08話【エミリアとコノハ】
◇エミリアとコノハ◇
荒野の調査結果、帝国侵入を話し、そしてサクラの現状を伝え終え。
エドガーはエミリアをサクラのもとに連れていく。
『じゃあローザ、殿下とあの話し……進めてくれるかい?』
『――ええ。分かったわ』
ローザに、ここで依頼の話しをしてくれと頼み、サクヤとエミリア、そしてフィルヴィーネを伴って、部屋に向かった。
残されたのはローザとメルティナ。
そしてローマリア王女とノエルディアだ。
フィルヴィーネがついていった理由は、部屋にリザがいるからだ。
少々面倒臭そうだったが、エドガーに言われて渋々と言った感じだった。
『……ローザ、あの話しと言うのは、まさか……』
『ええ。依頼の件よ』
ソファーに座り直して、ローザは改めてローマリア王女に言う。
『指南役の依頼……受けさせてもらうわ。今度は、私だけの意志ではなく……私の主であるエドガーの快諾も得ている……そんな顔をしなくても、もうややこしい事にはならないわよ』
『そ、そうか……それはよかった』
ローマリア王女は、以前この話しを打診した際に、サクラが反対したことを思い出してか、不安そうな顔をしていた。
『私も、やれることをすると約束したのよ、エドガーと。サクラとサクヤの為にね……』
この世界に来た異世界人の先輩として、姉代わりとして。
《契約者》であるエドガーが、ローザと離れてでも解決したい事柄を、ローザも受け入れた。
その為には、王城にある情報も重要なファクターとなる。
そして現状、それが出来るのはローザだけだった。
王女に依頼された指南役としての仕事を、《石》の事を調べる切っ掛けに出来る。
それに、王城にはエミリアもいる。
何より、多少怪しまれても、ローマリア王女の指南役として、王城で動く事が出来るのは大きい。
エドガーはそれを考えて、ローザが依頼を受けることを快諾した。
『ありがとう。ローザ……早速、私は姉上に帝国の事を報告する。そうすれば、近日中には入城できるように手配しよう』
『ええ。頼むわ』
荒野の調査と、帝国の動向。両方の情報を手に入れられたのは大きいはずだ。
⦅姉上にだって……これだけの情報があれば文句はないはず……問題があるとすれば……⦆
もう一人の姉。スィーティアだ。
《石》を所有するスィーティアは、赤や黒と言っていた。
それは、ローザ達を指す言葉でもあると、流石にローマリアも理解できる。
⦅いや……それでも、何とかして見せる……私が……!⦆
二人の姉の影で、民衆にすら姿を隠されていた王女の、追襲が始まる。
◇
『コノハちゃん……入るよ?』
コンコンとノックをして、エドガーは部屋の扉を開ける。
すると、目に飛び込んで来たものは。
『――うぎゃぁっぁぁあああぁぁぁっ!!やめ、やめろぉぉぉお!!』
『あははっ。あははっ……あははははっ!』
お人形遊びをする、見た目17歳の5歳児の少女だった。
『あぁ~。なんか許したかも、私』
コノハに遊ばれるリザを見て、エミリアはにやける。
あの怒りが嘘のように晴れていく。
『エ、エミリア……って!それどころじゃない』
エドガーは、笑みを浮かべるエミリアに一瞬だけ恐怖心を抱くも、直ぐにコノハのもとに向かってリザを助ける事にした。
むすっとするコノハ。
玩具を取り上げられて、この表情だ。
壁に向いて、エドガー達を見ようとしない。
『ど、どうしよう……』
『これコノハ……主様が困っているでしょう?』
『だって姉上……』
『だってではないわよ……散々振り回しておいて、この小娘ぇぇ』
サクヤに言われて、コノハはこちらを向いてくれたが、表情はまだムッとしていた。
リザは、エミリアの膝の上でグロッキー状態だった。
『――良いザマね。チビ“悪魔”』
『グゥ……この小娘まで来ているとは!!』
エミリアの膝をバシバシと叩くリザだったが、当然痛くも痒くもなかった。
『ま、この状況が見れただけで気分がいいから、許してあげるわよっ。リザ……だっけ?』
『……うっ。そ、そうだが』
エミリアも、そうそう怒っていた訳ではないのか、リザの暴言を許すと言った。
しかし、エミリアはリザを両手で掴み上げて、サクヤとコノハのもとへ行く。
それだけで、自分の末路を悟るリザ。
『――え、ちょっ!小娘っ!貴様……いや、エミリアと言ったわね。はな、話しをしましょう!ちょっとお願い、頼みます!』
『い~やっ♪』
『―――エ!……エドガァァァァァァァ!!』
リザの悲鳴は、こんな恐ろしい幼馴染を連れて来た、エドガーに向けられたのだった。
◇
コノハの手には、お人形と化したリザが死んだ目でエドガーを睨んでいた。
エドガーはそれを完全に無視して、エミリアを紹介する。
『コノハちゃん。この人はエミリアって言うんだ、僕やサクヤ、お姉さんの友達だよ』
『こんにちは。コノハちゃん……私のことは、そうだなー、あ、そうだ。エミリアちゃんでいいよ』
サクラがそう呼んでいたように。
コノハにもそう呼んでもらう事で、少しでも切っ掛けになればと、エミリアなりの考えだ。
『……エミリア……ちゃん……?』
『うん。コノハちゃん』
優しく、目の前にいる人形の様な“悪魔”に対する態度とは全く別物の表情で、エミリアはコノハに接した。
⦅主様……エミリア殿は、お優しいのですね⦆
⦅両極端なんだよエミリアは。一か百になっちゃうんだ、でもだからこそ、コノハちゃんに接する事が出来るんだよ、サクラの時と、変わらずね⦆
⦅……そうなのですね……感謝します、エミリア殿⦆
小声で、サクヤとエドガーはエミリアに感謝をする。
その後エミリアの一言で、リザもコノハから解放されたのだった。
後ろで見守っていたフィルヴィーネは、疲れ果てたリザを胸の谷間に挟み込み、一言。
『――どうだった?……人間に受けた罰は……』
『酷いものです、フィルヴィーネ様……私を山車に使うなど。ですが、エミリアのポテンシャルは分かりました』
『ほう……では、どうだったと言うのだ?』
『驚異……でしょうか。フィルヴィーネ様は気が付いていないでありましょうが……』
『――構わぬ、続けよ』
下手をすれば侮蔑と取られかねぬ発言も、フィルヴィーネは許す。
自分がリザに命じた、エミリアの調査、わざととは言え、混乱を招いた事は素直に謝辞をせねばならぬと理解して。
フィルヴィーネは昼間、城に行くメルティナと共に、リザをついて行かせた。
誰にも聞こえぬように、『エドガーの幼馴染を挑発してこい』と告げて。
そして、この夜が答え合わせだった。
『素質はあります。この小娘は、異世界人に好かれています……フィルヴィーネ様も、少なからずお気に召していると思われますが……?』
『……そうだな。それは認めよう』
『エミリア・ロヴァルトは、次代の英雄の素質を秘めています……それこそ、ロザリーム・シャル・ブラストリアが至れなかった、【勇者】のように……あくまでも可能性、ですが』
『……』
次代の英雄。
この国に、英雄と呼べる存在はいない。
【月破卿】レイブン・スターグラフ・ヴァンガードを失った聖王国に、もはや英雄は存在しないのだ。
『フィルヴィーネ様は覚えていますか?』
『――何をだ?』
『私たちの時代に存在した、最後の英雄、です』
『……ロザリーム・シャル・ブラストリアが【勇者】になり損ねた数年後、突如として現れた、人間の英雄……確か、名は――』
誰が望んで、誰が押し上げたのか。
しかしその者の名は、未来には紡がれてはいない。
何故ならば、その英雄すらも、フィルヴィーネが“召喚”された後に、消え去っているのだから。




