202話【悲鳴は空に響いて】
◇悲鳴は空に響いて◇
メルティナに魔力を分け与えている最中に、その衝撃は起こった。
地震と見間違う揺れに、フィルヴィーネがエドガーの腕を掴むと、ローザもメルティナを背負って大窓に向かった。
気付いた時には、エドガーはフィルヴィーネと共に地上に立ち、土煙を上げる塔を見上げる形で、立ち尽くしていた。
「……な、何が起きたんだ一体――そうだ!メルティナ、それにサクラとサクヤ、リザは……!」
手で口元を覆いながら、土煙を吸い込まない様に払い進む。
そして上空から降ってくる、赤い閃光。
ドォォン――!と、瞬間的に爆発を起こし、エドガーの直ぐ横に降り立つローザ。
ローザはメルティナを背負っていて、どうやら展望台からダイブしたらしい。
今の炎は、着地の緩和剤という事か。
「――ローザっ!メルティナも……これって……」
ローザの炎のお陰か、土煙もまとめて払う事が出来た。
そしてその目に映るのは、大量の骨の山だ。
「人の骨ね……ものすごい数だわ。塔の内部でも見たけれど、この塔そのものが、生物の骨で出来ていたのね……」
「――そういうことになるな。誰がやった訳ではない……紫月に反応して封印が弱まったからだろう……原因の反応は地下、この真下だ……」
「見た所、ここは元々川のようね……それに……――っ!?」
「……ローザ?」
ローザの視線は、白骨の山の麓。
そこに横たわる血だらけの少女が、エドガーの瞳にも映った。
エドガーも、嫌でも気付かされる。
「……え……サク、ヤ……?」
サクヤと直ぐに気付けたのは、黒い髪と独特な服装、忍装束を着ていたからだ。
血だまりとまでは言わないが、決して軽傷ではないであろう傷も目につき、エドガーとローザは急ぎ駆け寄る。
「……リザ!」
フィルヴィーネも、サクヤの直ぐ傍で、投げ出されるように横たわるリザを抱え上げると。
一つの疑問に思い至る。
(……リザは、サクラと共にいたはずだ……ならばサクラは……?)
フィルヴィーネは空間を把握するために波動を放つ。
しかし、サクラの《石》、【朝日の雫】の反応は無く、生命反応も感じなかった。
(――そんなバカな事があるかっ!!)
もう一度、自分が弱体しているせいで力が微弱なだけだと言い聞かせて、波動を放つ。
波のように波紋を広げて、広範囲を調べていく。
そして、超微弱ながらも、風前の灯火と言えそうな、命の反応があった。
(……そこか……)
フィルヴィーネが確認したとほぼ同時に、エドガーとローザも異変に気付く。
サクラがいないと。《石》の反応が無いと。
ローザの顔も険しいものに変わり、エドガーも見る見るうちに青ざめていく。
「……その大量の骨の下だ。サクラの反応は、小さいがある……まだ、生きている……!」
「――この下っ!?」
信じられないと、エドガーは歯を食いしばって【心通話】を送る。
しかし、当然反応は無い。
スノードロップからの妨害は既に解除されているが、サクラ自身が危機なのだ。使える訳もなかった。
「――っ……あ、主……様……」
ローザに抱きかかえられていたサクヤが目を覚まし、そして。
――思い出す――直前に何があったのかを。
「――あ……あぁ……ああっ!……サクラ、サクラ……サクラァァァァァァァァ!!」
全身傷だらけで、出血も多い。
「――ちょっと!サクヤ!!無理しないのっ」
取り乱し始め、ローザの制止も聞かずに、何かに囚われたかのように、サクヤは白骨の山に向かう。
ローザは力尽くで止めようとしたが、フィルヴィーネがそれを止めた。
「……何するのよっ!」
「――落ち着け。お前はまず、アレを何とかしろ!」
顎で、「ほれっ!」と、見ろと促す。
それは、グラグラと揺れ動く、折れかけた塔の中部。
鉄骨は先端から崩れ、白骨に変わって落ちてきている。
今も下部の鉄骨に、カツンカツンと音を鳴らしては、エドガー達に近くに落ちていた。
「せめて、あの崩れかけを排除せよ……サクラを探すにしても……その方が安心であろう」
「……そうね……その通りだわ……」
ローザは立ち上がって、拳を強く握る。
血が滲みそうな程、震えが起きる程に強く握るローザの瞳は赤く、燃え滾るような怒りで満ちていた。
サクヤが血眼になって白骨の山を掘り始める。
発狂といってもいい。
エドガーも、サクヤと同じくそうしたいのは山々だが、状況を考えれば考える程、自分は冷静でなくてはならない。
額に感じる事が出来ない、サクラとの契約の証。
それを思い出すように、エドガーは手を触れる。
「……サクラ……」
ローザが呪文を唱え、憎らしい折れかけた塔を睨むと。
フィルヴィーネとの戦いで見せた《魔法》を発動する。
「……――【高潔なる煉天の炎】!!」
呪文を短縮され、威力も下げられたその《魔法》は、ローザの目の前に展開された魔法陣から放たれた。
しかし、以前とは形式も威力も桁違いのそれは、天を穿つように【東京タワー】を食い貪って焼き尽くしていく。
そして、根元の四本の柱だけを残して、塔は霧のように消えていった。
その《魔法》の収束を合図としてエドガーも、サクラが埋まっていると見られる白骨の山を掘り進める。
ローザも、剣をスコップ代わりにガシガシとサクラを捜す。
サクヤは、エドガー達の言葉など聞かずに、血まみれの両手で掘り返していた。
その必死な形相に、フィルヴィーネは「――ちっ!」と舌打ちをし、背を向けて――消えてしまうのだった。
◇
「――サクラ!!サクラ、サクラ!――サクラァァ!!」
自分の怪我など無視して、サクヤは手先を血に濡らして白骨の山をどけていく。
エドガーとローザも必死だ。
そして、半分以上をどけた場所に、サクラの鞄を発見し、躍起になって目的を定めた。
「――もう直ぐよっ……サクラ!」
「サクラぁ……わたしは……わたしは……!!」
あの瞬間、姉上と呼んできたサクラ。
それはつまり、成り代わってしまったのだ。
能力【ハート・オブ・ジョブ】によって、サクラは、サクヤの妹――コノハに。
「――嫌だっ……サクラ、お主はサクラだっ!……妹などにならなくてもいいっ!そのままでいてくれっ!!――姿を、姿を見せろっ……サクラ!!」
「――サクラっ!!」
「もう、直ぐ……反応がある!微弱だけれど《石》の反応が……!」
大きめの家畜の骨を、血濡れた手でどかす。
その骨の先端は赤く染まっていて、サクヤが膝をつく地面もまた、真っ赤な流血で染まり切っていた。
「――サクラっっっっ!!」
ガランと大きな骨が落ちて、ローザがそれを炎で燃やす。
ローザも「はぁはぁ」と息を荒くし、汗を流して救出に最善を尽くしていた。
もし、メルティナに意識があれば。
もし、もう一人でも手助けが居れば。
もっと早く、サクラを見つけられたのに。
「――あ、ああ……ああぁっ……!うわああああああああぁぁぁぁぁっ……!!」
「……そ、そんな……」
「……っ!」
瓦礫の山の様な白骨の下、全身から血を流す。
落ちて来た時は鉄骨だったその無数の骨は、サクラに直撃していた。
ぶつかり、刺さり、砕いた。
頭が無事だったのが不思議なほどに、サクラは――致命傷だった。
サクヤの慟哭は、荒野の空に――虚しく響き渡った。




