05話【幼馴染、憤慨3】
◇幼馴染、憤慨3◇
メルティナの飛行魔力(緑色の光の残滓)が完全に消えたのを確認し、ローマリアは急いで万年筆を握り直して言う。
『か、構わないわっ!ノエルディア、姉上をお通ししなさいっ』
バーーーン――!!と、勢い良く開けられた扉は、反動で戻ってくる。
その扉はノエルディアが押さえた。
『……あれ?』
『どうしましたか?ティア姉上……』
何事もなかったかのように振る舞うローマリア。
エミリアも内心の苛立ちを抑え、冷静さを取り戻し、ローマリアの背後で待機する。
『マリア。誰かいなかった?』
『誰か?……ここには私と、新米【聖騎士】のエミリア・ロヴァルトしかおりませんよ?』
『……ふ~ん。そう……おかしいな、感じたんだけど……』
スィーティアは、左手を触る。
そこには、朱色に輝く宝石が、キラキラと存在していた。
⦅まさか……それで感じ取ったと言うの……?メルティナさんの《石》を⦆
スィーティアは、魔力を持たない聖王国民の中でも異質の、“魔道具”所持者だ。
【月破卿】レイブン・スターグラフ・ヴァンガードにも並ぶと称されたその実力は、王家の始祖であるブラストリアに最も近いとされていた。
《石》の名は、【朱染めの種石】。
『……何て言うのかな……緑?みたいな波動を感じたのよね。あと橙……最近多いのよ。赤とか黒とか、白は感じなくなったけど……あとは、紫っぽいのもあるわ。掴みにくい感じ?』
『……よく分かりませんが。ティア姉上だけでしょう、それが分かるのは……私にもエリス姉上にも、理解できぬ領域ですよ』
『――ま、そうよね』
否定することなく、スィーティアはローマリアの皮肉を受け入れる。
この何者にも流されない性格がスィーティアの持ち味であり、王族らしからぬ言動やその力から、変人と言われる所以だった。
『それにしても姉上……随分お久しぶりではないですか?』
『……確かにそうね。そう言われればそうかも……何年ぶり?』
『い、いえ……そこまでではないですが……精々1ヶ月(90日)でしょう』
マイペースで掴みどころがない姉に、ローマリアの疲労は蓄積されていく。
『ま、今日はエリス姉ぇにも挨拶しないとだし、帰るわ。新人【聖騎士】の顔も見れたしね……』
エミリアを見据えて笑みを浮かべる。
その笑顔は、どことなくローザを思わせた。
『よ、よろしくお願いします!スィーティア殿下っ!』
『うん、よろしくエミリア。お兄さんにも会ったわよ。いい男ね……気に入ったわ』
『……こ、光栄です……』
⦅兄さん……変なところでモテる……⦆
『んじゃ、私はこれからエリス姉ぇに会って、それから【ゴウン】に行くから』
『【ゴウン】ですか?……収監所は今、誰もいませんよ?』
収監所【ゴウン】。
エドガー達が【大骨蜥蜴】と戦った、【王都リドチュア】の犯罪者収監所だ。(第1部2章)
襲撃者に襲われ、その場にいた騎士達は惨殺された。
が、残った遺体は無く、囚人達の証言もあてに出来ない為、王国側は騎士のクーデターとし、その事実を黙らせた。
しかもその報告は一切、民に知らせることなくだ。
あの日、ローマリアも【ゴウン】に行こうとした。
城から見た黒煙は、どう見ても異常だったからだ。
しかし、途中で間者に襲われ、エミリアに助けられなければ今頃どうなっていた事か分かったものではない。
後で姉であるセルエリスに聞いた話では、囚人の一人が脱走したのだとか。
ローマリアは、まさかそれが国の英雄である【月破卿】レイブン・スターグラフ・ヴァンガードだとは知る由もない。
セルエリスでさえ、王に知らせられるまで知らなかったのだ。
『うん。知ってるわよ?』
『――?……では、何故ですか?』
『……蒼』
『――はい?』
『いや、何でもない何でもない……んじゃ、またね』
何か含みを残したまま、スィーティアは手をひらひらとさせてローマリアの部屋から出ていく。
完全に居なくなった辺りで、ローマリアは椅子からズルリと腰を落とし疲労を見せる。
『つ、疲れた……』
『お疲れ様です、殿下』
『本当に疲れるわ、ティア姉上は……』
様子を伺いながら扉を閉めたノエルディアが、ローマリアとエミリアに言う。
『――私が一番疲れましたけどっ!あのまま通さなかったら、私死んでましたよっ!!仕事的な意味で!私だって気付いてませんでしたしっ!何せこの格好なものでっ!!』
本当にクビになる可能性もあった。
メイドの恰好をした【聖騎士】が居るとは思うまい。
『タイミング最悪でしたね……私、スィーティア様に会うの初めてですし……』
『そうだったわね。ティア姉上は最近まで離宮にいたのよ……』
『はい。話しは少し団長に聞きましたけど……』
第二王女スィーティアは、類稀なる身体能力を持ち、その《石》の力も相まって、【聖騎士】よりも強いと言われていた。
だが、師であるレイブン・スターグラフ・ヴァンガードが国を裏切ったと聞いて逆上し、護衛騎士であった者を殺害した。
その数、実に27人。
『27人って……ローマリア様の倍じゃ利きませんよね……』
『――ぐっ……そうね。そのせいで人手不足になって、お前のようなポンコツが採用されたんだろうしねっ』
『――うぐっ!』
『何を言い合ってるんですか、お二人とも……殿下はお早く書類を。ノエルディア先輩は、副団長に報告をお願いします。このままでは、夜までにエドの所には行けませんよ?』
『あ、はい……』
『あ、すみません』
ローマリアとノエルディアの不毛な言い合いに、エミリアは辟易しながらもローマリアの机を確認している。書類のチェックだ。
そう、仕事を終えなければ、エドガーの所には行けない。
何かメラメラしているエミリアに、二人は何も言えず従うのだった。
⦅……待っていなさいっ……!!“悪魔”リザ!!――“魔王”フィルヴィーネ!!⦆
大切な幼馴染の唇を奪った不届き者に憤慨するエミリアは、完全に復讐者と化していた。
そして、宿に戻る。




