03話【幼馴染、憤慨1】
◇幼馴染、憤慨1◇
エミリアは紅茶を飲み終えると一息吐き、隣に座るローザに言う。
「それにしても……まさかまたお客さんが増えてるとは思わなかったよ……」
ペラリと医学書を捲るローザも、諦めたように息を吐き、残念なものを見るようにエミリアに告げた。
「私も、貴女があそこまで取り乱すとは思わなかったけれどね……」
「うっ――!それは、その……ごめん」
先日の失態を思い出して、エミリアは赤面しながら申し訳なさそうにする。
事前にメルティナが説明をしに行った筈だが、そう。無駄だったのだ。
「思い出すと……恥ずかしいっ……!」
「でしょうね……」
ローザも苦笑いで返す。
簡単に言ってしまえば、エミリアは喧嘩を売ったのだ。
フィルヴィーネに。
「――うわぁぁぁっ!恥ずかしいぃぃ……」
人目を憚らず、エミリアは顔を覆って赤面を隠す。
一応ここは図書館なのだが。
メルティナが王女に説明をしに城へ向かった、その日の夜。
予想通り、ローマリア王女は直ぐに駆け付けてくれた。
エミリアはその護衛として、一緒に【福音のマリス】へ訪れた。
護衛の騎士はエミリア・ロヴァルト、そしてノエルディア・ハルオエンデの二人。
オーデイン・ルクストバーは、【聖騎士団長】との会議があった為、来てはいなかった。
『すまないわね……遅くなったかしら……』
宿のロビーに入るなり、王女は真剣な面持ちでエドガーに頭を下げた。
それに対してエドガーも。
『い、いえ……殿下、こちらこそ呼び出すような形になって申し訳ありません……』
【リフベイン聖王国】の“不遇”職業、【召喚師】であるエドガーは、むやみやたらに城に行くことは出来ない。
それを理解して、ローマリアもこうして【福音のマリス】へと足を運んだのだ。
『殿下、ケープを』
『ええ。ありがとう』
メイド服姿のノエルディアが、甲斐甲斐しくローマリアの外套を預かり、ハンガーに通す。
季節は夏に近いが、変装用の外套だ。
豪奢な馬車の時点でバレそうな気もするが。
『――預かりますね』
『お願いします』
スッと手を出したのは【福音のマリス】の従業員、メイリンだ。
勤務時間を過ぎてもここに居るのは、エドガーに頼まれたからであり、そもそも今日は休みだったのだが、王女が来るという事をメルティナに聞いて、お願いした次第だ。
『エド。サクラの様子は?』
なんだか目つきがいつもより険しいエミリア。
勝気なつり目が、いつにもましてつり上がっている気がする。
『――あと、どこぞの馬の骨は何処かなぁ、かなぁっ!』
『……は、はい?』
馬の骨とはまた、どういう意味だろうかとエドガーは不思議でならない。
メルティナに何を聞いたのだろうか、この子は。
エドガーが戸惑っていても、エミリアは目つきを悪くしたまま、そこらじゅうを見渡す。
何かを、いや誰かを探している。
ガラリと棚を開けて、覗き込むエミリアに、エドガーは。
『いやいや、そこには誰も……――!』
そこで気が付いた。
棚に入れる人物が、一人だけいる事に。
⦅――リザかっ!!⦆
メルティナと共に王城についていった“悪魔”リザ・アスモデウス。
⦅何か言ったんだなぁ!あの“悪魔”っ……⦆
エミリアの態度から察するに、リザが余計な事を言ったのだろう。
フィルヴィーネの事か、それとも自分自身の事か。
内心、嫌な予感をさせるエドガーを差し置き、言葉を紡いだのはローマリア。
『エミリア。異世界の“魔王”様、フィルヴィーネ殿にはいつでも会えるでしょう。今はまず、昨日の事の説明を聞いて……メルティナさんから聞いた事の整理をしましょう』
『そ、そうですね……すみません。エドも、ごめんね……いきなり』
『い、いや……それは別にいいんだけどね?』
一体、エミリアに何を吹き込んだのだろうか、あの小さな“悪魔”は。
◇
『では、こちらへ』と、エドガーが二階の休憩スペースへと案内する。
既に二階には全員がいる筈だ。
一階の休憩所の倍はある広さの休憩スペースでは、サクラ以外が待機している。
今回【黄昏の間】を使わないのは、単なる準備不足だ。
『……来たわね』
『あれ、リザは?』
エドガーの言葉に、エミリアがキッ――!と眉根を寄せた。
一筋汗を垂らすエドガーに、メルティナとサクヤが。
『イエス。リザはサクラ、コノハの所です……』
『はい、流石に、全員がここに居る訳にはいきませんから……それに、何故かコノハは、リザ殿になついている様に見受けられますし』
少し寂しそうに、サクヤは言った。
⦅どちらかと言えば、好奇心なような気もするけれど⦆
⦅どちらかと言えば、お人形遊びだろうな⦆
ローザとフィルヴィーネが、口には出さないがリザの末路を思う。
そしてエミリアが、フィルヴィーネを見て。
『――あ、貴女が……フィルヴィーネ、さん?』
わなわなと震え、何故か手に槍を持つ。
『そうだが?』
『エ、エミリア?』
光のない目で、フィルヴィーネに槍を向ける。
これにはエドガーも、ローザですらも驚いた。
唯一メルティナだけが、そっと目を逸らしたのだが、それを察する余裕は、エドガーにはなかった。
『――かぁくごぉぉぉぉっ!!』
『えええええっ!?』
『――は?……ちょっ!エミリアっ』
ガギン――!と、エミリアの槍を受け止めたのはローザだった。
エドガーは驚きすぎて、口を開いて呆然としている。
『――どいてローザ!この、悪の根源っ!!』
『何だいきなり……失礼な事を』
ごもっともであった。
しかし、一切動ずることなくエミリアを見据えるフィルヴィーネは、間に入ったローザの背を見ながら、面倒くさそうに上を向いた。
避ける素振りすら見せなかったフィルヴィーネをローザが庇った理由は、フィルヴィーネの考えが読めなかったからだ。
毛ほども傷つくとも思えないが、避ける素振りすらないので咄嗟に間に入ったのだが。
それよりも。
『エミリア殿……落ち着いてくだされっ!』
槍に力を入れるエミリアの背後から、サクヤが脇を抱えて押さえる。
しかし思いのほか力が入っていて、サクヤでは押さえ込む事が出来なかった。
『――ぬ、ぬわぁっ!?』
『ちょっっ……バカエミリアっ!!』
『こんのぉぉぉっ!』
雪崩るように、エミリアはローザとサクヤを巻き込んで崩れていく。
ドサドサっ――と、三段に重なった女の子。
一番下のローザはうんざりしたように、真ん中のエミリアはフィルヴィーネを睨む凶暴な猪のように、一番上のサクヤは、「こんなことをしている場合ではないのに」と呟く。
実際その通りだった。
『エ、エミリア……どうしたんだよっ、こんなことしてっ!』
エドガーはサクヤを抱え起こし、エミリアの肩を掴んで顔を見つめる。
エミリアは顔こそエドガーに向いてはいるが、視線はフィルヴィーネをガン睨みしていた。
『――エミリアっ!!』
『……だ、だってあの“悪魔”が……』
『“悪魔”……?ああ、リザの事ね、何を言ったのよアイツ……!』
『やっぱり……』
『なんなのだっ……』
ローザ、エドガー、サクヤの順で、一様にリザへのヘイトが高まる。
今頃、サクラの部屋でくしゃみでもしていることだろう。




