203話【絆が生まれる瞬間】
◇絆が生まれる瞬間◇
【東京タワー】の別方向に降り立ったエリウス達【魔導帝国レダニエス】の三人は、すぐさま行動を開始しようと試みる。
「――エリウスが法衣を脱いでこっちに来た時は、心臓が飛び出るところだったぜ……」
「うむ。同意だ」
「し、仕方がないでしょう……あの魔法使い、ローザに一枚食わされたわ……消えない炎だなんて想定してないわよっ」
足の具足に付けた浮遊の“魔道具”を解除し、エリウスは近くを見る。
少し離れた場所に、エドガー達がいる。
顔を確認できないほどの距離だが、騒がしい気もする。
「――で、どうすんだ?リューネを待つか?ま、あいつが上手くやってればの話だがなっ」
「……馬車の場所が分からん。入れ違いになっても困る……少し離れて待つのが得策でしょう」
カルストはレディルに、次にエリウスに向けて言葉を並べた。
その言葉にエリウスは頷いて、ゆっくりとこの場を去る。
「ええ、そうしましょう……」
(また、近いうちに会いましょう……エドガー、ローザ……)
◇
慟哭するサクヤの背に、エドガーは手を添える。
何も出来ない自分に、エドガーは歯を食いしばる。
ローザが心臓マッサージを試みているが、出血が異常だった。
「――戻ってきなさい!サクラっ!!」
回復の術を持たないローザでは、治癒することは出来ない。
もしメルティナを無理矢理起こしたとしても、魔力不足でまともに使える装備を【クリエイションユニット】から作れるとは思えなかった。
エドガーが魔力を譲渡したとしても、失った血液は戻せない。
何も出来ない状況に、エドガーは声を漏らす。
「……くそっ」
こんな時だけ、変に頭が回る。
無駄だと分かっている時に限って、しっかりと答えを出せてしまう。
そんな自分に最大限の嫌悪を抱いて、エドガーは見守る事しかできなかった。
冷たくなった手を握り、嗚咽を漏らして泣き続けるサクヤ。
漏れ出ていく言葉は、自分を責める刃となって自傷をする。
わたしのせいだ、わたしを庇ったから、わたしが代われば。
「……」
やがて、ローザの手が止まった。
「……エドガー、ごめんなさい……」
息を荒くして、ローザが謝る。
「……なん、で……ローザが、あや、まる……」
「う、うぅ、サクラ……サクラぁぁ……」
ローザは、一番最善を尽くしてくれただろう。
魔力の少ない状態で《魔法》を使い、それでも懸命に動いてくれた。
サクヤだって、怪我をしているのに必死にサクラを探していた。
何も出来なかったのは――自分だけだ。
ローザが、サクラの頬に触れる。
幸いと言っていいものか、心臓と頭は無事だった。
顔は綺麗なまま、その頬にローザの涙がこぼれた。
「――どけっ……お主等、邪魔だ!」
「――!?」
「フィ、フィルヴィーネ……?」
いなくなったと思っていたフィルヴィーネが、突如目の前に現れる。
険しい顔でサクラを見やると、その手に持った小指程の筒を開けて――サクラに振りかざした。
◇
フィルヴィーネが転移した先は、誰もいない渓谷跡だった。
気を失うリザを優しく撫でやると、ゆっくりとその口を開く。
「……出てこい……ガブリエル」
“神”であった時の部下であり、【四大天使】に数えられる“天使”の一人、ガブリエル。
陰から現れたのは、白銀の髪を風に靡かせる、おっとりとした女性。
メルティナと戦っていた、スノードロップだった。
「――お久しぶりですね。ニイフ様……何年ぶりでしょうか」
「ニイフは止めろ、我は“魔王”フィルヴィーネだ……」
「これは失礼しました……《残虐の魔王》、フィルヴィーネ・サタナキア」
渓谷の壁に寄りかかり、フィルヴィーネは苛立ったまま乱暴に言い放つ。
「――あの塔にいる最中、ずっと我らを見ていたのはお前だな……?」
大方の検討は付いているのか、答えを完全に言わないのは、聞き出すためか、それとも情けか。
「……やはり、気付かれていましたか。流石でございます……」
「つまらぬことをしてくれる……妨害とはな、お陰で我らは大惨事だ」
スノードロップは、ウフフと頬に手を当てて笑い。
「はい。それについては、わたくしも悪いと思っています……ですのでこうして、お呼びしたのですわ」
スノードロップは、胸に輝く《石》に触れる。
【運命の水晶】。
フィルヴィーネの紫水晶とはまた違い、完全なる透明な、透き通った水晶だった。
「……」
フィルヴィーネがあの場から消えたのは、何も仲間を見捨てた訳ではない。
この《石》の反応を感じ、その反応を頼りにここまで転移をしたら、感じ覚えのある持ち主の気配があったという訳だ。
「“魔王”フィルヴィーネ――これを。お詫びの品です……」
スノードロップはフィルヴィーネに歩み寄って、跪き差し出す。
小指サイズの小筒を。
「……これはっ!【月の金木犀】か……!」
「はい、今の名を……【月の雫】……西国レダニエスで作られた、“魔道具”ですわ」
「――金木犀の治癒の力を……人間が、だと?」
半信半疑だが、手に持つ魔力の波動は本物だ。
疑っている訳ではない、が。
「“神”の秘術である戦略機械の技術を……人間如きが複製したと言うのか?」
「……製法はわたくしが流出させました。この聖王国にも、金貨5枚という破格の安さで横流しし始めている所ですわ」
「――おいっ」
「てへっ……」
スノードロップは、可愛らしくウインクする。
「……お前……変わらぬな。何が狙いだ……?」
“神”の秘術を簡単に流出させたかつての部下に、肩を落として嘆く。
「――わたくしの不徳で、大切な方の大切な方を傷つけてしまいました……」
「……」
(随分と回りくどい言い方をするな……)
フィルヴィーネに勘繰られている事を、おそらくスノードロップも気が付いている。
それでも、白銀の“天使”は笑顔を絶やさず、飄々とした態度で続ける。
「――ですので、そのお詫びです……フィルヴィーネ様。今回の件を、反省するつもりはありませんが……次の時の為に、少しばかりの謝罪ですわ」
詳しい事は話すつもりが無いのか、スノードロップは顔を上げ立ち上がると。
ウフフと再度微笑んで、背を向ける。
「ではフィルヴィーネ様……またお会いしましょう、わたくしと彼が再会する、その時まで……しっかりと彼を守っていただきますわよ……“魔王”さ・ま」
「……相も変わらず、食えぬ奴だな。恩を売ったつもりか?“天使”が……?“魔王”に」
「ウフフ……どうとって貰っても構いませんよ。何せ、そのために《石》を用意したのですから」
「――なんだとっ!貴様か!盗んだのはっ!!」
「……違いますわ。この世界で手に入れたのはわたくしですが、元の世界での盗難は関与していませんよ」
「……」
スノードロップは、【女神の紫水晶】をこの世界で手に入れたと言う。
それはつまり、時代の流れで何処かに安置されていたと言う示唆。
訝しみつつも、フィルヴィーネは理解する。
「ウフフ……お判りいただけましたでしょう?……ですが、これからも、くれぐれもご自愛くださいね――では……」
そう言い残して、スノードロップは転移していった。
「……なるほど。口止めという事か……大切な方に対しての……」
状況証拠と言うには少ない数だが、スノードロップの言う大切な方。とはおそらくエドガーだ。
フィルヴィーネは腕組しつつ考える。
「そう言えば、メルティナと戦っていたな……――そう言う事か……何か植えたと言う訳か……メルティナに。それも言うなと……やれやれ、どいつもこいつも……我に枷を押し付けおって……」
スノードロップの得意《魔法》、妨害。
その波動は、超広範囲に及ぶものがあったと思い出す。
効能は多岐に渡り、メルティナと戦っている最中も、何らかしらの《魔法》は掛けていたのだろう。
「……【月の雫】に免じて、少しの間は黙っていてやろう……だがなガブリエル。“神”は気まぐれで、退屈が嫌いなのだと、忘れるなよ……?」
フィルヴィーネは虚空に呟く。
そして、完全に反応の消えた《石》の余韻を覚えつつ、【月の雫】を手に、転移を開始した。
◇
戻って来たフィルヴィーネは、【月の雫】をすぐさま使用した。
光り輝く極小の粒は、キラキラと舞い降りてサクラの身体に降り注がれた。
傷は見る見るうちに癒え、血の気の無かった肌も赤みを取り戻していく。
「……フィルヴィーネさん……これって――いや。良かった……」
エドガーは、突然いなくなったと思ったら、また突然現れたフィルヴィーネを不思議に思うも、見る見るうちに回復が見て取れるサクラに安堵する。
「……――これは紫月の力だ……確かロザリームには言ったな、戦略機械の事を」
「月にある……金木犀、だったわね。貴女の力の源である」
「そうだ。それを――取ってきた」
「……」
「……」
(まぁ、そうだろうな……ロザリームには前に、今は月に行けぬと断言している……怪しむのも当然。だが、今は何も言うなよ……)
ローザは視線を変えることなく、サクラの顔を覗き続けていた。
フィルヴィーネの言葉にも考えはあるだろうが、それよりも。
“安心”と言う二文字が、胸にいっぱいだった。
「――ありがとう。フィルヴィーネ……感謝しているわ」
「……」
(これはまた……意外な一言だ。しかし……うむ、悪くないな)
泣きじゃくるサクヤと、ホッとしてへたり込むエドガー。
ローザはその様子を見て、優しく笑顔を向けた。
「――さぁ、サクラをこのままにしておけないわよ。直ぐにでも宿に運ばないと。フィルヴィーネ、手伝って……あ~、エドガーもね」
「……うむ、仕方ないな」
「うん……そうだね」
ぐすっと涙を拭いて、エドガーも言う。
「フィルヴィーネさん……本当にありがとうございました!」
「――わ、我は何もしておらん……気にするな。ほれ、それからメルティナを忘れるなよっ」
「そうでした……」と、ローザが地面に寝かせたままのメルティナを、エドガーは急いで走って行き背負う。
意識がまだ覚めないサクラは、ローザがお姫様抱っこをしていた。
心配そうに覗き込むサクヤに「もう平気よ」と声をかけていたりと、なんだか本当に家族のように見えてくる。
そしてフィルヴィーネが、最後に。
「よし……大盤振る舞いだ。全員固まれ!【ランデルング】まで跳んでやろう。我に掴まるがいい!!」
両手を広げて、フィルヴィーネは大いに笑う。
(人間は愚かで狡猾……卑怯で怠慢だ。だが、こうして一人の少女を救おうと尽力する……儚く、清らかで……尊い心も持っている。私は嬉しく思う……ここに来てよかった。不自由はあるが、私は生きていこう……この世界で、お前達、人間と共に……)
退屈に辟易し、奪われた《石》を求めてやって来た、遥か遥か未来の世界。
【召喚師】と言う少年に呼び出された、異世界の“魔王”が本当に求めたものは、“絆”と言う尊いもので、限りある命を持つ人間の中に混じって得たその存在を、フィルヴィーネは、とても美しいと思うのだった。




