10話【王女と騎士】
◇王女と騎士◇
場所は変わって、【福音のマリス】。
廊下をバタバタと走る、17歳の5歳児。
走る度にぴちゃぴちゃと音を立てている。その姿は、全裸だった。
「――こ、こらっ!コノハ!!待つのですっ――ま、待ちなさいっ!!」
後を追うのは、背の低い姉、サクヤ。
こちらもまた、全裸だった。
しかしサクヤはその手に二枚のバスタオルを持っており、追う妹がずぶ濡れのまま走り出したことで、自分もそうなってしまっていた。
「あははっ!姉上には負けませんよ~!」
「――な、なんの勝負だと言うのっ!?待ちなさいってば!」
コノハは、自分の身体が17歳だと言う自覚が無いらしく、5歳児の精神のままで風呂上がりを堪能する。
着替えることなく、髪も身体も濡れたまま、大浴場から飛び出していた。
行く先は、エドガーの管理人室だ。
「――エドお兄ちゃん!!」
バンッ――!と豪快に開け放たれた扉を、エドガーは勿論見る。
「……ん?どうしたのかな、コノハちゃ……――んっ!?」
全裸のコノハは、エドガーが座るベッドに大ジャンプし、エドガーは咄嗟に受け止める。
「――ちょっ!!サク、コノハちゃん!駄目だよこんな事したらっ」
(やややや、柔らかいっ!!)
無意識に、手が当たってしまう。
どことは言わないが、ローザよりも小さく、エミリアよりは圧倒的に大きいとだけ言っておく。
「――こらコノハっ!あ、主様に何という事をっ!!羨まし――」
サクヤの台詞には私怨が籠っていたが、余裕がないエドガーは気付かない。
「えへへっ。わーい!エドお兄ちゃん!!」
「ちょ、ちょっと、待とう!」
赤面しながら、エドガーは両手を広げて無害をアピールする。
「何もしてません」と、サクヤにアピールだ。
「――って!サクヤも裸じゃないかっっっ!」
「――え?……あっ。うわぁぁぁっ!!あ、主様……見ないでくださいっ」
しゃがみ込んで、全身を隠す。
そんなところがまた、普段とのギャップで可愛らしく見える。
「そんなこと言われても、どこを見たら……」
わたわたするエドガーとサクヤ。
コノハは楽しそうに笑う。
「あはははっ!姉上お顔が真っ赤です」
こんな状況が続いて、既に20日。
ローザが城に出向き、メルティナが連絡係としてちょくちょく城に向かっているので、【福音のマリス】にはエドガーとサクヤが残っている事が多い。
フィルヴィーネは、何故か部屋に閉じこもって何かをしているようだが、教えてくれなかった。
リザが出て来た時は、コノハの玩具にされているが、乱暴にされることはなくなった。
そこはどうやら、エミリアに感謝しているらしい。
「こらこら……駄目ですよコノハちゃん。エドガーお兄さんは、お仕事中なんですから」
見兼ねたメイリンが助けてくれるまで、エドガーは動けなかった。
メイリンがコノハを引きはがし、連れて行ってくれる。サクヤもいそいそとついていった。
「……う、動けない……」
エドガーは、抱きつかれたコノハの、サクラの身体の感触が残ってしまって、しばらく動けなかった。
◇
【リフベイン城】第二王女自室。
「平気ですか?殿下」
「……え、ええ。もう大丈夫よ……感謝するわ、【聖騎士】アルベール」
「いえ。新米ですが、私も【聖騎士】です。当然ですよ」
倒れそうになった第二王女、スィーティアを介抱し、自室に連れて来たアルベール。
王女をベッドに座らせて、ブーツを脱がす。
「やはり、足を挫かれていますね……冷やしましょう。ラフィーユ」
「はい。かしこまりました、アルベール様」
後ろに控えていたアルベールの【従騎士】、ラフィーユ・マスケティーエットが、スィーティアに一礼して部屋を出る。
氷を取りに行ったのだろう。
「――あの者は、貴殿の【従騎士】だったわね?」
他もいたのね。と、ラフィーユが目に入っていなかった様子のスィーティア。
「はい。騎士学校の同窓生でした。マスケティーエット公爵家の御令嬢ですよ」
「……そういえば、会った事があるかも知れないわ。忘れていたけど」
嫌な事を思い出すように、爪を噛む。
スィーティアは、社交の場には殆ど出ない。
【リフベイン聖王国】の王女三人は、長女であるセルエリスが国の実権を握るほどの力を持っている。
三女のローマリアは、最近まで姿すら見せなかった秘蔵っ子。
そして自分、次女のスィーティアは、政治の才能は皆無。
形式的な行事には出るが、貴族の子息令嬢までは覚えていなかった。
その対象は、このアルベール・ロヴァルトも同じだったが。
昨年度の騎士学校卒業生で、【聖騎士】昇格を果たした唯一の青年、妹エミリアと同じく有能なのだろうと、初顔合わせの際に感じていた。
「――殿下……お手を大事にしてください」
「……――!?」
爪を噛むスィーティアの手を、アルベールは優しく包み込んで止める。
「な、何をっ!!」
振り払おうとしたが、アルベールは離さず言葉を紡ぐ。
「いけません殿下……大事なお手なのですから、傷が付いては……国民が悲しみます」
「――わ、私の手など……誰が気にするものかっ!」
思い切り振り解いて、スィーティアは立ち上がる。
が、挫いた足に痛みが走り、バランスを崩して。
「殿下っ!」
腰を支え、抱きかかえる。
膝立ちで、まるで求婚するように、スィーティアを優しく抱き寄せる。
「そんなことを言われてはいけませんよ。スィーティア殿下……」
「……」
ベッドに、スィーティアは座らせられる。
顔から火が出るのではないかと思わせる程、スィーティアは赤くなる。
「そ、それでは……お前も、心配……してくれるのか……?」
「当然です。私は聖王国を守る騎士です……殿下の剣でもあるのですから、心配しない訳はありませんよ……」
「そ、そうか……」
「はい」
(異性に手を触れられた事など……レイブンに《石》を貰った時以来だ……)
実に4年ぶりのふれあいだった。
「ラフィーユ遅いな……殿下、少し様子を見てまいります」
「あ……」
アルベールが、部屋から出ていく。
「……アルベール・ロヴァルト……アルベール。アルベール……」
興味のない者は覚えない。
そんなスィーティアが、一人の騎士に恋慕を抱いたこと。
それは、一人の【聖騎士】と、一人の女性、そして幼馴染の少年を、巻き込んでいく事となるのだった。
◇
スィーティアの治療を終えて、アルベールとラフィーユは屋敷に帰る所だった。
「はぁ……滅茶苦茶緊張した……」
「うふふ。口調に違和感しかありませんでしたわね」
「そう言うなよラフィーユ。スィーティア殿下だぞ?いつものようになんか話せないさ」
長い廊下を歩きながら、アルベールとラフィーユは、第二王女スィーティアの部屋での事態の感想を言っていた。
ラフィーユは、普段と違うアルベールの口調に、本当は笑いそうになっていたのだとか。
「ホントに緊張したな……この前会った時は、眼中に無かったって感じなのにな……」
初対面の時を思い出して、アルベールは苦笑いを浮かべる。
「あの時は、セルエリス様もいましたし……」
「……不仲説か……」
小声で、二人は誰にも聞かれないように身を寄せる。
「ええ……らしいですね。昔から聞く噂でしたが、アレを見てしまったら……」
「ああ。気を付けないとな」
こうして、アルベールは城の用を済ませた。
しかし、背後の柱から、寄り添う二人を、爪を噛んで見つめる視線があったことは、気付かないままに。




