04話【幼馴染、憤慨2】
◇幼馴染、憤慨2◇
炎で出来た縄を細身の身体に食い込ませて、エミリアはあらん限りの力で抵抗していた。
そのエミリアを縛り上げたローザは、肩で息をしながら悪態をつく。
『貴女……どんどん猪のようになっていくわね……』
下着が見えることなどお構いなしに、柱に縛られたエミリアはフィルヴィーネを蹴ってやろうと足を上げる。
『……はぁ……――メルティナ。逃げようとしてないで説明してくれるかな?』
『――はぅっ!』
エドガーは、このエミリアの憤慨の理由を知るであろうメルティナの襟首を掴む。
丁度、その惨状に背を向けて逃げようとしていたメルティナは、背筋をビクつかせてエドガーの手を掴み返した。
『ち、ち、違うのですマスター!』
ノー。と言わない辺り、相当テンパっているようだ。
へたり込んで、エドガーの手をひしっと握るメルティナは、まるで怯える子供だった。
『だったら説明してくれないかな?……このままじゃあ、進めないでしょ?』
『マ、マスター……笑顔が怖いのですが……そ、それに、ワタシが悪いのではなく、リザが暴走したのがいけないのですっ』
涙目で、縋るように弁明を開始する。
『【リフベイン城】に着いた後、タイミング良くエミリアと合流に成功したワタシは、直ぐにプリンセスの所に向かいました……今思えば、あのままリザが大人しくしていればこんな事にはっ……』
◇
コンコン――と、豪勢な扉をノックして、室内に入っていくエミリア。
何かを一言二言会話をすると。
『――いいよメル。入って来て』
『失礼します、プリンセス……エドガー・レオマリスの名代として参りました』
『ああ、メルティナさん……よく来てくれたわ。と言いたいところだけど……随分と早い報告なのね、そんなに焦らなくてもよかったのだけど……』
執務中だったのか、万年筆を片手に振り返り、丸められた羊皮紙が何枚も転がっていた。
エミリアはピクリと反応し、その床に落ちていたゴミである羊皮紙をササッと拾い上げて隠す。
もう遅いが。
『――申し訳ありませんプリンセス……こちらにも事情が出来てしまいました。事のあらましだけを話しますが……』
と、メルティナは昨日起きた事の一端を話し始める。
精細な事は、きっとマスターであるエドガーが話すだろうと、本当に重要な事だけを掻い摘んで説明する。
本来の目的である、【ルノアース荒野】の調査、西からの侵入者の捜索。
そして、サクラが記憶を失ってしまった事を話した。
『……やはり、不審な馬車は西の物だったか……――しかし、あの者が……』
実はローマリアは、サクラを高く評価していた。
自分の言う事に、面と向かって対抗してきた聡明な少女。
執務は一旦取りやめ、ローマリアは真摯にメルティナの話しを聞いていた。
『イエス。完全に違う者に成り代わっていました……今はコノハと……サクヤの妹となっています』
『ふ~む。異世界の不可思議な能力の事は、私が何を言えることではないけど……信じましょう。今日の晩、宿に向かうわ……いいわねエミリア』
『は、はいっ……!勿論です。お供させていただきます……』
エミリアも、親しくなったサクラがそのようなことになっていると聞いて、戸惑いを見せていた。
本当ならば、今すぐにでも駆け付けたいだろうが、【聖騎士】と成った事で自制が出来ているようだ。
『感謝しますプリンセス……ワタシは直ぐに戻って、マスターに知らせま――』
『――おいメルティナっ。さっきから聞いていれば、我が“魔王”フィルヴィーネ様の事を話してはいないではないの!言われたでしょうに』
『……?』
『……ん?』
ここにはローマリア、エミリア、そしてメルティナしかいない。
外には護衛の騎士であるノエルディアが待機しているが、ローマリアが何故か外に出したのだ。
『……えっと……』
⦅リザっ!少し待っていてください、順番と言うものがあります!⦆
胸元に小声で話しかけるメルティナに、エミリアは。
『メ、メル?どしたの……?』
『い、いえ。大丈夫です……なんでも――』
『――ええい!もう我慢できないわっ……――とうっ!!』
『――あ、こらっっ!』
押さえ込もうとしたメルティナの手をすり抜けて、リザは胸元から飛び出して着地する。
ローマリアは、一度見ているからそう驚かなかったが。
『なっ!なにこれぇ!に、人形が……動いて――』
『誰が人形よっ!失礼な小娘ねっ!私は“悪魔”リザ・アスモデウス……《残虐の魔王》、フィルヴィーネ・サタナキア様の忠実なしもべ!』
『ま、“魔王”っ!?“悪魔”ぁぁ!?』
エミリアも、エドガーが“召喚”した異世界人達と関わっているうちに免疫が付いたのか、御伽噺の様な事を言われても否定することはなかったが、驚き方がオーバーな気もする。
『――そう、我が名はリザ・アスモデウス!!覚えておけっ』
『リザ。二回自己紹介していますが……』
メルティナにツッコまれて、赤面するリザ。
こそこそとメルティナの足元に隠れる。
そんなやり取りを、ローマリアは乾いた笑みを浮かべて見ていたが。
『そ、そんなことより、エミリアはしばらくエドガーの所に行っていないのだったわね……』
『……え。は、はい……そうですけど』
そこで勘付いた、この小さな“悪魔”がどういった経緯でここに居るのか。
『あ――!!ま、まさか……異世界人?……このちっこいのが!?』
『誰がちっこいかぁぁっ!お前こそ、つつましい胸をしているじゃないっ、フィルヴィーネ様の足元、いや、小指の爪の先にも及ばないわねっ!!』
最後に『サクヤよりも小さい』と付け足して。
『は……はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?――今なんて言ったぁ!?』
四つん這いになりながら、エミリアはメルティナの足元のリザを睨む。
リザも、エミリアの顔に近づいて睨みつけた。
『ぺちゃぱいと言ったのよ、このちっぱい!平!薄壁!フィルヴィーネ様の胸はロザリームよりも大きいぞっ……多分』
多分は小声だ。
『ぐぅぅぅぅっ!!このチビ“悪魔”ぁぁ!!』
そんなことを言い、腹を立てながらも、エミリアは決して手を出さなかった。
『――へへ~ん、ちっぱいちっぱい!い~~~~っだ!』
⦅子供ですか……⦆
いい気になってエミリアを煽るリザと、涙目になるエミリア。
メルティナは頭を抱えたくなったが、ちらりと視界に入ったローマリアはすでに抱えていた。
そして、何を思ったのかリザは。
『――ふふん、この調子でフィルヴィーネ様は|エドガーを手中に収める《・・・・・・・・・・・》でしょうねぇ!その次はロザリームを嬲って、メルティナとサクヤもね!!』
『なっ!手中って……!』
『既に唇をいただいているものっ!!』
『……』
『……』
『へぇ』
エミリア、メルティナ、ローマリアの順だ。
『……あ、あれ……??』
両端からかかる威圧に、リザも気付く。
やってしまったと。地雷を踏んだのだと。
目元に暗い影を落とすエミリア。
メルティナもどことなく、リザを睨んでいるように感じられる。
しかし、リザも後に引けなかった。
『……も、元“神”であるフィルヴィーネ様は……人間の小童など容易く魅了するのよっ!エドガーだって、もうメロメロだわっ!』
『メロ……メロ?』
エドガーが、ローザよりもナイスバディとか言う“魔王”に抱きついている姿を想像させられて、エミリアはフルフルと身震いしだす。
ここに【従騎士】のレミーユがいたら、エミリアのイメージが崩れているかもしれない。
まぁ残念な事に、こちらが本物なのだが。
『そうよっ!もうあんなことやこんなこともしているかもねっ!!』
やばいと自覚しながらも、後に引けずペラペラとある事無い事を喋り出すリザ。
背後からも威圧を感じてはいるが、怖くて振り向けない。
そして――
『だから、お前のような小娘のでば――ひぃっ!?』
二本指で抓み上げられ、リザはメルティナに捉えられた。
『詳細の提示を求めます。リザ』
反対の手には小銃が握られており、その銃口はリザの腹に当てられる。
『なな、な、何をするのよぉっ……』
リザから聞き出してやろうと、メルティナもエミリアもリザを睨んでいるが。
『……!!――っ。人の反応……?』
『――いだっ!!』
メルティナは、センサーに反応した人体反応に素早く対応する。
リザは落下し、尻を打つ。
すると、ドアの向こうで、ノエルディアが焦っているのか、声が漏れてくる。
『……こ、困りますスィーティア様!今ローマリア様は執務中でして……』
その声に一番反応したのはローマリアだ。
『――マズイっ!メルティナさん、今すぐこの天窓から帰れっ!ティア姉上だ……!』
ティア姉上。
ローマリアの姉、スィーティア・リィル・リフベイン。
【リフベイン聖王国】の第二王女にして、異常ならざる変人。
そして、最も赤き髪に近しい――異端の王女。
『……速くっ』
ローマリアの剣幕に、何の説明も受けていないメルティナも無言で頷き、リザを鷲掴みにして胸元に押し込む。
『――ぅわっぷ!』
『では失礼します……今夜、お待ちしています』
『ええ、必ず』
『このチビっ、覚えていなさいよぉ!』
『エミリア、静かにしなさいっ』
エミリアが言い終える前に、メルティナは緑色の閃光を迸らせて、空に走っていった。




