19話【恨みの吐露】
◇恨みの吐露◇
【月光の森】。
【下町第六区画】に存在する森林公園であり、【下町第一区画】の門とも繋がっており、エドガーの住む宿屋【福音のマリス】とも非常に近い。
イグナリオ・オズエスがこの場所を指定したのは、いくつかの理由がある。
一つ――廃墟があった、【下町第五区画】と隣接している為、移動が楽だった事。
二つ――コランディルとマルスに、『石』による催眠を上掛けしなければならなかった事。
三つ――もし、エドガー達が国の衛兵などに通報しても、隠れられる場所が多々ある事。
四つ――この場所には、アルベール・ロヴァルトとの因縁がある事だった。
◇
――バッシャアァァァン!!
「――グッ……ゲホッ、ゲホッ!」
突然水をかけられて、アルベールは目を覚ます。
何の箱とも分からない木箱に括りつけられて、アルベールは上半身ごと縛られていた。
「よお、ロヴァルト……目ぇ覚めたか?」
「――お前……イグナリオ・オズエス、か?」
開口一番にアルベールに話しかけたのは、アルベールの予想を外れ。
コランディルではなくイグナリオだった。
アルベールの中で、首謀者は完全にコランディルと決まっていた。
【聖騎士】に昇格ならなかったコランディルが、逆恨みして犯行に及んだ。
そう、思っていた。
「な、なんでお前が……?」
(こいつはコランディルの護衛のはずだ。何故こいつが仕切って……――!後ろにいるのはコランディル?……まさか、イグナリオが実行犯?それに、メイリンさんがいない……まさか、あの時見たのは幻ってことは、ないよな……ぶ、無事なのか?)
周りをチラリと視界に入れ、イグナリオの後ろに遜るコランディルとマルスを確認する。やはりメイリンの姿はない。
「どうしたロヴァルト。キョロキョロしやがって、そんなに不安かぁ?」
イグナリオはアルベールを見下しながら、余裕があるのか【葡萄酒】を飲んでいる。
アルベールは、コランディルとマルスの様子からも、イグナリオが首謀者であると認識した。
「イグナリオ・オズエス……随分と偉くなったな。主人を差し置いて、王様気取りか……いい御身分じゃないか!」
「――はっ!何とでも言えよロヴァルト……俺は今、最っ高に機嫌がいいんだ。何を言っても許してやるぜ?」
イグナリオは、アルベールの挑発を軽く流す。
少しでも情報が欲しかったアルベールからしたら、肩透かしもいいところだ。
「コランディル!部下に好き勝手させていいのかよ、公爵閣下が泣くぞっ!」
「……」
コランディルは無反応だ。まるで抜け殻のように、虚空を見つめている。
「無駄だぜロヴァルト……コイツ等はなぁ、俺の力に屈したんだ……」
「……力、だと?」
「ひひひっ」と笑い、上着の袖を捲る。
「見ろよコレ、最高だろぉ……!?」
「な、んだソレ……」
イグナリオの腕に、まるで寄生するかのようにびっしりと、隙間なく埋め尽くされた《石》。紫に明滅し、どう見ても普通じゃない。
「【魔石】って言うんだぜぇ……知ってるか?」
聞いた事はない。エドガーなら知っているだろうか。
「知らないな……そんなことより、俺はお前が何でこんなことをしたのかを知りたいね」
とっさに《石》から目を離し、話を逸らす。
(なんでか分らんが……アレはヤバいっ!)
直感から、《石》の異常性に感づいたアルベールは、コランディルとマルスの様子を見て気付く。
「そうかっ――その《石》で従わせてるんだな……コランディルとマルスを」
「――ああっ!!そうだっ、そうなんだよロヴァルト。たった一言、一言だ。目を合わせて命令するだけで、数時(数時間)は言いなりだ。しかも、一部の権限を譲渡出来るんだぜっ」
メイリンがアルベールを襲った理由がその力だ。
権限をコランディルに預けて、指を鳴らす事で催眠のスイッチにしていた。
気絶していたアルベールが知るところではないが。
「一つ、聞いていいか。イグナリオ・オズエス……」
「あん?なんだ……?」
座っている木箱から新しい【葡萄酒】を取り出し、蓋を開ける。
どうやら密造酒らしい。
「その力を、メイリンさんにも使ったんだな……?」
メイリンがアルベールを含む知人を襲うはずなんかないと、確信しての質問だ。
「メイリン……?ああ、あの女か。くくっ……思い出しても笑えるぜあの女。ロヴァルト、お前の昇格に不正があったから話がある。って言ったら、コロッと付いてきたんだ、まぁ連れて来たのはマルスだがなっ」
【葡萄酒】をぐびっと呷り、イグナリオは答える。
マルスがコランディルの為にアルベールの身辺調査をしていた事は、薄々感づいていた。
が、まさかそれをイグナリオが使ってくるとは。その過程で知ったのだろう。
アルベールがメイリンに好意を抱いていることを。
口のうまいマルスならば、確かに可能だろう。
イグナリオが語った内容が全てと決まった訳ではないが、人のいいエドガーでも引っかかっていそうだ。
「そうか……それでメイリンさんはどこだ!無事なんだろうなっ!?」
「なんだロヴァルト……お前、ここにいない女の事を心配している場合じゃないんだぜ?」
「――どういう事だ……?」
「ふんっ。女は無事だろ……あの無能【召喚師】が連れてったんじゃねぇか?」
「……無能……【召喚師】っ!?」
エドガーがあの場所にいた?もしかして自分を助けに来たのだろうかと、考えが浮かぶ。
「ん?お前、あの無能と話した事覚えてねぇのかよっ……マジで笑えるぜ」
「――くっ」
(エドがあの廃墟に……俺は何を言ってたんだ……?――くそっ!情けねぇっ!)
アルベールは力一杯に、縛られた縄を解こうとしたが、どうあがいても無理だった。
「フハハっ!!しかしもう少しだぜっ!?ロヴァルト、後数時(数時間)ってとこだ……月が真上に来る前にあいつが来なければ……お前を殺すからなぁ」
イグナリオは月を見る。
「真上……?」
【月光の森】。
ここはその一部で、【月上間】と呼ばれる場所だ。
月が真上に到達し、今アルベールがいる場所をスポットライトの様に照らす事から名付けられたらしい。何故この場所のみをピンポイントで照らすのかは不明である。
「ここ、【月上間】だったのか……」
「ようやくかよロヴァルト。去年の模擬戦……お前は忘れてんだろ……?」
恨みったらしく、イグナリオはアルベールを睨む。
その形相は、積年の恨みがあるような顔だ。
「去年?」
「ロヴァルト。お前と戦ったよなぁ……ここ、【月上間】で。お前の中じゃただのくだらねぇ一戦だったんだろ……でもな。俺は違う!一戦だ。たった一戦負けただけで、俺は【聖騎士】に成れなかった、お前のせいでなぁ!!」
「――なっ!?待てよっ……あんたは確か、辞退したんじゃないのかっ!?」
イグナリオは、コランディルの部下だ。
【聖騎士】の昇格を辞退したのも、仕えるコランディルに配慮して、コランディルが次の年に昇格された際に共に昇格する。
そういう事だと言われていた。
「んな訳ねぇだろっ!【聖騎士】だぞ!この国の象徴。最高峰の騎士!王都出身でもない、貴族でもない俺が【聖騎】士に成るには、負けは許されなかった……それを……!たった一度お前に負けただけで、昇格はパーだっ!!」
この国の【聖騎士】に無様な負けは許されない。
例え学生の模擬戦であろうとも、それは変わらない。
しかし、貴族や王都出身の者ならばその条件は大きく緩む。
――歪んだシステムだ。
「お前等貴族はよぉ、負けてもいいんだろっ!ある程度のポイントを稼げば、【聖騎士】に成れるんだからなっ!!」
「――なっ!それは違うっ!だったらそこのコランディルはどうなるんだっ!公爵貴族の令息で、模擬戦だって一度も負けていないはずだぞ!」
イグナリオは苛立ち、コランディルを指差して叫ぶ。
「こいつはなぁっ!買ってたんだよ!!勝ちを。クソったれな教官どもを買収してなぁ!そうだろっ!コランディル様よぉっ!?」
催眠状態の主に、イグナリオが叫んだ。
コランディルの勝利は仕組まれたもの。もし事実ならば、勿論【聖騎士】には成れない。
「ああそうだ。チョロそうな教官三人を買収し、模擬戦の組み合わせを操作させた。そのおかげで、ロヴァルトと当たることは一度も無かった」
「――マジかよっ……」
「それがバレたんだよっ、公爵閣下に!だから――」
「昇格、出来なかったのか……」
コランディルは頷き、誰もいない虚空に語る。
「そうだ……父は、俺を追放するとも言った」
コランディルが下を向いて呟く。
「だから直訴した。なぜなのかと」
「ばっ!――っ!!」
馬鹿じゃないのかと、言いそうになる。
「ロヴァルト。その通りだぜっ!馬鹿なんだよ、こいつはな……」
不正がバレた上に、貴族の上に立ち【四大公爵家】を束ねる父親に、それは何故ダメかと直訴するなんて。
アルベールからは考えられない。余程腐った貴族でも無ければ、まかり通らない。
その腐った貴族がコランディルであった。とも取れる。
「馬鹿なコイツはな。自分のした愚かな行為も悪いと思っちゃいねぇ、そうだろ?……だから、逆恨みして……お前を殺すんだよ、このコランディルがなぁ!……そうしてこの俺が、コランディルをぶっ殺すっ!!」
それが俺の【聖騎士】への道だと、宣言する。
「それには証人が必要だ!……お前の妹とあの無能でも、居ないよりはマシだからな」
アルベールは、イグナリオの発言にゾッとする。
「――そんなことしたって、エミリアもエドも……証言なんかしないぞっ!!」
するわけがない。万が一、誰かに強制されでもしない限り。
「――っ!!……お前まさかっ!」
その為の《石》だとしたら。
「ふんっ。おせえんだよ、気付くのがよぉ」
エドガーとエミリアの二人を催眠で操り、証言させるつもりなのだ。
兄を、幼馴染の仇を討った英雄だと。
一気に【葡萄酒】を飲み干して、唇からこぼれた酒を左の袖で強引に拭う。
「さぁ、もうすぐだぜロヴァルト。もうすぐ始まる!俺が【聖騎士】になる……シナリオの最終幕がなっ!!」
狂気と異常性を持った《石》の罠とも知らず、愚行は繰り返される。




