20話【夜は近い】
誤字修正しました。
◇夜は近い◇
冷静を取り戻して真っ先に行った事。それは、ローザに服を用意する事だった。
エドガーは妹の部屋から適当に見繕うと、それを渡す。
「ローザさん!こ、これ着てください!もしかしなくてもサイズがアレですが、ないよりはマシかと思いますっ」
目を瞑り、顔を背けながらローザに渡す。
妹に物凄く失礼な発言をしているが、いいのだろうか。
「ええ。ありがとう……助かるわ」
全く恥ずかしがる事無くエドガーから服を受け取るローザ。
触られるの恥ずかしがっていた気もするが、見られるのは毛ほども恥ずかしくないらしい。
一体どういう精神をしているのだろうか。
「ちょっとっ!……か、隠しなさいよぉっ!前をっ――エドは絶対に目を瞑ってて!」
エミリアも、流石に呆気に取られていた。
「私は平気よ……自分のこの身体に、見られて恥ずかしい箇所なんてないわ……って、キツイわねコレ」
もごもごと喋りながら服を頭にかぶり、フラフラしながら自信満々に述べる。
だが服が小さく、つっかえて胸がプルンと揺れていた。
「ちょっ……それ着方、ちが――ああ、もう。あっ!エドぉぉっ!!」
服の着方が完全におかしいローザ。
これでは自分で服を着たことがない子供みたいだ。
「み、見てない!見てないよっ!!」
先程からの地獄絵図を見かねたフィルウェインが、助け舟を出してくれた。
「はぁ……エドガー様もエミリアお嬢様も、外へ出ていて下さい……」
結局。埒が明かないと判断したフィルウェインが、自分がローザに服を着せると申し出てくれた。
ごたごたしたエドガーとエミリアは、何も出来ずに終結したのだった。
◇
「なんなのよぉっ!胸は!全く……エドもエドだよっ、あんな脂肪にだらしない顔してっ!」
部屋から追いやられた二人だったが。
廊下でエミリアがエドガーを責め立てていた。
「そ、そんな顔してないよっ!!」
エドガーも直ぐに否定するが、エミリアは認めない。
「してたしっ」
「してないって!」
「し・て・たっ!!」
腰に手を当てて、エドガーを見上げながら頬をプクーッと膨らませるエミリア。
「う……ご、ごめん」
あまりの迫力に押されたエドガーは、つい謝ってしまう。
「――ほらやっぱりぃ!」
ムキィッ!と腕組みして。そっぽを向く。
(一体どうすれば正解なんだよ……これ以上どうしろと?)
実際、見惚れていたのは事実。どの場所に見惚れていたかは、エミリアの大正解で言わずもがな、だが。
「――どちらでもいいじゃない。全く……キミも直ぐに謝る癖を何とかしたらどうなの?私の“契約者”なのだから」
着替えを終えて、ローザがフィルウェインと共に部屋から出てきた。
エドガーの妹であるリエレーネの服を、何枚かアレンジして仕立てたらしい。
流石フィルウェインだ。長身のローザによく似合う、赤と白をベースにした服装。
「どう?似合っているかしら」
大きく胸元が開いたノースリーブのトップスに、スリットの入った黒のタイトスカート。
スリットは仕方なく切ったようだ、数個のクリップで留められている。
「……くっ……流石フィルウェインね」
エミリアは、自分の家のメイドの仕事に納得していた。
「キミは……どう?」
エドガーも気の利いたことを言おうとしたが。
慣れないことをしようとして噛んでしまう。
「す、凄く似合ってましゅっ!!」
「――ましゅ?」
小首を傾げエドガーを見つめる仕草が、年上のそれとは違い可愛らしく見え、ドキリとしてしまう。
「すみません……」
「……エド」
まるで自分にも言えと言わんばかりに、エミリアの恨めしい視線を受ける。
普段は大体騎士学校の制服だったりするエミリアだが、エドガーの家に来るときは着替えていたりもする。
褒められたい欲求は、年相応の少女と同じ。その他にも努力は沢山してきたが。
どうやらエドガーには届いていなかったようだ。
「お嬢様ぁ……ピンチですねぇ?」
コソコソとエミリアの横につけ、ナスタージャは耳打ちする。
「……分かってるし」
今はそれどころではない、それを含めても分かっている。
(兄さんを救い出したら、キッチリとさせるし)
今回の騒動で、総合的に一番の被害を受けたのは、間違いなくロヴァルト兄妹だろう。
無論エドガーだって大変なのは重々承知しているが、ローザと言う存在が現れた以上、エミリアにとっては譲れない案件となってしまった。
「エミリア?――エミリアってばっ!」
「……えっ、ごめん何?」
「いや、今ローザさんとも話したけど……時間、そろそろ危ないよ」
夜になるまでに【月光の森】に行かねばならない。
何があろうと、それだけは変わらないのだから。
「その森は遠いのかしら?」
この、王都【リドチュア】。いや、この世界そのものを知らないローザが気にする。
「いいえ。今ここは【下町第一区画】だから。【月光の森】がある【下町第六区画】とは隣同士なの。近いよ」
エドガーの住む【下町第一区画】から時計回りに進み、【下町第六区画】が最後。中心部は【王城区】と【貴族街】となる為、この王都はかなり広い。
少なくとも【下町】が六つの町、【貴族街】が四つの街と、合計十の街が寄り集まった大都市と言える。
現在これを、ローザに説明した所だ。
「それって大分広いわよね。もし敵に攻められたらどうするのかしら」
と、気にしていたが、戦争など経験したことのないエドガー達には分からぬ事だった。
「後、これも聞いておいてくれるかな……多分イグナリオ達、すぐには兄さんに手を出さないと思うんだ」
エミリアは気付いていた。昨年度の模擬戦が、【月光の森】の【月上間】で行われた事に。
何せ自分自身も今年、マルスに敗北していたのだ、忘れたくても忘れられない。
「大丈夫って断言はできないけど……だからこそしっかりと作戦を考えましょっ……ねっ?」
エミリアは、エドガーを安心させるようにウインクする。
「うん、そうだね」
エミリアだって十分に焦ってはいるが、やはりローザの存在が大きい。
エドガーに説明された通りなら、“悪魔”が相手でも戦えるのだから。
エミリアは、当然“悪魔”も“魔人”も見たことなど無いし、御伽話の類だと認識している。
子供の頃に母に読んでもらった絵本には、眠らない子供を食べてしまう“悪魔”の話を聞かせてもらったことがある。正直、まだトラウマだ。
それでも、エドガーの話は信じられる。
さっきは「噓くさい」などと言ったが、エドガーが本当に噓をついているとは、端から思っていない。
“精霊”を“召喚”しようとして、ローザが“召喚”されてきた。
最初は眩暈を起こしそうになったが、ローザが有り得ないくらいに強いのは、エミリアにも直ぐに分かった。
休憩スペースで話をしていた際、エドガーを取り合うような形になった時、エミリアが本気で引っ張ったエドガーの腕を、ローザは片手で制していた。
直感的に、コイツはヤバいと。
――野生動物の如く感じた。
「ローザ……さん、あの……」
よく考えたら、エミリアはローザにものすごく失礼な態度をとっていた。
エドガーを助けてくれた恩人で、本来ならば感謝しなければならない相手に。
いくらエドガーに近寄るライバルかもしれないとはいえ、だ。
「どうしたの?急に殊勝になって、年上を敬う気持ちでも出たかしら」
「――うぐっ」
顔を青くさせて、エミリアはローザと向き合う。
クスクスと笑い「冗談よ」と言いながら、ローザはエミリアをからかっている。
「……」
からかわれた事に気が付いたエミリアは今度は顔を赤くして、一人で忙しくしていた。
◇
この世界に“召喚”される時。
ローザは身分や立場を捨てて生きようと考えた。
「別にいいのよ?呼び捨てで。勿論キミもね……?」
エドガーにも呼び捨てでいいと伝える。
(昔みたいな態度が出ていたかしら。気を付けていたつもりだけれど、抜けていなかったかしらね……)
エドガーもエミリアも、ローザからすれば可愛いものだ。
歳はそう変わらないが、ローザの濃い19年に比べたら、些細なものだと感じる。
エドガーとエミリアの人生の何を知っている訳ではないが。
ローザが思っているこの世界の平穏と、ローザがいた世界の平穏では、雲泥の差と言っても過言ではないかも知れない。
「そ、それじゃあローザ……」
「ええ、なに?」
まだ顔を赤くするエミリアだが、直ぐに順応して見せる。
エドガーは、もしかして聞こえなかった振りでもしているのだろうか。
これでは暫く無理そうだ。
「改めて、エドガーを助けてくれてありがとう……挨拶、遅れてたから……私はエミリア。エミリア・ロヴァルトって言います……その、失礼な態度を取って、申し訳ありません」
ペコリと頭を下げるエミリア。
時間がないと言うのに、こういう所を重んじるのは、やはり騎士道なのだろう。
ローザも元の世界で何人もの騎士を見聞きしていたが、エミリアほど素直に頭を下げるものなど、皆無と言っていい程いなかった。
ローザは「へぇ……」と、驚きを隠せない様子。エミリアはその態度に更に赤くなる。
「――な、なにっ?」
「いいえ。偉いわね、エミリア」
ローザは、エミリアに近付き頭を撫でた。
「んなぁっ!?」
俊敏に後退りし、ローザと距離をとる。
顔はもう真っ赤っかだ、蛸も目じゃない。
「ななな、なにを……!?」
「あら、嫌だった?それとも恥ずかしかったかしら」
顔色を青くしたり赤くしたりして戸惑うエミリアを、ローザは可愛いいと思えた。
「べ、別に恥ずかしくなんかっ……ないし――さ、先に外に出てますっ!!」
プイっと顔を逸らし、そのまま外へ向かってしまった。
フィルウェインもローザに頭を下げて、エミリアについていった。
「あの、ローザさん……」
「キミは、さん付けやめないのかしら?」
今度は、残されたエドガーに白羽の矢が立った。
「……えっと……ろろ、ローザ……さん」
エドガーは女性を呼ぶ際、エミリアと妹のリエレーネ以外、呼び捨てにしたことがない。
年上の女性への耐性がまるでなっていないので、いきなり呼び捨てにしろと言われてもハードルが高い。高過ぎる。
関係の近しい年上の女性は、メイリンにせよフィルウェインにせよ、さん付けだ。
「フフッ。……まぁ、追々でいいわ……そろそろ行かないと、ね?」
「……あの、はい……案内します」
エドガーは、自分の女性への耐性の無さに虚しくなりながらも、【月光の森】へ向かう。
◇
外に出て、待っていたエミリアとフィルウェインに合流したエドガーとローザ。
フィルウェインと、何故かいないナスタージャに留守を頼み、【下町第六区画】に出発するエドガー達三人。
万が一に備え、馬車は使わずに走って行動するが、ローザが何度か立ち止まり、気になったのか、町の屋台や店先に目移りして、エミリアが何度も引っ張っていた。
幸いにも誰かに邪魔されることなく、【下町第一区画】と【下町第六区画】を繋ぐ連結門へと着いた。
「ん~、何か変……」
門に着いて、エミリアが異変を感じる。
「……変?」
「うん……」
ここまで全力で走ってきた。そこで感じる違和感。
「何かいつもと違う気がするの……なんだろう?」
エミリアが、いつもと何かが違うと言う。
ローザはいつものことなど勿論分からないが、エドガーも分からないのだろうか。
「キミは?何か無いの?違和感とか」
「うーん、特にはないですね。景色もいつもと変わらないし。敢えて言うなら、自分の体調くらいですかね……なんか凄く体力がある気がするんです、アルベールを助けたい気持ちがそうさせてるんですかね?」
「ハハハ」と笑い、自分の体力の無さを自虐するエドガー。
「――ああっ!それだよっ、エド!」
ビックリマークを頭上に浮かべるエミリア。
何か気づいたらしく、見当もつかないエドガーとローザに、答えを教えようとする。
「うわっ。ビックリした……エミリア、急に大きい声出さないでよ」
エミリアが感じた違和感。全力疾走でここまで走って来た。宿からこの連結門まで。
そう、休むことなくだ。ここにエドガーが、疲れもなくいること自体が、違和感の正体。
「だって、エドがいる……」
「――?そりゃあいるよ。アルベールを助けないと」
「そ、そうじゃなくて……エド、なんで疲れてないの?お腹痛くない?足は?」
いつものエドガーなら、エミリアの全力についてくるなんて到底無理だろう。
「そう言えば……でも、大丈夫だよ?」
自分の身体を確認して、エドガーも答える。
エミリアもエドガーを心配してあちこち確認しているが、本当に快調そうだ。
心配されるエドガーを見てローザが。
「なにが変なの……?」
ローザはエドガーの基礎能力を知らない。
息も切らせずにここにいる時点で、知ってる人からすれば十分な違和感になるのだった。
「変なのよ、だってエドがこんなに走って、ケロ~っとしてるなんて……私でも少し疲れてるのに」
ローザの問いにエミリアが答える。
「え、そんなに変かな?」
右手の人差し指で頬を掻きながら、当の本人は何故か照れている。
褒められてはいないのだが。
「そうね。多分その右手の《紋章》の……契約の効果かもしれないわね……私のこの【消えない種火】も身体能力を上げてくれてるし、それに魔力もね」
エドガーの右手を取り、まじまじと《紋章》を見つめるローザの言葉に、エドガーとエミリアは。
「――凄いっ!」
「――ズルいっ!」
と、思いの違いを叫んだ。




