリスは両手首と両足に、ブレスレット、アンクレットとして装着していた。
詳細は一切不明、その情報は開示できないらしい。
「……兄様は知っているかもしれない……」
あの【魔女】と身体まで重ねているのだ、もしかしなくても疑いは持てる。
「……軍事顧問が連れて来た、異世界人……“天使”はともかく、あの【魔女】だけは好かないわ……」
帝国軍事顧問、シュルツ・アトラクシア。
どこからやって来たのかも分からない、謎の男だ。
こげ茶の髪に無精髭、うさん臭さがにじみ出ていそうな風貌ながら、“魔道具”の取り扱いや知識は抜群だった。
【魔道具設計の家系】のレディルですら驚愕する実力で、一気に地位を得た。
「皇帝陛下、父も兄も……あの男を信頼している。だけど、どこか……」
不安感が拭えない存在。
どこか達観した雰囲気と、吞気な風貌。
「油断だけは出来ない……私がしっかりしなければ」
そう心に留めて(全部出てた)。
「……よう。もう独り言は終わりか?」
「……レディル。何をしているの?」
エリウスが自分の世界から帰ってくると、ソファで寛ぐ部下の一人が声をかけて来た。
レディル・グレバーン。
【魔道具設計の家系】であり、エリウスの部下。
ぶっきらぼうで言葉が荒く、乱暴。
だが、仲間には情が厚く、信頼できる男だ。
「勝手に入ってきたわけじゃないぜ?なぁ……?」
レディルは、侍女のようにするリューネに顔を向ける。
「そうですね。エリウス様には何度もお声がけしましたけど、反応なされませんでしたから」
「……そ、そう。それは悪かったわね……」
「いえ。慣れましたから」
テキパキと窓を開ける。
エリウスの独り言が終われば、閉めっきりにする必要は無い。
「それで、レディルは何をしに来た訳?」
「あん?……そりゃお前、任務だっつーの」
「任務?……今はまだ休養できる筈じゃなかった?」
「俺もそう思ってたっつーの!」
レディルは脚を思い切り踏み込んで、苛立ちを隠そうともせずに言う。
「あいつ無茶言いやがって……!腹が立つぜっ、ったく……!」
「はい、どうぞ」
「おう、わりぃな」
苛立ちをスルーして、リューネがグラスを出す。
レディルも、なぜか普通に礼を言う。
「あいつって、軍事顧問?」
「おうよ。あのクソ野郎……また出ろってよ」
「――!?……私には何もないわよ?」
「それが問題だっつーの!行くのは俺とカルストの奴だけだとよ……」
さすがに驚いた様子のエリウス。
「――私は聞いていないわ……」
椅子から立ち上がってレディルに詰め寄る。
飲み物を飲むレディルは、さらに悪態をつき始めた。
それを感知したのか、リューネが再度、扉や窓を閉めるのだった。




