エピローグ【帰還、そして動乱へ】
第一部、完。
誤字修正しました。
報告ありがとうございます。
◇帰還、そして動乱へ◇
ローザが必死に、なけなしの魔力で運転した【ランデルング】を北の門近くに停車させ、エドガーはサクラを背負った。
すぅすぅ――と、浅くだがしっかりと感じる呼吸に、エドガーは安心する。
既に夜は近く、ぽつぽつと王都に蠟燭の灯りが点灯し始めていた。
メルティナはフィルヴィーネが背負い、実はかなりの重症者であるサクヤは、ローザが肩を貸して歩き始めた。
目的地である宿屋【福音のマリス】は、北門に近い位置にある為大した苦労ではないが。
全員、物凄く疲れた顔をしていた。
エドガーは、サクラを背負いながら歩いていくと、宿の前で全員で深いため息を|吐《》ついた。
やっと帰ってこれたと、心底安心したのだ。
誰も待っていない我が家ではあるが、ここまで安心出来るのかと驚いた。
「……僕はサクラを部屋に連れて行くよ。サクヤは手当てね……メルティナも、意識が戻るまでは部屋でいいかな」
エドガーは指示を出す。
ローザとフィルヴィーネは頷いてくれた。
扉を開けて、直ぐに蠟燭に灯を点ける。
それを確認して、たいまつ替わりをしていたローザが右手を下ろした。
「……ほれ、ロザリーム。サクヤを連れて来い……手当てするのであろう」
「え、ええ。そうね……行くわよっ?」
「――あ、あぁ……すまぬ」
サクラの事が気がかりなのだろうが、サクヤもかなりの重症なのだ。
ご自愛してもらわなければ。
◇
「よっ……と」
ゆっくりと、サクラを二階の自室のベッドに寝かせて、タオルケットを掛けるエドガー。
「……感じない……な」
エドガーは、サクラとの契約の証である自分の額に触れる。
そこに契約の《紋章》は無く、サクラの額の【朝日の雫】も、光を失っていた。
「……大丈夫、だよね……サクラ」
彼女が寝ている事を確認して、エドガーは部屋を出る。
一抹の不安を抱えつつも、やることが沢山ある。
ドアは開けっ放しにしておいて、いつ何があってもいいように出ていくのだった。
一階に戻ると、サクヤがローザに包帯を巻かれていた。
「――ちょっ……ローザ、不器用すぎだよっ……!」
サクヤはダルマのようになっていた。
包帯でぐるぐる巻きにされて、目元だけが出ている。
「やふぁりほうれすふぁ……あういふぁま」
(やはりそうですか……主様)
「……し、仕方ないでしょう……手当てなんてしたこと無いのだし……そんな事を言うなら代わって!」
「は、はぁ……」
エドガーは、ぐるぐる巻きのサクヤを解放し、傷だらけのサクヤを改めて見る。
サクラとメルティナが大怪我を負ってしまった事で、薄れがちだったがサクヤも相当な大怪我だ。
肩はぱっくりと割かれ、擦り傷切り傷も絶えない。
「……ごめんサクヤ……僕が、もう少ししっかりしていれば」
エドガーは、包帯を巻きながら謝る。
【東京タワー】攻略のメンバーを決めたのはエドガーだ。
メルティナを残していたが、外にも敵がいるという事を考えていなかった。
その【東京タワー】は、あの後に姿を消した。
完全に元の荒野に戻り、残されたのは大量の骨だけ。
それを王女に報告すると同時に、西の国、【魔導帝国レダニエス】の事をどう報告するか。
考えを巡らせながらサクヤの手当てをしていると、サクヤが。
「わたしは……サクラに謝らねばなりません……主様やローザ殿、フィルヴィーネ殿がくれた好機を、わたしは見す見す逃したのです……」
荒野でのやり取りの事だろう。
サクラとサクヤの空気感を何とかするために、エドガーとローザは何度か機会を与えていた。
フィルヴィーネは、戦ってまで考えを聞き出してくれた。
だが、サクヤはそのチャンスを手放したと言う。
タイミングが悪かったのは否めないだろう。ただ、結果が最悪過ぎたのだ。
「そんな事は……」
「――そうね」
「ちょ、ちょっと、ローザっ!」
「――うぐっっ!」
「ああ!ごめんサクヤ……!」
否定しようとしたエドガーと、そのまま返答したローザ。
エドガーはローザの直球を返そうとしたが、包帯を持つ手に力が入り過ぎた。
「い、いえ……その通りですから。サクラに、謝らねば……わたしは」
それはきっと、サクラも同じはずだ。
「せめて、あの者と普段通りに戦えていれば……きっとサクラがあのような目にあう事は無かったのです……わたしは、未熟ですっ」
(あの者?……外にいた敵の事、かな?……いや、それは後で聞こう)
サクヤは俯き、涙を流す。
エドガーもローザも何も言わない。言えない。
しかし、一人グサグサ物言う者がいた。
「――当然だ。お主等はまだ十代の小娘……未熟な事は当然だ、異世界人だからと胡坐をかくな。心身を鍛えろ。相手に遠慮をするな」
フィルヴィーネだった。メルティナを寝かせて来て、リザを胸元に挟んでいる。
サクラの部屋とメルティナの部屋は隣だが、エドガーより遅れて来たのは、自室で何かしてきたからか。
というか、リザの顔色が滅茶苦茶悪いのだが。
「本音を曝け出せとは言わぬ……小娘は小娘らしく、ハチャメチャに生きろ。お主等は、若さだけは我に勝てるのだからな……」
クックックと笑いながら、休憩所に入って来るフィルヴィーネ。
「後悔しないように立ち回ることなど、心が未熟なお主等では無理もない……後悔しろ。その先に、後悔を振り切るほどの何かがあると信じてな」
「何かって何よ?」
「それは知らぬ。自分自身で探せ……クックック……アーッハッハッハ!」
高笑いしながら、フィルヴィーネは食堂に向かっていった。
後を追うように、ローザも付いていく。
お腹が空いているのだろう。
「……後悔しろ。ですか……結構な事を言いますね、フィルヴィーネ殿は……」
「あはは……そうだね。後悔なんてしない方がいいんだろうけど……やっぱり……生きていれば、後悔することの方が多いから、それでも進んでいく為に……後悔を残さないために……精一杯生きていくことで、見ていてもらいたい、かな。僕は……――よし、終わりだよ」
乾いた笑みを浮かべながら、エドガーはサクヤの手当てを終える。
「……感謝いたします。主様」
「うん。いいよ、行っても」
サクラの所に。
「――はい」
ゆっくりと踏み出すように、サクヤは二階へ向かっていった。
◇
空を飛ぶ馬車の中で、ずっと俯きっぱなしのリューネを、レディルがペシンと頭をはたく。
「……痛い」
「……ならそんな顔してんじゃねぇ!こっちが滅入るだろうがっ!!」
隠れていたエリウス達三人を迎えに来たのは、リューネだった。
その後は“魔道具”【天馬の鞍】を使って、空飛ぶ馬車で西国レダニエスまでひとっ飛びだ。
「リュ、リューネ……申し訳なかったわ」
「いえ……エリウス様が謝られる事では……」
「そりゃそうだな。コイツが勝手に引きずってんだけだろ……――っで!!痛ってーな!」
エリウスに【魔剣】の鞘で殴られ、後頭部を押さえながら文句を言うレディル。
「黙りなさいレディル!リューネは悪くないわ……それに、この“魔道具”を貸してくれたあの“天使”にも、礼をしなくてはいけないわ、嫌だけれど……」
リューネは、スノードロップに【天馬の鞍】を借りて、エリウス達のもとに駆け付けていた。
スノードロップは、どうやら転移で先に帰った様だが。
それを聞いたエリウスは、渋々お礼をと考えているらしい。
(……シュルツ・アトラクシア軍事顧問が連れて来た、三人の部下……その一人、“天使”スノードロップ……異世界の客人……味方であるという保証はないのに、陛下も兄様も……気を許し過ぎなのよ……)
シュルツのもとにいるのは、三人の異世界人だ。
“天使”スノードロップと、ノインと言う幼女。そしてもう一人の女がいる。
スノードロップ達は、自分達から触れ回っている、異世界人であるという事を。
それはつまり、エリウスがいつでも“送還”出来るという事でもある。
しかし、魔導帝国の皇帝陛下であるエリウスの父がそれを認めない限り、エリウスは手を出せない。
国外では、【送還師】の任は自由だ。
しかし国内では、皇帝陛下の承認が必要だった。
更には、“送還”に必須の“魔道具”。
それは、皇帝陛下が常時管理している。
初めから、今回の塔を“送還”する術は無かったのだ。
軍事顧問シュルツ・アトラクシアの預かりは、エリウスの兄で皇太子、ラインハルト・オリバー・レダニエスが一任されている。
協力者とは言え、異世界の脅威を身近に置いていることが、エリウスには不安でしかなかった。
◇
「……サクラ。ごめんなさいね……わたしは、お前に余計な事ばかり吹き込んでいたみたい……サクラ、目を覚まして……」
普段の変?な口調では無く、サクヤは椅子に座りながら、サクラの頬を撫でる。
“愚者”を演じた【忍者】の、本当の口調。
本当は、横文字だってスラスラ言える。
記憶力だって、正直ローザよりいい自信がある。
話しだって、今まで聞いていない振りだけで、しっかりと聞いていた。
「……サクラ、お前はサクラだ……サクラでいいんだ……何にもならなくていい、そのままでいて頂戴……サクラっ」
「……ん……ぅぅ、ん」
その黒き【魔眼】を見開いて、サクヤは椅子を蹴とばし、サクラに肉迫する。
「――サクラっ!!」
うっすらと目を開け、サクヤを見据えるその瞳は、涙に濡れていた。
「……ぁ……ぇ……」
「大丈夫、問題ない!お前は大丈夫だ……サクラっ!!」
喜びと安心で、胸を撫で下ろした。
しかし、まだ意識の薄れていたサクラの口から出た言葉は。
「……御久しく御座います……姉上……」
「――サ、ク……ラ……?」
そこに、服部 桜は――いなかった。
~残虐の女王が求めるもの~ 終。




